ティアナの正体
イェンティアナ・ラブカスは教会の出である。
教区長の末娘として、信仰者達からはティアナと呼ばれ慕われている。
ティアナは教会の教えに敬虔であり、日々信仰に身を捧げ過ごした。
ある日、ティアナは癒しの能力に目覚めた。
神よりの啓示として教区長の父親は、ティアナに勇者一行へ合流するよう命じた。
ティアナは悪の首魁たる魔王から世界を救うため、勇者と共に旅立つ。
というのは、彼女の表向きのストーリーである。
ティアナの名を騙る存在は元来、人間ではなく魔族でもない特異な存在だ。
人魔どちらにも属さない、混沌を好む秘匿された神により造られた偽物の生命体である。
「勇者の懐に潜り込み盤面を掻き回せ。そして魔王と勇者を殺害し、世を混沌と禍いで満たすのだ」
世界に混沌を齎すために産み落とされた”ソレ”は、目的のために動き出す。
ぐじゅり…ずり…ずず…
醜く蠢くナニか。
およそ余人が見れば卒倒する、臓物の集合体のような生命体。
未だ不定形の”ソレ”は人知れず人間の街に潜り込み、標的を定めた。
“ソレ”は聖職者の若い女を見つけたのだ。
その聖職者こそが、イェンティアナ・ラブカスであった。
夜闇に紛れた”ソレ”は、一人になったティアナに飛び掛かる。
不意を突かれた彼女は、顔面を”ソレ”に覆われた。
「ひぎいっ!なっ…!んぐぅっ…!んぅんんん…!……っ!……んぐぉっ…!……ごっ………ぐごぉ……おごぉ……ぉ…」
生暖かいナニかに強制的に顎を下げられ、口からナニかがなだれ込む。
ビクンッ…ビクンッ…ビクッ…ビクッ…
ティアナの全身に痙攣を起こしながら、”ソレ”は自らの全てを彼女の身体に収めた。
次第に”ソレ”はティアナの全身に行き渡り、内部から彼女の臓物を喰らい始めた。
白目を剥きながら痙攣する彼女が大人しくなる頃には、脳を含む内臓全てを喰った。
彼女の器官は全て、”ソレ”に置き換わった。
生前のティアナは聖職者としての人徳はあったものの、特段の有用な魔法を使える人間ではなかった。
成り変わりにより、”ソレ”の能力の一つである治癒魔法が加わったのが事の真実だ。
これから治癒が出来る聖職者ティアナとして実績を重ね、勇者一行に潜入しよう。そして、世界に混沌を齎すため暗躍する。
その筈だった。
ここで、悪神も存外の事態が発生する。
成り変わりのティアナに、異世界から来た男の別人格が発生したのだ。
他所者の男の魂は、仮初の命であるティアナの人格を逆に喰らい尽くした。
目的達成のため形作られた、上辺だけの人格は男にとって取るに足らない意識であったようだ。
果たしてここに、ティアナの使命は男の魂により上書きされた。
「あれ、俺ってティアナじゃね?」
ティアナは、聖職者としての記憶と、悪神の眷属としての記憶、その双方を引き継いでいた。
そして、気が付いた。
この世界が、男が生前に熱中していたゲームの舞台であると。
「うげぇぇえ…ティアナってこんな感じで生まれたのかよ…マジでグロじゃん……ってことは、この内臓って全部アレな存在じゃん…ゲロインならぬグロインかよ…」
“ソレ”がティアナの身体を奪った事も憶えている。
「はぁ…この感じだと、日本に帰れそうも無いなぁ…俺ってどうなったんかなぁ…死んだのかなぁ…どうすっかなぁ……当面はティアナとして生きるしか無いかなぁ……父さん、母さん…会いたいなぁ」
ある日を境に、ティアナは真面目で堅物な性格から、市民も慕う気さくな聖職者となった。
治癒魔法を活かして、教会の活動にも貢献した。
ティアナはある時、考えた。
「裏ボス由来の俺って厄ネタだよなぁ…このままだと俺の命もどうなるか、分かったもんじゃない。ここがゲーム世界なら融通が効く筈…いっそのこと好きにエンジョイさせてもらおうかなぁ」
