暗殺者の女

私は罪深い人間です。

多くの人を殺めてきました。

その対価に、金銭を貰いながら。

私が殺した人の中には、罪の無い人もいました。

命じられれば、どんな人間も殺しました。

良い人も、悪い人もいました。

殺された人達の家族は、きっと悲しんだ事でしょう。

それでも私は生きて行くため、人殺しをやめませんでした。

そんな私を、きっと神様はお許し下さらないでしょう。

 

 

 

 

私に名前は無い。

仕事の度に、名前を変えていたから。

両親の事は、憶えていない。

物心ついた時から、暗殺者ギルドにいたから。

そこでは、一通り殺しに関わるスキルを叩き込まれた。

 

初めてのターゲットは毒殺した。

対象の飲食物に、致死性の毒を混入するだけ。

それだけで対象は、悶え苦しみながら死んでいった。

どこにでも忍び込めた子供の私には、容易な事だった。

 

次のターゲットは、ギルド数人の仲間で殺した。

子供だった私が、対象の気を引き付ける。

その隙に仲間が、対象を刺突。

私の目の前は、血で染まった。

 

それ以降は、暗殺者ギルドが請けてきた依頼を淡々とこなした。

 

ある時は、単独で殺した。

ある時は、仲間と協力して殺した。

老若男女、多種多様な人を殺した。

 

私は人に好かれる事は得意だ。

その方が、ターゲットが隙を晒し易くなるから。

対象の情欲を誘うこともあった。

そうして、ベッドの上でも殺した。

信頼していた人間に、裏切られて殺される者達の表情には

絶望、驚愕、憎悪、憤怒、悲哀

あらゆる感情が浮かんでいた。

それでも私は仕事を辞められなかった。

それしか知らなかったから。

 

私には自分の名前も無ければ、年齢も分からない。

ただ、成長してきたのか、私の身体が以前より大きくなってきた頃だ。

 

ある時、暗殺者ギルドが粛清された。

有力な貴族を殺害した事が、粛清のきっかけだったと思う。

突然に降って湧いた、高額な報酬の依頼。

ギルドの仲間達はこぞって皆、その依頼に飛び付いた。

その報酬を得れば、まとまった資金がギルドに入る。

その稼ぎで、後ろ暗い商売を辞めて新しい仕事をしよう、と皆が話していた。

結果は偽物の依頼だった。

参加した仲間達全員が捕らえられ、一網打尽となった。

偶然、私は別の依頼をしていた。

だから、その仕事に参加しなかった。

 

仲間は全員処刑された。

彼らは私に、色んな事を教えてくれた。

家族も同然だった。

捕らえられた仲間は、私の事を喋らなかった。

私まで捜査の手が及ばなかったから、分かる。

仲間はたぶん、拷問もされたと思う。

それでも口を割らなかったのは、暗殺者としての矜持があるから。

 

私は独りになった。

 

たった一人の暗殺者ギルドは、ある貴族の庇護下に入った。

魔族との徹底抗戦を叫ぶ、強硬派の貴族だった。

私は出自を偽装して、侍女として王城へ入った。

表向きは侍女として働いた。

侍女を演じながら私は、彼にとって邪魔な穏健派の人間達を殺した。

 

ある日のことだ。

 

雇い主の貴族から、聖女を殺せとの依頼があった。

魔族との和平を目指す聖女が、強硬派の彼にとっては邪魔なのだろう。

魔族の使者を殺害する案もあった。

しかし、その使者は”血塗れ”と軍人の間で呼ばれる、魔族将のサティアだった。

彼女は、さすがに私の手に余る。

失敗する可能性が高い。

だからターゲットは聖女になった。

 

聖女ティアナは、癒しの力に秀でている。

その治癒の力が認められて、勇者一員に加わっているらしい。

その聖女が、勇者に先行して王城へやってくる。

それを聞きつけた雇い主は、私を聖女周りの世話を担当するように根回しした。

 

雇い主の思惑通り、聖女は王城へやって来た。

彼女は清純で、とても美しかった。

同性の私から見ても、その美貌は眩しさすら覚える。

 

国王夫妻との会談を終えた聖女は、王妃の部屋へ招かれた。

その後、何故か王妃と浴室へ向かい二人で湯浴みをした。

ベールを外した、湯上がりの聖女。

彼女は、先程まで見せていた清純さとは反して、艶かしい雰囲気を漂わせていた。

 

私は彼女に一服持った。

 

癒しの聖女だ。

毒は気取られた場合、治癒魔法で除去される可能性がある。

だから睡眠薬にした。

気が付かなければ、眠くなるだけ。

だから、湯上がりの熱った聖女へ、アイスティーを差し出した。

睡眠薬を混ぜ込んで。

 

彼女は瞬く間に寝入ってくれた。

部屋をノックしても、彼女が起きる気配が無い。

私はそっとドアを開いて、聖女が眠る客室に侵入した。

暗闇に慣れた目で、聖女を見つめる。

彼女は、寝顔すらも美しかった。

 

