第38話 夜の語らい

 結局、我が家に宿泊することになってしまった忍と美里さんであった。現在、夜も更けて忍は俺の部屋へ。美里さんはレイチェルねーさんの部屋で就寝となっている。

 ついでに言うと、ねーさんはローラも自分の部屋に引っ張って女子で語り合うとか宣言していた。


「悪ぃな……。布団まで借りちまって」


「ん? 気にすんな。実はこの家、対策室の職員用セーフハウスでもあるんだ。対魔結界完備、備蓄食料あり、家庭用発電機設置、快適な睡眠を約束する布団……とまあ色々あるわけだ」


「そうなのか? 見た目は普通の一軒家だろ……」


 昔、偽ロリと彌永いよながさんとの間でそういった約束をしていたらしい。拠点として使える場所が数ヶ所あるとか。


「なあ……、お前ってさ、対策室にはいつからいるんだ?」


「小学生の時から……だな。おかしな怪異とかに関わってるって意味だったら……、多分産まれた時から。流石に赤ん坊の頃の記憶はえけど」


 そこまで聞いた忍は無言になってしまった。


「俺から言わせれば、きっかけがあったとしても対策室あそこに入ろうとか変わり者だぞ?」


「何でだ!?」


「だって……霊だの化生だのを『視る』のを自分でコントロールできるんだろ? 視ないようにするか、知らないふりしてれば普通に生活できるのに」


 俺のその考えに真っ向から意見を飛ばす忍であった。


「できるわけねえだろ! 知っちまったら……何でも良いからやれることがあるって、そう思うだろ! 悪さしてたり苦しんでるのとかいるんだろうが……」


 こいつ……、真っ直ぐな奴なんだな……。


 彼の物言いに少しばかり感心してしまっていたのだが、今度は忍が気になっていたことがあったらしく、静かな口調で問いかけて来た。


「なあ……、あの娘。ローラちゃんってよ、将来は対策室に入るのか?」


「なんで?」


「なんで……って……。訓練だってしてるんだろ? だったら……」


 忍の言い分も理解できる……が、それは違う。


「別にローラが対策室あそこに入る必要なんてないだろ。俺としては、あの娘を早く元の場所に戻してあげたい……かな」


「そう……なのか……?」


「ローラが怪異だのの対処法を覚えて、普通の生活に戻ってくれたら御の字だよ。元々、あの娘は両親と一緒にこんな世界知らずに暮らしてたんだ。今の生活だって、日本で不思議な事を覚えたってくらいの思い出になればいい」


 俺は自分の望み、というか願望を彼に向って素直に言う。それに対して一言も発せず、穏やかな表情で静かに聞いていた忍がそこにはいた。


(こいつ……、室長の教え子とかって言うから嫌味な奴かもと思ってたが……、いい奴だよな……)


 そこまで話したところで二人とも瞼が重くなってしまい、一言だけ。


「寝るか……」


「だな……」


 両名、目を閉じて静かに眠りについた。








 ところ変わって、女子三人が集まっているレイチェルねーさんのお部屋。そこではベッドの上に胡坐で座っているねーさんと、床に敷いた布団の上に座っているローラと美里さんが困った顔をしながら、レイチェルねーさんと向き合っていた。


「――というわけで、何する? ボードゲーム? それともおしゃべりで時間潰す?」


「……寝ないの? ふぁ……」


 お子様なローラはもうかなり眠くなっているらしく、あくびをしている。


「でねでね、聞きたいことがあるの。美里と忍ってどんな関係?」


「何でそうなるんですか!?」


「せっかく女の子が集まったんだから、こういった話題になるのはお約束だよ~」


 満面の笑みで美里さんへと質問を投げかけるねーさんだったが、彼女は少しばかり動揺しながら、同じ事を問いただしてきた。


「昼間もですけど! レイチェルさんと功くんだって距離が近いというか……、恋人みたいというか……」


「だって家族だからね~。あのくらいのスキンシップはふつーだよ!」


「背中から抱き着いて頬ずりとか普通に見えませんって!」


「そうかなあ……。ローラはどう思う?」


 唐突に話題を振られたローラの顔が瞬時に固まってしまう。


「えっ……!? わたし?」


「ローラくらい年の子には、コウってどう見えるのかなって」


 レイチェルねーさんからの疑問にどう答えたら良いのか分からくなってしまっているらしく、言い淀んでいる。


「んー。じゃあ、初対面の印象は?」


 ねーさん的にも困らせるつもりはなかったらしく、答えやすくしてくれたようだ。


「久しぶりに会ったルーシーと口喧嘩してた……」


「それねー……、ルーも少し悪いんだよね~。六年前に突然……、ワシ旅に出るからの……とか言ってコウの事を神屋せんせーと彌永いよながさんに預けたりしたから……」


「そうなの? 何で……」


「基本的にルーって根無し草なの。あとは多分……、あたしやコウみたいのを見つけたいからってのもあったかも……」


 それを耳にしたローラがハッとなる。


「わたしの……こと?」


「何せ、ルーの血脈とかどうなってるか分からないしね。真司の(訳わからない研究の)おかげで血縁関係は分かるけど、それにしたってその人物を見つけなきゃどうにもならないし」


