第一王子と物乞いの少女

結局俺は二日目も、少女に飯を奢ってやった。

 

「うまいか?そのワッサは屋台の名物らしいぞ」

 

「もぐもぐ…ワッサおいしい!お口のなかワッサワサしてる!」

 

よく分からない感想だが、美味い事は間違い無いらしい。

俺は少しばかり、料理を一心不乱に掻き込むこの少女の事が気になった。

 

「おいお前、名前くらいはあるんだろ?」

 

「もしゃもしゃ…んむ…あたしの…むしゃむしゃ…名前?もきゅもきゅ…」

 

石段に座りながら、一生懸命米を頬張る少女を見る。

その様子はさながら、頬袋に餌を貯めている小動物だ。

 

「お前以外に誰がいるってんだよ。ってか落ち着いて食え」

 

「もぐもぐ…んぐ…ゴックン。ヴァニタ!あたしヴァニタ!」

 

「へぇ…で、そのヴァニタはどうして、王都で物乞いなんてしてるんだ?」

 

「わかんない!気付いたらいた!」

 

「はぁ?じゃあ親は?」

 

「わかんない!たぶん生きてる!」

 

「はぁ?死んだとか、売られたとか分かんねぇの?」

 

「うん!わかんない!」

 

俺に向き直ったヴァニタは、天真爛漫な笑みを浮かべている。

それは今日食べるメシにも困っている、人間の表情では無かった。

 

「何にも分かってねぇじゃん…ククッ、面白いなお前」

 

「そういうお兄さんは、すごく立派なお洋服だね!もしかして王子さま?」

 

「お、よく気が付いたな。そうだよ、俺がこの国の第一王子、テューダー様だ」

 

「エへへっ…お兄さんウソが下手っぴだね。王子さまがこんな所に来るわけないもん」

 

「そうとは限らないぜ」

 

「そうだ!あのね、お兄さんにお願いがあるの」

 

「なんだ?金か?必要ならやるぞ」

 

「お金じゃないの。お兄さんの事ね…テューにいって呼んでいい?」

 

「なんだ、そんな事かよ。お前の好きに呼べば良い」

 

「やったやったぁ!エヘヘ…テューにぃありがとう!」

 

ヴァニタは恥ずかしげに顔を赤らめながらも、笑顔で俺に感謝した。

 

俺は突然、歳の離れた妹ができた、そんな気がした。

 

俺にも、血の繋がった弟妹はいる。

小さい頃も遊んでやった。

だが今となっては、弟妹それぞれの道を歩んでいる。

エリナに至っては、勇者の仲間として人々のために闘っているという。

その一方で俺は何だ。

政務を投げ出し、遊び回り放蕩息子と呼ばれる始末。

少しばかり気落ちした。

まぁ、この気楽な暮らしを、しばらく手放す気は無いが。

 

「テューにぃどうしたの?考えごと?」

 

「いや、何でもない」

 

 

その後も同じ場所へ行けば、必ずヴァニタに出会えた。

気付けば俺は、街で女遊びをする事がなくなっていた。

 

他愛もないこの少女との世間話が、俺にとっては楽しい時間になっていった。

 

そして何回目の邂逅か忘れた頃、俺はヴァニタに将来の夢について問いかけた。

 

「なぁ…ヴァニタは大人になったら、何がやりたいんだ?」

 

「パン屋さんになりたい!パン屋さんになって、美味しいパンを毎日お腹いっぱい食べるの!」

 

ヴァニタらしい、メシ関連の夢だった。

 

「いや、自分で食うのかよ」

 

「そういうテューにぃは何やりたいの?」

 

「俺か?そうだな…特にないわ」

 

俺には目的も無ければ、目標も無い。

何となく自堕落な日々を、しばらく過ごせればそれで良い。

 

「えーつまんなーい。テューにぃお金持ちだから何でもできるぢゃん!」

 

「金があれば、何でも出来る訳じゃないさ」

 

「そうなの?」

 

「そういうモン」

 

「えー、あたしバカだからわかんなーい」

 

「そうだな、ヴァニタは馬鹿だな」

 

「バカっていうなー!バカって言った人がバカなんだよ!バーカバーカ!ベロベロベロベロバァー!」

 

ヴァニタが両手で、自らの口角を引っ張る。

俺はヴァニタの変顔に、少しだけ笑いそうになってしまった。

 

「ッ!…くっ。いや、お前が最初に言ったんだろうが」

 

「あっ、そうだ!」

 

「何だよ唐突に」

 

ヴァニタが唐突に、懐から何かを取り出した。

 

「コレあげる!」

 

彼女が渡してきた物は、道端の花を編んだ飾りだった。

子供の手先で作ったのか、不出来なモノだった。

 

「あたし何にもないから…テューにぃに渡せるの、コレしかなくて…」

 

「お、おう…せっかくだから貰っておくぜ」

 

「え!?貰ってくれるの!ありがとう!テューにぃ大好き!」

 

ヴァニタは満面の笑みを、俺に振り撒いた。

 

 

その翌日、俺は思い切って小汚いヴァニタを風呂に入れた。

当然だが、物乞いの少女を王宮の浴場へ通す事はできない。

 

だが、王都にも風呂はある。

しかも、男女が共に入れる風呂が。

 

そう、サウナだ。

 

俺は嫌がるヴァニタの手を引いて、彼女をサウナへぶち込んだ。

 

「あついよテューにぃ、あつーい!もう出る!」

 

「いいから我慢しろ。頑張ったらご褒美やるから」

 

「え!?ホント!?じゃあ頑張る!」

 

サウナで浮き出た汗と汚れを、ヴァニタは水で洗い流した。

石鹸も貸し与えて、頭から全身を洗う様に命令した。

(ちなみに、洗い場は男女別だ)

全身を石鹸で洗い流したヴァニタは、身綺麗になった。

見違えるほど美しくなった。

 

「オイ、そのまま服買いに行くぞ」

 

「えっ?もういいよー、お風呂入れただけで嬉しいよー」

 

「いいから、行くんだよ」

 

俺はヴァニタをローヤン市場まで連れて行き、服を買い与えた。

買ったのは、平民向けの簡素なワンピースであるが。

 

「すっごい!ちゃんとしたお洋服!すっごい!すごくすごい!ありがとうテューにぃ!すごくありがとう!」

 

「語彙力下がってないか?」

 

黄金に輝く長髪。

整った容姿。

シミ一つない、艶やかな肌。

その姿はお忍びで市井へ出かけた、貴族令嬢のようだ。

物乞いの少女だとは、誰も思うまい。

 

ヴァニタが喜ぶ姿を見て、俺も自然と笑みが溢れていた。

 

 

 

実のところ俺は、先日ヴァニタがくれた花飾りを、すぐに捨てるつもりだった。

 

道端の草花を編んだだけの、ゴミ。

 

しかし俺は、彼女が一生懸命に花飾りを作る姿を思い浮かべてしまった。

結局俺は、そのゴミを捨てられずに王宮へ持ち帰った。

 

俺の部屋に置かれたその花飾りは、不思議と枯れることはなかった。

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