第40話 自宅でのそれぞれ
坂城家に戻る前に、対策室の本部ビルへ報告に行っていた三人であった。職員達の事務を取り仕切っている才媛、月村美弥の姿を見つけると、そちらへと足を進めていた。
「やっほー! 美弥、おっひさー」
「相変わらずね、レイチェル。調査の件?」
「うん。経緯を説明するね」
そうして調査の中間報告を行う。乳児院近くの鬼子母神が祀られた祠に赤ん坊が捨てられていたこと。その赤ん坊を見守るように怪異がその乳児院に佇んでいたこと。そして、鬼子母神と思しき存在は何かに怒りを感じている様にも視えたこと。
その報告を終えると、美弥は目を閉じて思案を巡らせていた。数秒後、彼女が口を開く。
「……そうね。その赤ちゃんの親についてはこちらで調査しましょうか。そちらは引き続き、その乳児院を警戒してちょうだい」
「「了解しました」」
忍と美里は返事を返し、レイチェルは黙って頷いている。
「じゃあ……、また来るね」
「ええ……。今度は息子も一緒に会いたいわね」
「いいねいいね! そのうちね」
そんな楽し気な会話を終えて、三人はその場を後にした。
「――というのが、彼女達からの報告となります」
「……意外と大物が引っ掛かったな……。保険を掛けておくべきか。まあ、レイチェルなら戦闘になってもどうにかなるだろうが」
「室長……。保険なんて言うと愛弟子から文句が来ますよ?」
「そこは大丈夫だろ。あいつ、今頃は心配になってソワソワしてるぞ。当人達の目の前だと澄ましてるだろうが」
室長室では、こんなやりとりがあったらしい。
一度、自宅へと戻ったレイチェルねーさん達は、俺の部屋で作戦会議を行っていた。なぜか俺の部屋で。
「明日からどうしよっか」
「乳児院に張り付きたいとこだが……」
「忍が一人だと子供たちに泣かれそうだしね」
どうやら昨日、話に出ていた乳児院絡みらしいが、どうやってそこへ常駐しようかという相談のようだった。
「ところで、俺の部屋にいる理由は?」
「ここが居心地いいから!」
「自分のお部屋に帰りなさい」
「えー……。お姉ちゃんがいるのが嫌なの?」
そう答えて上目遣いで俺に視線を向けている。ねーさんの場合はわざとやっているのが見え見えだというのに、その仕草から目を背けて無言で部屋から出てしまった。
「あたしの勝ちー!」
「良いのかなあ……」
そんな声が俺の部屋から聞こえてきていたが、もう好きにさせればいいと高を括って、居間へと行く。
「ねえねえ……。コウ一緒にやって!」
……と、トテトテと足音を立てながら居間にいたローラが、俺の傍へとやってくる。その様子を楽しそうに見守る偽ロリの姿があった。
ローラの両手を見ると、輪っかにした紐を指に引っ掛けている。
「小僧、手伝ってやるヘビ。蛇は手が無いからできねーヘビ」
「……あやとりなら、おばあちゃんの方が得意では? なにせ、おばあちゃんだから」
そう言いながら、のじゃロリの方を見る。
「ワシでも良いが、どうせならお主の方がええじゃろ。二人でやってみい」
「だから何故?」
「若いもん同士の方が楽しいじゃろ」
意味が分からないが、期待に満ちたローラの瞳を見ると嫌とは言えなくなる圧力を感じてしまう。
「んっと……、こうすれば『吊り橋』で……」
「俺はこっちを引っ張って……『田んぼ』になるんだったか?」
「今度は……、わたしがこっちを掴んでクルっとで『川』でいいのかな?」
とまあ、こんな感じでふたりあやとりをしていたのだが、どうしていきなりこんな事をする羽目になったのかという疑問を込めて、偽ロリを見つめる。
「なんじゃ? ローラの訓練の一環だからの。これ」
「ああ。
「そういうことじゃ。あやとりは
そういうことなら最初から言えばいいものを。と考えてしまったが、偽ロリなりの考えがあって俺にも参加させているらしい。
「一人で悶々とひたすらやっていてもつまらんからの。一緒に行動してくれる人間がいるだけでも違うものじゃ」
「……なあ、偽ロリさんや。アンタがやると折り鶴の時みたいに早すぎて、ローラが何やってるか分からなくなったのか?」