一瞬、躊躇った。

これから、こんな美しい人を、見るも無惨な姿に変えてしまうのだから。

それでも私は、彼女を殺す事にした。

仕事だから。

 

私は聖女の喉を片手で押さえつけた。

声を出させない事と、窒息も狙っている。

もう一方の手は、長刃のナイフを握っている。

私は振り上げたナイフを、力一杯聖女の胸に向かって振り下ろした。

何度も振り下ろした。

その度に、血飛沫が舞った。

純白の寝巻きとベッドは、彼女の血で溢れ返った。

彼女は殆ど抵抗しなかった。

睡眠薬が効いているようだった。

 

何回かの刺突の末、聖女の身動きが無くなった。

彼女は事切れた。

私は犯人を偽造するため、別の工作に移ろうとした。

 

その瞬間。

私の片腕が掴まれた。

絶命した筈の聖女に。

 

「私も、舐められたモンですねぇ…」

 

聖女は生きていた。

 

掴まれた腕を、一切振り払うことが出来なかった。

並の握力ではなかった。

 

「女、私を見ろ」

 

私は振り返って聖女を見てしまった。

血塗れの聖女は、私の目をしっかりと捉えていた。

その瞳は、赤く染まった光を帯びていた。

 

私は身動きが取れなくなった。

気が付いたら、全てを白状していた。

あらゆる拷問を受けても、何一つ自白しない自信はあった。

それでも、聖女がする全ての問い掛けに答えてしまった。

私の回答に納得した聖女は、何度か頷いた。

 

その後、彼女は私をベッドに押し倒した。

知らぬ間に血塗れだったベッドと聖女は、純白を取り戻していた。

 

ベッドに組み敷かれた私を待っていたのは、苦痛と快楽だった。

 

初めは苦痛だった。

あらゆる苦痛を与えられた。

身体が傷付くごとに、治癒を受けた。

常人が受けたら、痛みで気が狂うような拷問を受けた。

それでも、治癒魔法で何も無かったかのように、身体は元に戻った。

 

「ヨシヨシ…頑張って耐えていますね」

 

聖女様は治癒を施す度に、私を抱いて頭を撫でて褒めた。

聖女様は、ひたすら私を痛み付けて、都度治癒を施した。

 

地獄だった。

拷問されている時間が、無限に感じた。

終わりの無い苦痛は、私の精神を限界まで追い詰めた。

 

「もう、やめて…ください…もう、痛くしないで…何でも…何でもしますから…ダメなら…殺して…」

 

「ヨシヨシ、いい子ですね…痛みに耐えて、よく頑張りましたね。感動しましたよ」

 

解放された、その筈だった。

 

「大丈夫です、痛いのはコレでお終いにしましょう…次は、気持ちよくなりましょうね?」

 

痛みから解放された私を待っていたのは、快楽による地獄だった。

私は聖女様により、何度も絶頂させられた。

絶頂が連続し、アタマが焼き切れで死んだと思った。

でも、その後すぐに回復魔法を施された。

回復したら、また絶頂させられた。

 

頭がおかしくなった。

 

ティアナ様は絶頂の度に、私を褒めてくれた。

私の頭を撫でて、抱きながら。

 

「今まで、よく頑張りました。ヨシヨシ、良い子、良い子…アナタは偉い子ですよ」

 

ティアナ様のふくよかな胸に包まれた私は、今までに無い充足感に満ち溢れていた。

私はそこに、確かな愛を感じた。

 

もし私に母がいれば、きっとそんな存在だったのかもしれない。

私はティアナ様に、未だ知り得ぬ母性を求めた。

赤子のように、ティアナ様の乳房を求めた。

ティアナ様は私に応えてくれた。

 

夜が明けるまで、ティアナ様は私を愛してくれた。

ティアナ様が寝る筈だったベッドは、私のソレでひどく汚れていた。

 

気が付けば、ティアナ様はベッドに腰掛け、優雅に茶を飲んでいた。

朝日に照らされるティアナ様は、さながら女神様のようだった。

 

「貴族に使えるのを辞めて、アナさん…私に雇われてみませんか?」

 

その問い掛けに対する、私の答えは決まっていた。

 

「は、はい…ティアナ様のためなら、わたし何でもします…ですから、どうかお情けを…」

 

もっと私に、ティアナ様の愛を下さい。

お願いします、何でもしますから。

 

「仕方ないですねぇ…もう夜明けですから、コレで最後ですよ?」

 

朝日に包まれながら私は、じっくりとティアナ様の愛を味わった。

 

 

 

後日、私は表向きの仕事を辞めた。

前の雇い主には、ひとまず依頼失敗の旨だけ伝えておこう。

私の主人は、ティアナ様ただ一人。

しかし、私の正体を知るこの男がいると、ティアナ様に迷惑がかかりそうだ。

 

何とかしなくちゃ。

 

ティアナ様のために。

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