勇者アルトと聖職者ティアナの出会い
全て、手遅れだった。
自分の感情と向き合って、素直になれた。
俺はティアナを愛していると、彼女に打ち明ける事ができた。
だがそれは、あまりにも遅すぎた。
既に、その彼女を失う寸前なのだから。
なんて愚かで馬鹿馬鹿しい話だろう。
争いの因果である邪神が背後に居たとは言え、俺はティアナを手に掛けてしまった。
俺の手に抱かれた彼女の胸からは、止めどなく鮮血が流れている。
「死ぬな!ティアナ!生きろ!頼む!ホラ、いつもみたいに、回復するんだろ?回復魔法使って!…使えよ!…だから…俺を…俺達を置いていかないでくれ!」
ティアナを除き、回復魔法が使用できる仲間は俺以外全て意識を失っている。
そして肝心の治癒魔法のプロであった、ティアナ自身が既に手遅れだと言っていた。
だが、俺は納得出来なかった。
俺は不慣れな回復魔法を使ったが、一向に傷口が塞がることは無く血液が溢れ出す。
もう手遅れだったのは、俺の目から見ても明らかだった。
「いやだ!死ぬな!ティアナァ!愛してるんだ!君を!!」
咄嗟に出た言葉は、愛の告白だった。
今まで蓋をしていた感情が、溢れ出してくる。
「ふふ…偶然、ですね…私も…アナタを…愛して…いたんですよ…だから…アナタは…生きて…」
彼女は俺の想いに応えてくれた。
しかし一瞬の歓喜が過ぎ去った後は、俺の心は再び喪失の恐怖で埋め尽くされる。
「!?…やめろ…ティアナ…死ぬな!行くなぁ!」
ティアナの美しく澄んだ蒼い瞳から、次第に色彩が失われていくのが分かる。
もう永らえない。
「あぁ…愛しのアナタ…私に…愛を…教えて…くれて…ありが…と…ぅ…」
彼女の肢体は四肢の末端から、眩い輝きを放ち散り始めた。
「ティアナ…?ティアナ?…ぁ…ぁ…あ…あ…あぁ…あぁああああああ!!!!!!」
ティアナは息を引き取った。
そして自身の装備だけを残し、彼女の肉体は霧散していく。
それは、彼女が邪神に意図して造られた存在であることを物語っていた。
俺の腕にあるのは、傷付いたティアナの衣服と、彼女の僅かな温もりだけ。
俺は声にならない嗚咽を漏らしながら、ティアナの温もりを逃さぬよう、それを抱きしめる事しかできなかった
ーーー時はティアナとの出会いに遡るーーー
俺たちのパーティーに、新しく仲間が加わる事となった。
名前はイェンティアナという。
教会から派遣される聖女らしい。
聖職者だから治癒魔法を使えるのは間違いない。
回復役が不足気味の俺達には、渡りに船だったんだが…
教会関係者と聞いたもんだから、さぞや堅苦しい聖職者なのかと戦々恐々としていた。
だが、予想に反してティアナは気さくな女性だった。
「教会から参りました、イェンティアナ・ラブカスと申します。回復役はお任せください。全ての傷を癒し、呪いを浄化致しましょう。あ…それと仰々しいですから、気軽にティアナと呼んでくださいね」
白を基調とした聖職者のローブで、頭にはベール。
所々に金色の装飾が施されており、清純さと荘厳さを強調している。
ベールを覗けば黄金に輝く見事な長髪と、美しく整った顔が見え隠れする。
澄んだ蒼眼は、こちらを見透かすようだ。
体躯は女性の中では恵まれており、更には腹部が引き締まり、胸部と臀部は男性を誘惑するかのように豊かだ。
カソックでは隠しきれない、魅力的な肉体だった。
そんな聖職者である彼女に対して、抱いてはいけない邪な感情が頭をよぎった。
「いやん///そんなに見つめられると…少しばかり…その…恥ずかしいですね♡」
今思うと、一目惚れだったのかもしれない。
「…ッ!すまない、そんなつもりはなかったんだ」
しかし、今は人間と魔族が互いの生存圏を賭けて争っている最中だ。
俺はティアナへの感情を、理性で押さえ込んだ。
当初、俺以外の仲間はティアナに対して、怪訝な態度を取ることもあった。
