異世界TS転生曇らせ愉悦部が失敗するだけの汚話

アスタロット

聖女の中身は…


和名 リンドウ(竜胆)

花言葉 悲しんでいる貴方を愛する



 

愛する人達に、私を刻み付けたい。

幸せな人生の中でも時折、私を思い出して欲しい。

“私”という存在を、その生涯に亘って忘れずにいて欲しい。

 

私にとって愛する人の幸福は、望むべきものだ。

私の犠牲の上に成り立つ幸福ならば、更に望むべきものだ。

私の存在を愛する皆の心に、永遠の証として残したい。

その為ならば、何だってする。

そして、愛する人達が苦悩する様を、遠目で見守りたい。

幸せな人生の裏で、私の残滓を覗かせて欲しい。

 

ああ、考えただけで…

その姿を想像するだけで…

私の内面は熱く煮えたぎり、絶頂してしまうに違いない。

 

愚かにも醜く、そんなささやかな願望を生まれ持った欠陥品が、この私だ。

 

なんとも酷く、歪んだ想いだろう。

コレは愛情などではなく、汚らしいエゴだ。

分かっていた。

それでも私は、愛する人達と共に歩む道を捨てようとも、そうしたかった。

 

 

 

 

だから私は報いを受けるんだ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

ガチャン!

 

「命ずる…動くな、ティアナ。この魔道具を装着した君は、今から俺の奴隷だ。君の意思では、その首輪を取り外す事は一切出来ない。これから君にとって僕の命令は絶対だ」

 

私は目の前の男から、金属製の首輪を嵌められた。

彼の言う通り、首輪を付けてから身体が言う事を聞かない。

 

「うぐぅ…私はティアナという名前ではありません…それに貴方達は一体…何者………あっ……あぁ…まさか…まさか…ありえない…私が気が付かないなんて…」

 

「ふふっ…久しぶりだね、ティアナ。また会えて嬉しいよ…さて、”我が命じる”、嘘は禁止だ。さあ、改めて名乗ってもらおうか」

 

「うぐっ…ちがっ…ぅ…わた、し…は…イェン…イェンティアナ・ラブカス…うぅ……」

 

私の意思を無視して、口からは真実が紡ぎ出される。

 

この首輪はとんでもないアーティファクトだ。

私に対して、絶対の強制力をもっている。

 

ありえない…

 

こんな、遺産級のアイテム何処からゲットしてきたんだ…

 

「フフフッ…ティアナ…やっとだ…また君と共に……」

 

「うぅ…もう…やめて下さい…お願いです…私に、構わないでください…」

 

「諦めてくれ。君の隷属化は俺達パーティの総意だ。君は放っておくと危なっかしいからね。さあ、これで全員が揃った。ティアナ、みんなで首都に行こう。世界を救った勇者達の、真の凱旋だ」

 

ああ…もうダメだ。

 

せっかく物語から脱落したのに。

 

ここから先の物語に、私の存在はあってはならないのに。

 

だから自分という存在を、彼らの前から消した筈なのに。

 

あとは遠巻きに、君達を眺め、恍惚に浸るだけだったのに。

 

それを思い出に、ひっそりと暮らす筈だったのに。

 

失敗した。

 

彼等の想いを甘く見ていた。

 

お願いだから、解放して。

 

さもなければ、いっそのこと…

 

 

 

私を殺してくれ。

 

ーーーーーーーーーー

 

私の”今の名”は、ティアナ。

 

イェンティアナ・ラブカス。

 

元独身男性サラリーマンで、今は聖職者の女だ。

いつの間にかファンタジーな世界にいて、性別も姿も変えられてしまった哀れな元男性だ。

 

ちなみにビジュアルは…

黄金色の波打った長髪に、整った容姿でデカ尻デカパイのセクシーダイナマイツな聖職者だ。

どう見ても恵まれている。

うん、最高に叡智を感じるな。

 

私のサラリーマン時代の身の上など、どうでも良い。

 

私は聖職者として、世界を滅びから救うと宣う勇者の一員に加わった。

 

結果として、勇者を裏切ったがね。

 

黒幕の手下という”設定”で。

 

勇者と差し違えようとして、失敗し倒される。

 

哀れな敵役として。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

勇者と離反した私は、彼らと戦うこととなった。

 

