第41話 仕草の意味は?

 ねーさん達が乳児院へと通うようになってから数日。ただおじゃまするだけだと申し訳ないということで、忍と美里さんの学生組も夏休みの間は、お手伝いをするといった話になっていたようだった。

 どうやら学生組が保育士希望だからとか、そういった理由で入ったらしい。

 そして俺は、そのお手伝い期間は何故か三人のお弁当を朝早く起きて作っている。


「今日の弁当の希望は……、ハンバーグと温野菜とチキンピラフ……。冷凍食品じゃ駄目かなあ……」


 今時いまどきの冷凍食品は保存性や味の面からも馬鹿にできるものではないのだ。何より俺が楽できる。これ重要。


「コウの手料理がいいの! 美味しいからね!」


「ねーさん、冷凍食品の解凍作業は手料理に入りますか?」


「入らないよ!」


 ……ダメ出しが入ってしまった。仕方ない。ひき肉を捏ねて頑張って作るか。ついでに余ったパテ用の肉を流用してコロッケのタネを作っておこう。

 今日の夕飯はコロッケだ。


「おー。今日の夕餉ゆうげはコロッケかの? ジャガイモ潰すの手伝うか?」


「コロッケ? クロケット?」


 偽ロリとローラが興味津々といった態度で、俺がジャガイモを茹でながら、同時進行で挽き肉を炒めているのを見守っている。


「そういやコロッケの原型はフランス料理だったか。違いがイマイチ分かんねーが。基本的に旨ければそれで良しだからな、俺」


「これ何ヘビ? 昔はなかったヘビ」


 今度は駄蛇が、じゃがいもについて気になってしまったようだ。


「これはの。新大陸アメリカが原産の野菜じゃよ。調理方法も豊富で味も良いのじゃ」


金髪レイチェルの出身地ヘビ?」


「そこよりは、かなり南になるがの」


 説明しながら、偽ロリは冷蔵庫から酒のつまみ用で自分が購入していたイカの塩辛を取り出していた。


「功よ、じゃがいもを1、2個ほど潰さずに茹でたてをワシにくれい。塩辛を乗っけて食べるからの」


「おばあちゃんや……。塩っ辛いものばかり食べていると、高血圧になりますよ」


「ワシ、身体年齢十代じゃから問題ないぞよ」


 俺と偽ロリの掛け合いをまるで漫才でも見ているかのような顔で眺めている面々であった。


「……なんというか……、分かってはいたけど楽しいお家ですよね」


「だな……。まあ暗いよりはいいけど」


 美里さんと忍も我が家の雰囲気に慣れてきたようで、いつものことくらいに受け止めているようだ。


 お弁当の準備もできたので、ねーさん達に持たせて乳児院へ向かうのを見送る。

 今日は仕事も入らなそうなので、コロッケ作りに専念しようと考えていたのだが、そのコロッケで思い出した事があったのだ。


「そういや真也がコロッケ好きなんだよな。夕方にでもお裾分すそわけ持ってくか」


「すっかりお兄さんになってしもうたの」


「たまにウチに来るからな。そんくらい知ってる」


 月村さん夫妻は仕事が忙しい場合もあるので、おかずを持っていくと喜ばれるのだ。


「玉ねぎのみじん切りとひき肉を炒めて、潰したジャガイモと混ぜて……っと」


「手際がええの。後は冷やしておけば、衣をつけて揚げるだけじゃな。むぐっ。ああ……ジャガイモとイカの塩辛の取り合わせは最高じゃあ~」


 のじゃロリおばばは、一人で茹でたてジャガイモ&イカの塩辛でご満悦である。一名のみご満足ではいけないので、じゃがバターを作ってローラと駄蛇へ持っていく。


「はふはふ……。ほくほくして、おいひー」


「しんぷるでも、これは良いものヘビ。現代は旨いものが沢山あるヘビね。もぐもぐごっくん」


 二人共……、一人と一蛇にも評判が良くて何よりである。


「じゃあ……今日はゆっくりするかな」


「コウ……、そのね? 宿題教えて!」


「はいはい」


 ローラからのお願いを聞いて、居間で一緒に宿題をする。このくらい平和な日があってもいいだろう。







 夕方、コロッケのお裾分すそわけのために玄関から出ると、ちょうど帰宅してきたレイチェルねーさんとバッタリかち合ってしまった。


「何それ? どっか行くの?」


「今日のおかずのコロッケ。真也が好きだから持ってく」


「真也なら今日は美弥の実家に預けてるって言ってたよ。そっちに行ってみたら?」


 どうやら報告のために対策室に寄ったらしい。その時に美弥さんから聞いたのだろう。