しかし、ティアナは俺達と合流して、間も無く活躍してくれた。
仲間ともいつの間にか、かなり親しくなっていたのは驚いたが。
俺達パーティには、治癒の専門家が居ない。
いつも補助的ではあるが、回復薬に頼っていた。
しかし、戦闘中は使用行動により攻撃が制限される。
仲間の魔法使いも、回復魔法を使えはするが。
連戦の際、物理耐性のある魔物とぶつかった時に、魔力切れになっていては意味が無い。
だからティアナの存在は、俺達パーティの穴を埋めてくれる存在だった。
結果、俺達が突出してティアナが治癒魔法を連打し、彼女が魔力切れで倒れる事になったのだが。
「…ん…大丈夫です…私の事は、気にしないで下さい。アルトさん逹が無事なら私は良いのです。だから…ドンドン、私を使い倒して下さいね」
俺はティアナの自己を顧みない、献身的な仲間への奉仕に危うさすら覚えた。
だが、その感情と反するように俺達はティアナへ依存していった。
「回復役はお任せください。全ての傷を癒し、呪いを浄化致しましょう」
ティアナの言に嘘偽りは無かった。
彼女の回復魔法はもはや、絶技の域に至っている。
体の一部が欠損した傷害も、ティアナによって復元完治。
瀕死になった仲間も、ティアナによって全回復。
毒や麻痺をはじめとした、ありとあらゆる状態異常がティアナによって解除。
ティアナ自身も自衛として攻撃魔法を使えたのも、大いに助かった。
時たま、使用者がレアな混沌属性の炎を使用していたのは気になったが。
ともかく結果として、程なくパーティの皆がティアナに全幅の信頼を寄せる事となった。
ある日のことだ。
野営でティアナと二人で、篝火の番をする事となった。
魔物除けの結界も張ってはいるが、野盗に寝込みを襲われる万が一の事がある。
なので野営の際は見張りも兼ねて、必ず当番で行っている。
そんな中、ティアナがその役割を買って出たのだ。
皆を休ませたいという、彼女らしい献身的な申し出である。
しかし旅や野宿に不慣れな彼女に対して、一人で任せるのも忍び無い。
かと言って申し出を断るのも悪い、と思い俺もそれに付く事にしたが。
「篝火、あったかいですね……アルトさん、もっと近くに…ホラ、肩を寄せ合いましょうよ」
「えっ…!?ちょ」
予期せぬティアナの行動に、俺は動揺した。
「動かないなら、私から失礼しますね…よいしょっ…と」
「そんな…ちょ…ティアナ、近いって」
彼女は俺の隣に腰掛けて、肩を密着させるように身体を寄せてきた。
「んふふー…これは…なかなかどうして……アルトさん…やっぱりアナタ…カッコいいですね♡」
「うっ…今更世辞はやめてくれ…恥ずかしい」
ティアナの顔を直視できない。
あと、彼女からはとても良い匂いがした。
「ところで…アルトさんは、この争いが終結したら…何をなさるおつもりですか?」
鍛錬と闘いに明け暮れた俺に、存外の問いかけが飛んできた。
「ん?うぅむ…そうだなぁ…言われてみれば、今までそんな事考える余裕すらなかったからな…特に、ないかなぁ。そんなティアナこそ、なにかやりたい事でもあるのか?」
「私も特に決まってないですねぇ……あ、パン屋さんやりたいです!小さな教会を建立して、その片手間でパン屋さん!」
ティアナの夢は慎ましいものだった。
仮に俺達が勝利して争いが終結すれば、聖女であるティアナは教会に担ぎ上げられるだろう。
そんな暮らしは到底無理に違いない。
だが、せっかくの雰囲気を壊すのも無粋なので、指摘するのはやめておいた。
「ふふっ…君らしいな」
その後も、他愛もない世間話が続く。
普段は分からない、彼女の意外な一面が見られた。
この一晩でティアナとの絆が深まったような気がする。
あと、やっぱりティアナからはとても良い匂いがした。
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