一対多数で、数の上では私が劣勢だったが…瞬く間に、勇者君以外を悉く撃破した。

殺さない程度に、見せ付けるように彼等を痛めつけた。

 

目論見通り、勇者君は激昂した。

 

激しい戦闘の末に、消耗した私は相打ち覚悟で彼に攻撃するものの…

私の凶刃は勇者には届かず、逆に私が彼の剣に貫かれた。

 

「ごふっ…あぁ…やはり……わたくしには…できませんでしたね…」

 

胴体を剣に貫かれた私は、大量に流血し吐血もしている。

誰がどう見ても致命傷だ。

 

「どうして…ティアナ!…なぜ!なぜ手を抜いた!仲間だって…殺せたはずだ!」

 

「ふふっ…無理でしたね……長い旅で…情が…移って…ごほっ……しまいました…。これでは…邪神の…眷族…失格…です。アルトさん…あなた方を裏切っておいて…なんですが……もう少しだけ…貴方達と…旅を…したかった」

 

私の血みどろの身体を、勇者君が抱きしめる。

 

「死ぬな!ティアナ!生きろ!頼む!ホラ、いつもみたいに、回復するんだろ?回復魔法使って!…使えよ!…だから…俺を…俺達を置いていかないでくれ!」

 

私の身体が光の粒子となって、少しずつ足元から消えて行く…

 

「無駄…です…アナタのこれは…致命の、一撃…じゃないですか…こほっ……それは、不可逆の力…治癒魔法は届きません」

 

「なにも…そこまでしなくったって!!…良かったじゃあないか…」

 

「もとより…この…身体は…造られた仮初の命……邪神の思惑を挫くには…こうするしか…ありませんでした……ですが、どうか…悲しまないで…」

 

「いやだ!死ぬな!ティアナァ!愛してるんだ!君を!!」

 

愛する人の今際で叫ぶ、愛の告白か…最高に悶えるじゃないか。

 

「ふふ…偶然ですね…私もアナタを…愛して…いたんですよ…共に歩む事叶わず、残念です………だけど私の代わりに…アナタは…生きて…」

 

どんどん私の肉体は光となって、消えて行く。

 

「やめろ…ティアナ…死ぬな!行くなぁ!」

 

「あぁ…愛しのアナタ…私に…愛を…教えて…くれて…ありが…と…ぅ…」

 

「ティアナ…?ティアナ?…ぁ…ぁ…あ…あ…あぁ…あぁああああああ!!!!!!」

 

私は光の粒子となり、彼の腕の中から完全に消滅した。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

ヨシッ!すべて完璧だ。

 

今私は勇者達から遠く離れた、田舎町の小屋にいる。

あらかじめ用意している、私しか知らない避難場所だ。

 

いやぁーこのド派手な死亡演出を行うために、大変な苦労をした。

 

自らの存在を光の何かアレな物質に分解して、決まった別の場所に置換させる。

すごく高度な魔法と言うか、もはや謎の技術である。

トンデモない魔力の消費と引き換えに、イメージした転移を可能とした訳だ。

 

ついでに私は、不老不死にもなっている。

 

この”光の粒子になって退去(大嘘)する”魔法を開発している過程で副産物としてゲットした能力だ。

私がここに来て数年経ったが、この世の理から逸脱した存在であることには間違いない。

 

反則技のおかげで異能力には困ることはない。

老いもしなければ、死にもしない。

これで、”自己犠牲による他人の曇らせ”という私の趣味も、永遠に実行することが出来る。

 

この魔法を編み出す為に、相当の労力と時間を要したものだ。

だが、同様のプレイが今後も出来るので、ゲットした甲斐があった。

 

しかし、勇者の腕の中で息を引き取る、というのは収穫だった。

最高に絶頂するシチュエーションだったな。

まさか土壇場で、愛の告白をされるとは思わなかったけど。

 

まぁいい、作戦は成功だ。

 

さて、次の獲物を探しに行っても良いが…

移動先で勇者やその関係者とエンカウントするのも面倒だな。

アイツら妙に勘が良いし、頑固と言うか執念深い。

 

 

ほとぼりが冷めるまで、暫くは片田舎でパンでも焼いているかなぁ〜

 

たまに遠くから観察して、彼等を見ることが出来れば良い訳だし。

 

普段は街角のパン屋で美人な看板娘…片手間の趣味としては、悪くないだろう?

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