第39話 赤ん坊を見るモノ
「さて乳児院に行ってみよー!」
ねーさんは元気よく、そして昨日作った保冷バックに入っているお土産用プリンを右手からぶら下げ、忍と美里さんを連れ立って出発していった。
「のう、忍との組み手はどうじゃった?」
のじゃロリも今朝の組み手を見学していたらしく、興味津々といった感じで質問してくる。
「あれは……恐ろしいな……。金城さんの実家の道場って一体……」
「ほう。美弥に手解きを受けたお主がそこまで言うか。美里の方もかなりの使い手と見るべきかの」
「……っていうか、家に来た時に忍をワンパンKOしてたよな。美里さん……」
あの時の事を思い出し、背筋に冷たいものが走ってしまっていた俺であった。
レイチェル達三人、歩くこと一時間ほど。
昨日、出会った女性が働く乳児院へと到着した。玄関先で、その女性が
「あらあら、早速来てくれたの?」
「うん! おばさん、これお土産。後で食べて」
ニコニコしながらお土産を差し出して、女性の後に続いて中へと入っていく。
乳児院の中は日当たりが良く、清潔感に溢れ快適な環境が保たれているのが一目で分かる。ここで働いている職員たちの誠実さが形になっているような、そんな場所だった。
「こ……、子供が沢山……」
「忍、そんなにガチガチになってると泣かれるわよ」
「か~わいい~!」
施設の中には0~2歳までの子供達がおり、歩ける子達は見知らぬ三人に人見知りする子、興味を持って近づく子と、その対応は様々だ。
「こっちの子達はまだ歩けない子達?」
レイチェルは赤ん坊用のベッドに寝かされた子達の方へと足を運ぶ。
「そうね。さっき
「おばさん達、凄いねー。こんなにいっぱいの子達の面倒見てるの?」
「仕事……って言ってしまえばそれまでだけど……。ここにいる子達は色々と事情があって、親と暮らせない子達よ。そんな子達に何かしてあげたくて……ね」
少しばかり寂しそうな表情を浮かべた院長をしている女性の説明を聞きながら、レイチェル達は一人の赤ん坊に目を奪われてしまった。
「あの……、この子は……?」
美里が近づいた子には三人しか知覚できないモノがこびりついていたのだ。
(おい、アレって……? 手形? 爪痕か?)
(んー……。それっぽく見えるけど……)
小声で『視えた』モノに対する所感を話し合うレイチェルと忍だったのだが、院長も気にかけていた子であったらしい。その子の身の上ついて語りだしていた。
「その子ね……。昨日あなた達がいた
その一言で目を見開いてしまった三人であった。しかし、レイチェルのみいつもの愛嬌のある表情へと一瞬で戻り、その子に近づいていた。
「おばさん? この子……かーわいいね!」
近くで言葉を発したのが悪かったのか、その子が目を開いてしまった。そうして、目の前のレイチェルではなく、視線はその後ろへと向いていた。
「どーこ見てるのかな?」
その視線を追うように後ろを向く。その光景にレイチェル以外の二人は思わず固唾を飲み込んでしまった。
その視線の先には、大陸の古い着物の様な服装の妙齢の女性のように見えるナニカが佇んでいた。
無表情でその子に視線を向け続けるナニカが、レイチェルの方へとゆっくりと歩を進めている。レイチェルの真横まで接近していたソレはベッドに寝せられている赤ん坊をじっと見続けている。
(……コレが鬼子母神?
警戒しつつ相手に気取られないようにしているレイチェルだったが、赤子を見続けている鬼子母神と思しき怪異からは、悲哀の様なそれでいて怒りのような感情が伝わっていた。だというのに赤子に向ける表情は柔らかいものとなっている。
「ふぇ……。ふぇーん!?」
「あ、あれ!? どうしちゃったの?」
赤ん坊が泣いてしまい、咄嗟に抱き上げてしまったレイチェルだった。そこに院長が駆けつける。
「あら? おむつかしら? ちょっとごめんなさいね」
その赤子をレイチェルから受け取り、慣れた手つきで紙おむつを交換している。
(んー……。この子にもおばさんにも何かする気はない? けど……ここに留まり続けてる?)
