第一王子

私は今まで、大きな目標を持って生きてきた。

塔のように高くなった、理想の”積み木”を崩すために。

積み木は高ければ高い程、ソレが崩壊した時の私の絶頂は、より遥か高みへ昇華される。

だから目標へ向かって、十数年も我慢してきた。

 

アルト君を、アーシャを、エリナを…

愛する皆様をーーために。

 

でも、もう無理だ。

我慢できない。

気が付いたら、衝動を抑えきれない。

私の内面から蠢く、醜いナニかが這い出てくる。

石の隙間から這い出す、蟲達のように。

いけない。

でも、彼らを最高の芸術品に仕上げるには、まだまだ愛が足りない。

 

あぁ、無理だ。

もう少しで、決壊してしまう。

私の胸と下腹部は、熱を帯びて止まらない。

私の下腹部からは熱い粘つくモノが溢れ、下着を濡らし汚している。

 

何とかこの衝動を抑えなければ。

そう思って、抱ける者はひたすら抱いた。

しかし、性欲を満たしても駄目だった。

酒を飲んだ。

衝動が誤魔化されたのは、酔っている間だけだった。

 

これ以上醜い私を、誰にも晒す事はできない。

危険だ。

このままでは計画が頓挫してしまう。

せめて体裁だけでも、何とか繕わねば。

それでも我慢できない。

どうしよう。

どうしよう。

 

モブでなければ誰でもいい

誰かの心を壊したい

誰かの心にキズを負わせたい

誰かの心に私を刻み付けたい

 

ああ

 

そうだ

 

いるではないか

 

まだ物語に登場していない彼が

 

あはっ!

やった!

 

決まりだね!

 

そうと決まれば!

善は急げだ!

 

あはははははははははははははははは

 

 

 

俺は名はテューダー。

テューダー・ローズ。

ローズ王国、第一王子だ。

 

俺の人生の大半は、退屈な日々だった。

 

国王の後を継ぐにしても、父上はまだ若い。

俺が国王になる頃には、父上が即位した年齢より遥かに歳を取ってからだろう。

だから日々を適当に過ごした。

 

王立学園でも、俺はそれなりの成績を修めた。

多くの女子から、交際を申し込まれた。

それでも学園生活は、やはり俺には物足りなかった。

 

学園を卒業した俺を待っていたのは、また退屈な日々だった。

 

政務の手伝いを投げ出して、市街で遊び呆けた。

色々な女に手を出した。

それでも満たされなかった。

 

 

ある日、王宮に勇者パーティーがやってきた。

和平の使者を伴って。

俺は遠巻きに、彼らを観察した。

 

勇者は地味な男だった。

しかし、連れている仲間は、皆極上の女だった。

なぜ、あんな男が美人を侍らせているのか。

俺は納得出来なかった。

特にティアナという聖女は、控えめに言っても最高だった。

勇者から奪ってやりたいと思った。

 

ある日その聖女が、のこのこと単独で王宮へやって来た。

俺はタイミングを見計らって、聖女に接触した。

俺が声を掛けた女は、大概簡単に堕ちてくれる。

だがあの女の対応は、無礼そのものだった。

 

「ふふっ、面白い事を仰る方ですね。でも、私達には構わない方が、貴方の身のためですよ?女癖の悪い王子様」

 

「くっ、何と無礼な!いくら聖女だろうと、この第一王子に対する不届千万…許さんぞ!」

 

「どうぞ、ご自由に…それとアーシャさんとエリナさんに、このような行動は絶対にしないで下さいね。あ、エリナさん相手だと、近親相姦ですね♪それでは、私は王妃殿下の元へ参らねばなりませんので、これにて…」

 

その後俺は父上に、聖女の無礼を告げ口した。

父上は激怒した、この俺に。

 

その時、俺は初めて知った。

あの女が枢機卿である事を。

教会の恐ろしさは、俺も重々承知している。

あの女が何故俺に対して強気だったのか、今さら理解出来た。

俺はあの時、聖女に警戒心を抱かせてしまった筈だ。

だからその後は、極力勇者パーティーへ接触する事は控えた。

退屈を持て余しても、危険な橋を渡るつもりは無いからな。

 

ちなみに、母上からもお灸を据えられた。

何故だ。

 

また、退屈な日々がやってきた。

勇者の女達を寝取れば、多少は俺の気も紛れる物と思っていた。

それが叶わなくなり、俺は気落ちした。

 

ある日俺は、いつも通り政務を投げ出して街へ繰り出した。

適当に良い女を引っ掛けて、遊んでやろう。

そう思っていた。

 

街を歩いていると、ある光景が目に入った。

 

「もうやめてください もうしませんから もうやめてください」

 

見れば物乞いらしき少女が、数人の男どもに嬲られている様だった。

この王都でも、王宮から離れれば珍しくも無い光景だ。

しかし、その物乞いの少女を遠巻きに見た時、俺は何かを感じた。

 

「俺達の縄張りで物乞いなんかするから、こうなるんだよ…オラ!オォン?よく見りゃ、悪くねぇツラだなぁ、連れ帰って輪すか」

 

「やめないか!お前達!」

 

気が付いたら俺は、少女と男達に割って入っていた。

 

「あぁん、何だおめぇ!?」

 

「ここは王都だ。お前達の行為は見過ごせない」

 

「やれるモンなら、やってみろや!この偽善者気取りがよぉ!」

 

普段の俺からは、考えられない様なセリフが出た。

 

結局、俺は男共を叩きのめして退散させた。

警備を呼んでも良かったが、野郎相手に待つのも面倒だからな。

 

「その…お前、大丈夫か?」

 

「は、はい。どうも、ありがとう、ごさいます」

 

少女を顔を見た時、俺の心は何かに突き動かされた。

 

物乞いであるのか、少女は確かに小汚い格好をしていた。

しかし、将来性を窺わせる少女だった。

 

手入れされていない髪は、黄金の輝きを秘めている。

容姿もよく見れば、異様に整っている。

少女ながらに、胸も成長の兆しあり。

磨けば光る事、間違いなしだろう。

 

何となく、あのクソ聖女が一瞬頭をよぎったが、気のせいだろう。

 

「あの、あの…本当にありがとうございました」

 

「ほら、コレが欲しいんだろ。それ使ってウマいモンでも食べなよ」

 

気が付いたら、俺は物乞いの少女に金を恵んでいた。

 

「ほ、ほほほほ本当に良いんですか!?」

 

「いらねぇなら、返してもらうよ?」

 

「もらいます!もらいます!……やったぁ、これでご飯たべれるよぉ…」

 

「……ハァ、仕方ねぇなぁ。その金はいいから、食いモン買いに行くぞ」

 

「えっ!?いいんですか!?」

 

「いらねぇなら、俺1人で美味いモン食うぞ」

 

「行きます!行きます!」

 

 

「美味しいよぉ…美味しいよぉ…」

 

少女は泣きながら、肉が挟まれたパンを齧っている。

 

「そんなに嬉しい事かねぇ」

 

「本当に、本当にありがとうございます」

 

その翌日も、俺はあの少女が気になって街へ出た。

 

「あっ、お兄さん!昨日はありがとうございました!」

 

そこには、昨日よりも元気な少女がいた。

 

偽善とは分かっていても、俺は少しだけ嬉しくなった。

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