「道場の方か。ねーさん、情報感謝」


「じゃあ、あたしも行く!」


 ねーさん的にも挨拶に行きたいらしく、一緒に向かう事となった。歩くこと十数分、立派な門構えのある道場へと到着する。

 インターホンのスイッチを押し、相手方の返事を待っていると……。


「どなたですかな?」


「凛堂師範、お久しぶりです。坂城です。今日は真也がこちらにいると聞きまして……、夕飯のお裾分すそわけを持ってきました」


「坂城君か。開いているから入りなさい」


 初老くらいの男性の声の指示通りに門を潜って、凛堂家の玄関まで行くとドアを開ける前に中からドタドタとこちらへ向かってくる足音が聞こえていた。

 多分、真也だろう。


「にいに! いらっしゃい。どうしたの?」


「元気だったか? コロッケ作ったから持って来たぞ」


「やったー!」


 バンザイで大喜びな真也を見ると、持ってきて良かったなと感じてしまう。


「あら。わざわざありがとうね。どうぞ入って」


 後ろから真也を追いかける形で凛堂師範の奥様が顔を出した。その言葉に甘えてお邪魔させてもらう。


「じいじ、コロッケたべよ」


「ああ。坂城君もありがとうな。レイチェルも元気そうで何よりだ」


 ニコニコしながら孫である真也を抱っこしている師範であった。


(……ねえ、コウ……、この人は本当に師範と同一人物?)


(ねーさん……。昔、稽古でいいだけぶん投げられてたから気持ちは分かるが、失礼だぞ)


 孫の力というものは凄まじいらしい。ねーさんが見紛うほどの柔和なオーラがダダ洩れなのである。小声でそんな会話をしながら二人を見守っていた。


「あなたったら、真也君にはデレデレなんだから……」


「ははは……。目に入れても痛くないとはこのことだな」


 その後、少しばかりお茶を頂きながら真也が写っている写真がまとめられているアルバムを見せてもらっていた。というより、奥様もやはり孫が可愛いらしく思い出話を交えながら見せてくれたのだ。

 その中で、ねーさんは一枚の写真が目についたらしい。


「あ……。これってコウ?」


 そこには俺が産まれたばかりの真也を抱っこして、哺乳瓶でミルクをあげている写真があったのだ。


「……んー……?」


「どうした? ねーさん」


 その写真を見ながら、ねーさんは赤ん坊を抱っこするような仕草をしていた。


「あれ? もしかして……? でも……あの怒っているような感じは……」


 何やらブツブツと呟いているレイチェルねーさんだったのだが、真剣な表情になった後で、スマホでどこかに連絡を取っているようだった。


「コウ、あたし……、先帰るね。ちょっと確認したいことができたから。師範も真也も、またね」


 そう言って足早に凛堂家を後にするレイチェルねーさんであった。

 俺はというと、凛堂夫妻の孫可愛いトークを一時間ほど聞かされた後で帰宅となった。


 帰宅後、夕飯のコロッケを食べているとレイチェルねーさんのスマホからメールの着信音が鳴っていた。それを確認すると、すぐさま電話をするために席を立ってしまっていた。


「落ち着かんの。飯くらいゆっくり食えば良いのじゃが……」


「まあまあ。師範の家にいた時からそわそわしてんだよな」


 今回の仕事関連だろうが、邪魔をしてはいけないので俺達はそのまま夕飯をとりながら雑談をしている。


「この……、ころっけに合う酒は何ヘビ?」


「油で揚げておるから……ビールも良いが……、ちょっと贅沢に白ワインでも開けてみるかの?」


「おー。娘っ子ローラの郷里の酒ヘビ?」


「フランス産の良い物だと値が張るでな。違う国での生産品じゃが、ワシが見繕ったからの。期待して良いぞ」


 この偽ロリ、駄蛇が来てからというもの飲み仲間ができたようになってしまい、酒選びに力を入れるようになっている。


「……ほどほどにな?」


「大丈夫じゃよ……。多分」


「多分って言うな」


 のじゃロリへと飲み過ぎないように注意を促していると、通話を終えたらしいレイチェルねーさんが居間へと戻ってきた。そのまま食卓へ戻り、急いで食事をした後で一言。


「あたし、今日は遅くなるから先寝てて。コウ、家の鍵ちょうだい」


 それに従い、鍵を渡すとねーさんは足早に家を後にしたのだった。


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