レイチェルは忍と美里の方へ近づき、小声で相談を持ち掛ける。
「ねえ、どうしようか? ここでおかしなことするわけにはいかないから……、一旦出直す?」
「その方が良いかもしれませんね。一度、報告をした方がよろしいかと」
それに忍も頷き、賛成の意思表示をする。そうして院長へとレイチェルが話しかけていた。
「おばさん、あたし達……、お仕事の邪魔になるといけないから帰るね。今日はありがとう」
「あら、そう? こちらこそありがとうね。お土産まで貰っちゃって」
そう言うと三人揃って乳児院を後にした。
「やっぱり……、コウがいてくれたら、すっごく楽だったのに! 神屋せんせーのイジワルー!」
乳児院が見えなくなった辺りで、レイチェルの愚痴が発せられていた。
「あいつ……、やっぱり感覚が鋭いんだな。俺達だと『視る』だけしかできなかったけど、才能の差ってやつかあ……」
「……」
忍の何気ない一言で黙ってしまったレイチェルであった。……が、彼女にしては珍しく怒りが籠った声色で昔語りを始めていた。
「あたしとコウがさ……、初めて会ったのって、日本の児童福祉施設だったんだ……。変わった子がいるってことで、まだ9歳だったあたしとルーと、その情報をくれた
「え……」
突然の事に頭の中が真っ白になってしまった忍はどう答えたら良いのか分からずに戸惑ってしまっていた。
「その時のコウね……。全身傷だらけの包帯だらけだった……」
「何で……そんな……。いじめられていたんですか!?」
「違うよ。コウね、今は良いけど昔は生者と死者の区別が分からなかったの。なにせ産まれた時から『視えて』、『話せて』、『
その光景を想像してしまって、愕然としている忍と美里であった。
「コウが何でそんな危ない事ばかりするのかなんて周りの大人も分からなかったし、それを正せる人もいなかったから、そこの施設の人達も困ってたみたいでね。幽霊がいるとか、その幽霊がこんな事を言ってたとか信じる人もいなかったのよ」
「だから……、ルーシーさん達がそこに?」
「うん。当時、対策室に入ったばかりの真司のおかげで、コウがあたしと同じだって分かって、ルーが面倒見ることになったんだ。そのおかげで今みたくなったけどね」
昔語りを続けるレイチェルの言葉を聞き逃してはいけないと二人は感じてしまったらしく、無言で耳を傾けてしまった。
「さっき忍はそれを『才能』って一言で終わらせたけど……、それは言わないであげて。お願い」
「すまなかった。軽率だった……」
忍が真剣な表情でレイチェルへと頭を下げている。その態度に満足したのかいつもの人懐っこい表情へと戻っていたレイチェルだった。
「そういえば……、功くんのご両親って……?」
「見たことないから知らない。多分、扱いに困って施設に預けたとかじゃないかなあ?」
思っていたよりも重い話題になってしまったが、レイチェルがにやけながら功がルーシーへと引き取られた後の事を語りだしていた。
「それでね、あたしとかルーとか、同じく霊とかが視えるもんだから、すっごく甘えてきてね。おねーちゃんおねーちゃん、るーばあるーばあって……、あれは可愛かったなあ……」
功本人にとっての黒歴史を何の悪気もなくバラしているレイチェルだった。彼女のスキンシップの多さも、その辺に起因していると納得してしまう。
「ねえ……、ルーが昔の動画持ってるから……見たい?」
「良いのか? でも興味あるな」
「ちょーっと悪い気もしますけど……、見てみたいですね」
レイチェルの少しばかりわるーい提案で、坂城家兼ウィザース家で動画再生を阻止する坂城功の戦いが始まってしまったのは想像に
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