第37話 調べもののち懇親お泊り

 昼食後、レイチェルねーさん他二人は俺の部屋で調べ物をしたいと申し出て来た。あのほこらは俺が『視た』通りの鬼子母神のものだったらしいが、それについて資料を見たいとのことだ。


「うわー……。なにこれ? 世界各地の神話とかの本とか……、何で生物関連の本が……? 沢山」


「それなのに……、このアイドルポスターは何故!?」


 忍と金城さんは俺の部屋の光景に驚くと当時に、壁に貼られた『キラ☆撫娘きらぼしなでしこ』メンバー、通称まききちゃんの巨大ポスターにどう反応したらいいか困惑している。


「お前……ドルオタだったのか……」


 忍が落胆したように俺へと視線を向けるが、それについては言いたいことがある。


「違う! 俺はこの娘を愛しているだけだ!!」


「それをドルオタって言うんだろうが!!」


「ついでに言うとだ。アイドルとは歌い、踊り、ファンとその時間と想いを共有する。つまり彼女たちは現代の巫女と言っても過言ではない! これは術者としての研究活動の一環でもあるんだ!」


 俺の力説に部屋にいる女性二名はヒソヒソ話を始めてしまった。


「あれって……ほんとなんですか?」


「あははー……。まあ、そういう事にしといて。実害はないわけだし……ね?」


 ねーさんは苦笑いをしながら、金城さんからの問いに答えていた。


「さて鬼子母神って……仏教関連だっけ? ……だよね?」


「ねーさん……。一応言っとくが俺は手出しできないからな? そんなにこっちをチラチラ見ないでくれ」


 ちょっとだけ期待をしていたらしいレイチェルねーさんは、俺の言葉を聞いて仕方ないかーみたいな顔をしながら、本棚の本の中から仏教の神についての分厚い本を手に取った。


「ええと……。これだ!」


 ねーさんがその本を読み進めていく。


「元は古代インド神話に登場する悪鬼で、訶梨帝母かりていもまたはハーリーティとも言う。彼女には五百人あるいは千人の子供を産んだといわれる」


 ねーさんの音読に忍と金城さんの二人が真剣な眼差しを向けている。


「この子供達を育てるための栄養欲しさに人間の子を捕えて食べていた……」


「うえー……。おっかねえ……」


 忍がドン引きしている。それ言ったらウチの駄蛇も同じ穴のムジナなわけだが。


「それを見かねたお釈迦様は、彼女が最も愛していた末子を隠しました。半狂乱になり七日七晩探し回りましたが、我が子を発見できずにお釈迦様に縋りました」


「なーんか聞いてると虫のいい話だよなあ……。自分は好きにやっといてさ」


 そんな感想を述べる忍であった。


「お釈迦様は、多くの子を持つお前が一人失っただけで嘆き悲しんでいる。ならばただ一人の子を失った親の苦しみはいかほどであろうか……と諭した」


 その後、彼女は自分の行いを悔い、人間の子を食べる代わりに人間の味がするという柘榴ざくろを食べることを誓い、仏法に帰依して安産・保育の神様になりましたとさ。


「あー。あれ、お供えのポムグラネイトって、日本語で柘榴ざくろって言うんだ……」


 ねーさんの説明が終わると、二人はうんうんと唸りながら相談を始めていた。


「なあ……、あの祠の近くで起きるおかしな現象が、その鬼子母神のものだとして……、何が原因なんだ? 一応神様なんだろ?」


「ねえ……、コウ……。ヒントちょうだーい。写真で『視えた』のはどんなだったの?」


 ねーさんが困った顔をしながら、ヒントのおねだりをしてくる。


「というか……、わたし達も同じ写真を見てるのに、何で坂城さんだけ分かるんですか?」


「あー。コウね。ちょっとした思念とかでもはっきり視えちゃうのよね~。感覚鋭いと大変よね~」


 俺が言う前に説明をしているレイチェルねーさんだったが、その態度はからかう様な雰囲気であった。


「ねーさん……、もう一回言っとくが、俺は手出しできない。その代わり……」


「その代わり?」


「おやつでプリン作るから勘弁してくれ」


「プリンアラモードにして!」


 俺とねーさんのしょうもない会話に、どうツッコんだらいいか分からなくなっている金城さんと忍であった。


「なんで……おやつの話題に……」


「知るか!」


 俺達のノリについていけなくなったらしく、あちらはあちらで口喧嘩のようになってしまっていた。


「それと明日、お土産で持っていきたいから、小さいプラスチック容器に入れて、6個くらいちょうだい! 保冷材も入れてね」


「お土産?」


「うん。あそこで会ったおばさんの乳児院に持ってくの。子育ての神様だから無関係じゃないかもだしね」


 ……ねーさんなりに色々と考えているか。なら、あまり構わないようにしなければ。


「じゃあ準備するかな。……ところで、調べもの終わって……いつまで俺の部屋にいる気だ?」


「ダメなの? 別に良いでしょ。コウの部屋だし。それとも見られちゃ困る物でもなるの?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべてねーさんが俺のベッドの下に手を入れ、何かを探しているような素振りを見せている。


「……何も無いじゃない! 男の子ってエッチな本をこういった場所に隠してるんじゃないの!?」


 何故そこで怒る?