「……バレたか」
そんな事だろうと思ったよ。何でこの偽ロリは遊びに、そこまで本気でやってしまうのか。
「……じゃあやってみるか。あやとりの……動画で良いか」
そうしてスマホで動画サイトを開き、それを参考にしながら紐を様々な形へと変えていく。
「自分でやってても不思議な感じ。紐がこんなに色んな形になるんだから」
「そういったイメージが大事なんじゃよ。大気中の魔力は元々は、ただの粒でしかない。それを束ねて特定の形へと持っていくには、確固たるイメージを確立する必要があるのじゃ。のう?」
そう言いながら、俺の方をチラッと向く偽ロリであった。
「まあな。何にでもなれる魔力に形で指向性を持たせるには強固なイメージが大事だな」
「それを篭手にして……、AIの補助をつけてるツキムラさんって……」
「術式を物に込めるのは……まあ、割とあるけど……。機械補助があるって時点でちょっとぶっ飛んでる」
あの人は紛れもない天才のはずなのだが、普段の言動のせいで絶対にそうは見えないのが恐ろしいのだ。
そんな事を話していると、ローラのスマホから着信音が鳴る。どうやら学校の友達からのようで、これから遊びに行くことになったらしく自分の部屋へと向かっていった。
そこから居間には俺と偽ロリの二人のみになり、数秒ほど沈黙がその場を支配してしまう。だが、ルーシーが気になっていたらしい事を問いただしてきた。
「……ローラの事、何も聞かんのか?」
「聞いたら答えてくれるのか? 元々あの娘はフランスのどの辺に住んでて、両親はどんなで、どういったのに狙われてたとか。言うとマズい事になりかねないから言わなかったんだろ?」
俺の問いかけに少しばかり寂しそうな表情をしてしまったルーシーであった。
「その通りじゃが……。良いのか?」
「良いのか? じゃないさ。るーばあが、この状況が最善って考えてここに連れて来たんだろ。だったら俺はその判断を信じるし、何か起こったら全力で力になる。そこは信用して欲しい」
「ふふっ。……しばらく見んうちに、
微笑を浮かべながら、それはもう嬉しそうに俺を見詰めているルーシーであった。
そうしていると、今度は俺のスマホのメールの着信音が鳴っていた。画面を見ると――
「どうした? 仕事かの?」
「いいや。
「渡りに船じゃろ。レイチェルやローラの前では普段通りじゃったが、それ以外では気が気でないといった感じじゃろ?」
「そんなことない!」
「一人だと部屋をウロウロ。本を読もうとしても逆さまにしとる。ついでにこないだの冷や麦の麺つゆに混ぜる梅干しが梅漬けじゃったぞ」
「最後はどっちでもいいだろ!」
いちいち指摘が多い婆様だと感じてしまったが、なんだかんだで心配されているのかもしれない。
そんな他愛のない会話をしていると、二階からドタバタと階段から降りてくる足音が複数人分聞こえる。おそらくは、ねーさん達だろう。
「コウ、ルー。しばらく……あたし達、あの乳児院に通うから……、お弁当三人分よろしく!」
「……自分で作れば……」
「あたしだと……冷蔵庫にあるもの詰めるだけになっちゃいそうだし、コウの方が色々と献立を考えてくれいそうだから!」
居間へと現れたレイチェルねーさんからの提案を聞いて自分自身の立場に疑問を感じてしまう。
……ローラと偽ロリが来てからというもの、俺って主夫してない? 確かおばあちゃんも料理上手だったはずなのに何故……?
そう考え、チラッと偽ロリの方へ目配せをしてみる。
「功、料理上手な男はモテるぞい。頑張るのじゃ」
にかっと愛想のある笑顔で、こちらに受け答えをしていた偽ロリは俺の事を手伝うつもりは皆無らしい。
「はあ……。分かったよ。希望があるなら前日のうちに言ってくれ」
「やったー! じゃあ明日は日本的なオーソドックスで、おにぎりと玉子焼きで!」
バンザイで喜んでいるレイチェルねーさんだった。
それを見ていると、お弁当係も悪くはないと考えてしまうのであった。
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