「ねえ……。その括弧かっこの中、発言しちゃっていいのかな……?」


「いいの! 真司は昔っから、あたしやコウで遊んでたりするんだから!」


 その発言に苦笑いを浮かべるローラであった。自分はともかく蛇にやろうとしたことを考えると否定しきれないらしい。


「月村さん……、わたし達には親身になって色々としてくれたのに……」


 美里さんは対策室に入ってからの二年で月村さんにかなり世話になっているらしく、信じられないといった表情を浮かべている。


「月村さん……、霊とかとの戦闘に慣れていないわたし達に装備とかを頑張って作ってた」


「そっかー……。真司も相変わらずだと思ってたけど……、前に進んでたんだ。コウもだし、真也くんだっけ? 真司と美弥の子供にも会ってみたいな」


 少しばかり寂しそうな顔になったレイチェルねーさんに、ローラと美里さんの二人はどうすれば良いか一瞬だけ困惑してしまった。しかし、その隙をついてレイチェルの追及が飛んできた。


「それで? コウとルーと一緒にいてどうだった?」


「ルーシーはいつも楽しそうで……、コウはわたしをとっても気遣ってくれて……、お兄ちゃんってあんな感じなのかな?」


 その言葉にいつもの明るい笑顔ではなく、優しく慈愛に満ちたような微笑を浮かべるレイチェルであった。


「あのコウが……、お兄ちゃんか。嬉しいやら寂しいやら……複雑な気持ちだなあ……」


「そうなの?」


「ずっと……、あたしがお姉ちゃんだと思ってたけど、そうだね……。あたしも頑張ろっと!」 


 それだけ言って、ベッドに寝転がったレイチェルは目を閉じ数秒で寝息を立てて眠ってしまった。


((自分だけ好きなだけ喋って寝ちゃった……))


 ローラと美里さんの二人が呆れたようになってしまっていた。


「わたし達も寝よっか……」


「そうですね……」


 そう言いながら部屋の電灯を消し、二人とも眠りについた。







 次の日の早朝、朝食前に忍からの提案で俺達は庭で向かい合っていた。

 忍は空手の構えを取り、俺もそれに対応すべく左半身のみが相手から見えるような形で構えを取っていた。


「せえい!!」


 鋭く重い踏み込みで一気に距離を潰した忍の硬い拳が俺の脇腹を抉る勢いで繰り出される。


(フルコンとも違う……、これ……ガチで実戦用の!?)


 この拳を受けるのは危険だと直感で理解してしまい、右腕の側面で受け流しながら左手で忍の手首を掴み、彼の突進の勢いを利用しつつ足を払いながら態勢を崩し投げを行う。


「甘えよ!」


 忍は投げられた勢いのまま一回転し着地する。


「美弥さんと同じ動き……か。体術もやるじゃなねえか……」


「そっちこそ、何だよ……。その踏み込みの速さとおっかない拳は。喰らったら脇腹が破壊されるイメージが見えたぞ……」


 成程、霊が視えるだけじゃない。ここまで戦闘の素養があったからこそ、対策室に誘ったのか。


 俺と忍は朝食前の運動ということで、少しばかり体を動かしていたのだが、それを二階の窓から見守っていた女子達が色々と話しているようだった。


「おー。男どもが一晩で仲良くなってる」


「功くん、忍に引けを取ってない……。あれでうちの道場だと負け無しだったのに」


「と……止めなくていいの?」


 ローラのみ、組み手で俺達が怪我をしないか心配になっていたようだが、それは余計な気遣いとばかりレイチェルが注意をしていた。


「まっ、大丈夫でしょ。あんなのは、じゃれてるだけだって」


 ねーさんは俺達の対戦を楽しそうに観戦していたのだが、不意にお腹の虫がぐぅ~っと鳴ってしまう。


「コウー! そろそろご飯作って! 今日も出かけるから元気の出るやつお願い」


 その言葉に俺と忍が二階のねーさんの部屋の窓を向いてしまい、顔を見合わせて笑みが零れてしまう。


「はいはい。少し待ってろ。すぐ作るから」


 そうして家の中に戻り、朝食の準備を始めるのだった。

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