 俺だけ被害に遭うのは不公平だと思うので、もう一人の男性も話題に巻き込んでしまおう。


「だそうだ。忍はどうなんだ?」


 唐突に話題を振られてしまった、予想外とばかりに固まってしまった。


「え? 忍……、あんた部屋にそんなの隠してるの?」


「隠してるわけねーだろ! 何で俺に振るんだよ!?」


「えー。無いなら無いで不安だわ……」


「どっちが良いんだよ!?」


 金城さんと忍がまるで打ち合わせをしてきたかのような掛け合いを始めてしまった。そうして俺とねーさんが同時に感想を述べてしまった。


「「夫婦漫才みたい(だ)」」


「「誰が夫婦だ(よ)!」」


 二人して素晴らしいツッコみをしてくれましたよ。


「それを言ったら、そちらだって距離近いじゃないですか!」


「えへへ~。そうだよ~。あたし達は姉弟で幼馴染みたいなものだからね~」


 床に座っている俺に、にやけながら恥ずかしげもなく抱き着いてきたレイチェルねーさんであった。


「暑っ苦しいから離れろ。はーなーれーろー!」


「いいでしょいいでしょ。うりうり~!」


「子供の頃と同じノリやめろー!」


 背中にねーさんの豊満で弾力があり柔らかい胸部の感触が、まざまざと伝わってくる。そして甘い香りも鼻孔をくすぐる。昔からスキンシップが多い人なのだが、少しは自分の年を考えて欲しい。


「これ……こないだの模擬戦で……特に坂城さんの方はあんな鋭い剣技を見せた人……だよね?」


「そのはず……。すまん、自分の記憶が信じられなくなってきた……」


 ひでー言われ様である。ついでにこの際だから金城さんにも言っておきたいことができた。


「金城さん他人行儀すぎ。俺の事は名前で呼んでいいよ。忍だってそうしてるだろ」


「そうだね~。あたしも名前で呼んでくれて全然OKだよ~」


「ねーさんはいい加減離れろ!」


 ちょっとばかり驚いた顔をした金城さんだったが、少しばかり考えた後で意を決して口を開く。


「じゃあ……。レイチェルさんと功くん……でいい? わたしも美里でいいから」


「いいね! やっぱりこうじゃなきゃダメだね~」


 ニコニコしているねーさんだったのだが、何かを思い出したようで抱き着くのを止めて俺へと質問を投げて来た。


「そういえばさ。ローラの……苗字知らないなあ……って。今更だけど」


「実は俺も知らない」


 その答えに俺以外の全員が、がっかりしたような表情を見せていた。


「そんな顔しないでくれ。日本では偽ロリと同じウィザース姓を名乗らせてる。本当の姓は分からない」


「何でまた……」


「多分だけど……、本当の名前を名乗るとマズいからだと思う」


「そんなもんなのか?」


 忍の疑問ももっともだろう。それに対して俺なりの考えを述べることとする。


「例えばさ。現代って本名を知られたってだけでも、不特定多数が色々と介入しちゃう場合があるだろ? どこぞの掲示板とかSNSとかみたいに」


「まあ……、なくはないわな」


「偽ロリとか彌永いよながさんみたいな年配が言うには、そうやって世界中が繋がってしまっている今の世の中だと、物の怪のたぐいもその繋がりに乗っかってしまえるらしい」


 その説明で頭上に?マークが浮かんでいる忍と美里さんであった。


「具体例で言うと……、ローラの実家とビデオチャットするだけで、あの娘を狙ってたのが日本に来ちゃうとか。そこまで行かなくても手紙にくっ付いてくるとか」


 その辺をうまく利用してVtuberで稼いでいるのが、うちの年増ロリなわけだが。


「フランスの怪異から完全にローラの行方が分からなくなるような措置だとは思う。その証拠にあの娘の両親から手紙も来たことがない。下手すれば何処にいるかも教えてないかもな」


「マジか……」


「まあ……、俺らが詮索しても仕方ない事だし……。って、プリン作らなきゃだから……そろそろ行くか」


 スッと立ち上がり、部屋を出て台所へ向かう。すると部屋の中からねーさんの楽しそうな声が木霊してきた。


「じゃあ今度は三人でゲームしよ。コウが色々持ってるからね!」


 これは忍と美里さん、ねーさんに付き合って本日は泊まりになりそうだ。


 その予想は当たっていたようで、翌日三人揃って朝食後に乳児院へと赴くことに決まったと夕食時に聞かされたのだった。

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