聖女アナスタシア


勇者一行は悪神を討った。


かの神は”話せば分かる”だの”黒幕は眷属の女”だのと必死にアルト達へ訴えかけた。

だが、彼らは問答無用だった。


闘いは勇者達による一方的なものだった。


眷属たるティアナを取り込めなかった邪神は、復活するも不完全な状態だったのだ。

もし彼女を食べていた場合、邪神はある程度の

力を取り戻せた。

そうすれば、このように下手に出る必要も無かっただろう。

かの眷属は勇者に殺される事を以て、自ら逆らえぬ”あるじ”の養分になる事を拒んだのである。


邪神討伐後、魔王は勇者一行にいろいろと明かした。

ティアナは決戦の前に魔王へ、だいたいを打ち明けていたのだ。


勇者一行はそんなティアナの遺志に涙した。


「ティアナ…あぁ…なぜ!なぜ俺たちには言ってくれなかったんだ!!!」


魔王との会談中、アルトは膝から崩れ落ちた。


「愛する者の手にかかることが、あの女にとって最後の我儘よ。何ともいじらしい女よなぁ」


「ああ…ああ…確かに、愛してくれていたのか、こんな俺を…あんなに酷い事を何度もして、それを隠していた俺を…ああ…あぁ!!」



聖女死亡


その報せは瞬く間に広まった。

王国内の衝撃は凄まじく、特に王妃の狼狽える姿は酷いものだった。

その報せを受けた王妃は、膝から崩れ落ち号泣した。

王宮内は瞬く間に悲しみに包まれた。

王子の幼妻、ただ一人を除いて。


一方、教会本部の動きは迅速だった。

これはティアナが勇者一行と合流する前に、業務の引き継ぎを済ませていたからである。

そして、次なる聖女の認定が即座に行われた。


ある日、ティアナの書状を携えて不意に教会本部へやって来た少女、アナスタシアである。


黄金に輝く長髪に、蒼色の澄んだ瞳。

その少女はティアナと変わらぬ、清らかさを帯びていた。

突然の訪問にも関わらず、教会の幹部たちはアナスタシアを丁重に迎え入れる。


聖職者になるため厳しい修行に取り組んだ彼女の成長ぶりは、短期間だが目覚ましいものだった。

彼女にはティアナにも引けを取らない、優れた素質があった。


ある程度の修行を済ませたアナスタシアは、ティアナの実家預かりとなっていた。

はじめティアナの両親は大きく驚いたが、アナスタシアの身の上を聞き彼女を篤く扱った。

ティアナを母と呼ぶアナスタシアは、彼らを祖父母として慕った。


ティアナの訃報は、彼女の両親とアナスタシアを大いに悲しませた。

その後間も無く、アナスタシアは教会本部から聖女の認定を受ける。

そして幹部から、勇者一行へ合流するよう依頼された。

そういった依頼の中には、魔王城への不定期な訪問も含まれていた。

ティアナは魔王婦人に対して、引き継ぎも忘れていなかった。


「お母さんは死ぬ事が分かっていた…だから、私を教会に派遣したんだ…」


そう悟ったアナスタシアは勇者の元へ走った。



勇者一行から聖女が抜けた穴は大きかった。


邪神の顕現と同じくして、各地の魔物が活性化したのだ。

その情勢はピークアウトを迎えたものの、未だ不安定な環境に対してアルト達は各地を転戦していた。

しかし一行の動きは精細を欠いていた。

アーシャも治癒や補助の魔術を使えなくはないが、専門は攻撃魔術である。

皆がティアナの不在を惜しんでいた。

補助役の欠員を埋める事は急務であった。


そんな折に彼らは教会本部から、新たな聖女を派遣する旨の通達を受ける。


アナスタシアにティアナの面影を見たアルトは驚愕した。

しかし初対面の彼女が、アルトに放った言動は皆を大いに動揺させた。


アナスタシアは、彼の頬に平手打ちをお見舞いしたのだ。


「返して!返して!!お母さんを、返してよ!!」


アルトの両肩を揺らしながら、アナスタシアは泣き喚いた。

その変貌ぶりに勇者一行は呆気に取られて、暫しのあいだ言葉を失った。

その後彼らは、落ち着いた彼女から事情を聞いた。


ティアナがアナスタシアに対して

改心させてくれた事。

罪を許してくれた事。

自らの母となってくれた事。

裏稼業から足を洗わせてくれた事。

聖職者の才能を見出してくれた事。

教会本部へ取り次いでくれた事。


全てを打ち明けたアナスタシアを、勇者達は快く迎え入れた。


アナスタシアの治癒の腕前は、ティアナに及ばなかった。

しかし、彼女はティアナには無いスキルがあった。

裏稼業をしていた時に身に付けた、卓越した多くの技術。

宝箱や扉の解錠、罠の解除、隠密行動、素早い攻撃、状態異常、その他諸々。

どれもアルト達には無いものだった。


回復術師としてはティアナに並ばずとも、アナスタシアは勇者パーティーに貢献し瞬く間に馴染んでいった。


そうしていく中でアナスタシアは、ティアナがアルトを愛していた事を知った。

アルトはアナスタシアに、ティアナの姿を重ねた。


アルトとアナスタシア。

パズルのピースが欠けた者同士。

お互いの傷を舐め合う内に、二人がそういった関係になるのは時間の問題だった。

しかし二人の間で、その乾きが満たされる事は決してないだろう。

相手の向こう側に、ティアナの姿を幻視し続けているあいだは。

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