第13話 四六時中のつきっきり

 ――ローラの拒絶。その瞬間、時が止まったように思えた。ほんの数日前までは、一緒に朝食の用意までして、端から見れば姉妹のようにも映った二人。それが全く違う姿へとなってしまっていた。


「……すまぬの」


 そう一言だけ告げてルーシーは部屋から立ち去った。俺は慌てて後を追おうとするが、ローラが寝巻の裾を力一杯掴んで離れようとしない。


「コウ……、おねがい……、ここにいて……。おねがいだから……」


 震えてしまって言葉もうまく出ないローラであった。確かにこのまま一人にはしておけないと、ベッドに腰掛ける。


「どうした? 何があった?」


「ルーシーが……、人の形をしてるし、顔だって全部ルーシーなのに……、全然違う人みたいに……、ううん!? 人じゃない! 人の形をしているけど人じゃない何かに見えるの!?」


「……分かった。とりあえず落ち着け。今日はここにいるから、もう寝ろ。な?」


 そうして、ベッドに彼女を寝かせてずっと手を握っていた。そうして、ローラが寝静まったころ、俺はスマホを取り出しルーシーへとSNSで連絡を取ってみる。


『大丈夫か?』


『ん? まあ大丈夫だの。ローラは?』


『とりあえず俺の部屋で眠ってる』


『ならば良い。ワシは数日部屋に籠るから、食事は部屋の前に置いてくれの』


『ローラと会わなくていいのか?』


『今は霊視のピントが合いすぎている状態じゃよ。何日かすれば慣れてピント調節もできるようになるだろうて。それまでは……の』


『了解。るーばあもあまり気に病まないようにな』


『子供に心配されるほど落ちぶれておらんよ。それよりもローラを頼むぞい』


 ルーシーに関して顔は見れないが大丈夫なようなので、明日からはローラに付いていた方が良さそうだ。

 俺の横で眠っているローラだが、握っている手が恐怖で震えている。


「ごめんな……。やっぱり俺は気が利かないんだろうなぁ……。るーばあは出会った時から……、から、それが当たり前になってた。なあ……、ローラには、今までどう見えてたんだ?」


 寝ているローラの髪を撫でながら、そんな事を呟く。


 ……というか……、俺、このままローラと一緒に眠んなきゃならないの? 数日は同性のるーばあ頼れないし、どうしよう……。



 次の日から……、俺の苦難の日々が始まった。


「コウ……、そこにいる? いるよね? いなくならないよね?」


「おう……、ちゃんといるからな……」


 現在、ローラさんはお花摘み中。俺はそれを扉前で待っている状態だ。ちなみに今は真昼間。それでも窓の外から『視える』ようなのが、おっかないらしい。


――数時間後。


「コウ、大丈夫だよね。そこにいるよね?」


「いる。一歩たりとも動いてない」


 現在は、脱衣所前の廊下に待機中。ローラさん入浴タイムである。流石に風呂場前に陣取るわけにもいかず、脱衣所の扉を開けてお互いの声が聞こえるようにしている。


「コウ……、そろそろ出るから……」


「りょーかい。脱衣所の扉、閉めるから手早くな」


「うん」


 数分後、パジャマ姿のローラが出て来たので、今度は俺が風呂に行く番だ。


「先に部屋行って寝てていいぞ?」


「いや! コウがお風呂から出るの待ってる!!」


「……湯冷めしないようにな?」


 さて、さっさと済ませよう。


――入浴から約一時間後。


「おやすみなさい……。ふぁ……」


「お……、おやすみ……」


 俺の部屋のベッドで俺のパジャマの裾を握りしめ、絶対に離れてなるものかというローラさんが横で眠りについた。

 気を張っていたためか、すぐにスゥスゥという寝息が聞こえていた。

さて俺も目を閉じて、眠るかと力を抜いていたのだが――


「ううん……。あんっ……。ふぅ……」


 何でこの娘、眠っていて俺の耳元でこんな色っぽい声を出してんの!? しかも体も密着してるから余計意識しちまうだろうが!


「いやあ……。だめえぇ……」


 お願いします。もうやめてください。

 相手は眠っているだけだ。惑わされていてはいけない! こんな時は精神集中だな、うん。


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 ふ、落ち着いてきた。もう一度だ。


 かけまくもかしこきいざなぎのおほかみつくしのひむかのたちばなのをどのあはぎはらにみそぎはらへたまひしときになりませるはらへどのおほかみたちもろもろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせいろーらはしょうがくせい


 これを無心で繰り返していると、スズメがちゅんちゅんとさえずる声が聞こえ、東から朝日が昇り、セットしていた目覚まし時計の音が鳴り響くのであった。


 


 

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