聖女アナスタシア
勇者一行は悪神を討った。
かの神は”話せば分かる”だの”黒幕は眷属の女”だのと必死にアルト達へ訴えかけた。
だが、彼らは問答無用だった。
闘いは勇者達による一方的なものだった。
眷属たるティアナを取り込めなかった邪神は、復活するも不完全な状態だったのだ。
もし彼女を食べていた場合、邪神はある程度の
力を取り戻せた。
そうすれば、このように下手に出る必要も無かっただろう。
かの眷属は勇者に殺される事を以て、自ら逆らえぬ”あるじ”の養分になる事を拒んだのである。
邪神討伐後、魔王は勇者一行にいろいろと明かした。
ティアナは決戦の前に魔王へ、だいたいを打ち明けていたのだ。
勇者一行はそんなティアナの遺志に涙した。
「ティアナ…あぁ…なぜ!なぜ俺たちには言ってくれなかったんだ!!!」
魔王との会談中、アルトは膝から崩れ落ちた。
「愛する者の手にかかることが、あの女にとって最後の我儘よ。何ともいじらしい女よなぁ」
「ああ…ああ…確かに、愛してくれていたのか、こんな俺を…あんなに酷い事を何度もして、それを隠していた俺を…ああ…あぁ!!」
♢
聖女死亡
その報せは瞬く間に広まった。
王国内の衝撃は凄まじく、特に王妃の狼狽える姿は酷いものだった。
その報せを受けた王妃は、膝から崩れ落ち号泣した。
王宮内は瞬く間に悲しみに包まれた。
王子の幼妻、ただ一人を除いて。
一方、教会本部の動きは迅速だった。
これはティアナが勇者一行と合流する前に、業務の引き継ぎを済ませていたからである。
そして、次なる聖女の認定が即座に行われた。
ある日、ティアナの書状を携えて不意に教会本部へやって来た少女、アナスタシアである。
黄金に輝く長髪に、蒼色の澄んだ瞳。
その少女はティアナと変わらぬ、清らかさを帯びていた。
突然の訪問にも関わらず、教会の幹部たちはアナスタシアを丁重に迎え入れる。
聖職者になるため厳しい修行に取り組んだ彼女の成長ぶりは、短期間だが目覚ましいものだった。
彼女にはティアナにも引けを取らない、優れた素質があった。
ある程度の修行を済ませたアナスタシアは、ティアナの実家預かりとなっていた。
はじめティアナの両親は大きく驚いたが、アナスタシアの身の上を聞き彼女を篤く扱った。
ティアナを母と呼ぶアナスタシアは、彼らを祖父母として慕った。
ティアナの訃報は、彼女の両親とアナスタシアを大いに悲しませた。
その後間も無く、アナスタシアは教会本部から聖女の認定を受ける。
そして幹部から、勇者一行へ合流するよう依頼された。
そういった依頼の中には、魔王城への不定期な訪問も含まれていた。
ティアナは魔王婦人に対して、引き継ぎも忘れていなかった。
「お母さんは死ぬ事が分かっていた…だから、私を教会に派遣したんだ…」
そう悟ったアナスタシアは勇者の元へ走った。
♢
勇者一行から聖女が抜けた穴は大きかった。
邪神の顕現と同じくして、各地の魔物が活性化したのだ。
その情勢はピークアウトを迎えたものの、未だ不安定な環境に対してアルト達は各地を転戦していた。
しかし一行の動きは精細を欠いていた。
アーシャも治癒や補助の魔術を使えなくはないが、専門は攻撃魔術である。
皆がティアナの不在を惜しんでいた。
補助役の欠員を埋める事は急務であった。
そんな折に彼らは教会本部から、新たな聖女を派遣する旨の通達を受ける。
アナスタシアにティアナの面影を見たアルトは驚愕した。
しかし初対面の彼女が、アルトに放った言動は皆を大いに動揺させた。
アナスタシアは、彼の頬に平手打ちをお見舞いしたのだ。
「返して!返して!!お母さんを、返してよ!!」
アルトの両肩を揺らしながら、アナスタシアは泣き喚いた。
その変貌ぶりに勇者一行は呆気に取られて、暫しのあいだ言葉を失った。
その後彼らは、落ち着いた彼女から事情を聞いた。
ティアナがアナスタシアに対して
改心させてくれた事。
罪を許してくれた事。
自らの母となってくれた事。
裏稼業から足を洗わせてくれた事。
聖職者の才能を見出してくれた事。
教会本部へ取り次いでくれた事。
全てを打ち明けたアナスタシアを、勇者達は快く迎え入れた。
アナスタシアの治癒の腕前は、ティアナに及ばなかった。
しかし、彼女はティアナには無いスキルがあった。
裏稼業をしていた時に身に付けた、卓越した多くの技術。
宝箱や扉の解錠、罠の解除、隠密行動、素早い攻撃、状態異常、その他諸々。
どれもアルト達には無いものだった。
回復術師としてはティアナに並ばずとも、アナスタシアは勇者パーティーに貢献し瞬く間に馴染んでいった。
そうしていく中でアナスタシアは、ティアナがアルトを愛していた事を知った。
アルトはアナスタシアに、ティアナの姿を重ねた。
アルトとアナスタシア。
パズルのピースが欠けた者同士。
お互いの傷を舐め合う内に、二人がそういった関係になるのは時間の問題だった。
しかし二人の間で、その乾きが満たされる事は決してないだろう。
相手の向こう側に、ティアナの姿を幻視し続けているあいだは。
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