ティアナはゲームの隠しルートで、主人公を裏切り死亡する。
それは人魔和解により、悪神再誕に必要な財宝が揃うことで解放されるルートだ。
邪神復活の儀式が完成し、その司祭たるティアナが表立って行動に出たことから始まる。
ティアナは勇者達を利用して、真のラスボスを顕現させた事を打ち明けた。
彼女は仲間達を次々と戦闘不能にしていき、遂には最後の一人である勇者を追い詰める。
しかし仲間との間に芽生えた絆により攻撃が鈍り、その隙をつかれたティアナは主人公により殺された。
この一連の流れで全ての黒幕が、隠された悪神であると発覚する。
男は生前、このストーリーを愛していた。
このルートを繰り返しプレイした。
ティアナに感情移入した。
主人公達の表情やセリフが薄暗くなっていくのに、熱いものを覚えた。
それでも前に進む主人公達を愛した。
惜しむらくは、克服できないような心の傷を植え付けて欲しかった。
だからティアナとなった今それを演じても良いが、その後の光景を見られないのは許せなかった。
「このまま勇者に仲間入りしても、邪神に操られて裏切らざるを得ない…俺の命は邪神に紐つけられているんだったか。裏ボス倒しても道連れは勘弁だな…生き残るためにも、先にアイツを何とかしておく必要がある」
ティアナはゲームの知識から、自らの運命を知っていた。
そして、抗うことを決意した。
「よし、裏技で超レベリングしよう。おそらく出来る筈だ。えっと…確か…草むらで…道具が上から3番目で…ステータス画面で…セレクト押して…」
ステータス画面を当然のように開けた事は気にしてはいけない。
・
・
・
ウロウロ…カクカク…ウロウロ…カクカク…
草むらで不思議な行動をするティアナは傍目からしたら酷く挙動不審であったが、周囲の目も気にせず裏技を実行した。
テレレレッ、テッテッテー♪
不思議な音が頭の中に響き渡った。
「あ、上がった…レベルが上がった!冗談かと思ったら…すごい!上限まで行ってる!これならラスボスも裏ボスも余裕だ!スキルツリーも全開放されてるゥ!!ヨシッ!裏ボスに御礼参りしよっ!」
ティアナはゲームの知識を基に世界の裏側にある、秘匿された神殿に殴り込んだ。
なお、本来は邪神が復活前であるため入る事すら不可能であるが”裏技”で入場した。
(ちなみに某尻ワープのようなバグ技であったため、非常にシュールである)
そして肉体言語で邪神を屈服させた。
邪神も筋骨隆々の巨神であったが、それを踏みつける様にティアナはそびえ立つ。
「うっ…ぐ……な、なんという規格外……この様なモノを吾は産み落としたのか………」
「なぁなぁ、邪神さんよぉ…これでアンタと俺の”命の”繋がりは切れたよなぁ…」
「わ、わかっておる………もとより…その力ならば、吾が消えた所で汝に何ら影響もあるまいて…」
「へぇ…そうだったんだぁ。まぁいいや、俺もアンタと道連れで死にたくないんでね。それと、今回の事は他言無用で…たとえ勇者が此処に辿り着いたとしてもね。俺がアンタをぶちのめしたことは、さすがに外聞が悪いだろう?」
「おのれ…汝は、吾よりも…邪悪に見えるぞ」
「どういたしまして♡」
かくしてティアナは自由の身となった。
ティアナは己の力を秘匿するために、弱化の指輪を探し出して装備した。
莫大なレベルは誰にも気取られることは無く、教会の聖女としてロールプレイに励んだ。
そして、遂に教区長の父親から宣言された。
「教会本部からの指示である。我が娘、聖女ティアナは勇者一行に合流し、彼らに助力せよ」
「承知いたしました、お父様…」
祈りを捧げ俯きながら隠されたティアナの口元は、醜く半月を描く様に口角が吊り上がっていた。
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