第36話 昼食時の語らい

 みんな揃って冷や麦で昼食中である。箸が持てない駄蛇のみ犬のように顔を器に突っ込んで食べている。

 よくよく考えたら蛇が冷や麦を食べるってどうなんだとも思うが、怪異とかに常識を求めても仕方なのでスルーする。


「ところでの。そこの二人はどういった経緯で対策室に入ったのじゃ? 見たところ、功と年は変わらないようじゃが」


 偽ロリの一言で、二人が顔を見合わせる。そして……、金城さんがその時のことを話す。


「二年前……だったかな? 忍のやつが近所の不良連中と揉め事になってね」


「ほう……。見た目の通り血気盛んのようじゃな」


「うち、実家が空手の道場なんです。忍はそこの門下生で……」


 忍を脇に抱えた時、鍛えられた体をしていると感じたが勘違いではなかったらしい。


「アイツら気に食わなかったんだよ。いつも道場の近くで迷惑行為ばかりしやがって!」


「だからって一人で行くことなかったでしょ!」


 二人は口喧嘩しながら、詳細を語りだした。







 ――港湾にある少しばかり大き目な古い倉庫。そこがその不良達のたまり場になっていた。


「てめえら! 道場の近くでおかしな事ばかりしてんじゃねえ!! 俺らだけじゃなく近所の人達だって困ってんだよ!」


 彼らは猛スピードでのバイクの運転、道端での集会などで近隣住民に不安を与えていた。


「あん? 道場? 知るか! オレ等の好きにして何が悪ぃんだ!!」


 十数人いた不良達は、単身乗り込んできた忍も気に食わなかったらしく、数の差など気にも留めずに全員で襲い掛かってきたのだ。


「テンプレな悪役じゃの。まだそんな愚連隊が残っておったか」


「……偽ロリ。愚連隊っていつの言葉だよ? ってか人の説明に割り込むな」


 俺のツッコみはさておき、忍は当時の出来事を振り返っていた。


「この人数に一人で勝てると思ってのか!!」


 いくら空手道場の門下生とはいえ多勢に無勢。忍は三人ほど倒したところで後ろから羽交い絞めにされてしまい、動きを封じられ好き放題に殴る蹴るされてしまったそうだ。


「……がっ!? ……なんだアレ!?」


 その最中、不良達のリーダーっぽい人物に黒い何かがまとわりついているのが『視えた』たらしい。


「なるほどの。生命の危機という極限状況で霊視が発現してしまったのじゃな」


「結構あるのか?」


「うむ。生と死のはざまにおいて、死の世界の存在を認識できるようになるのは珍しいことではない」


 のじゃロリの説明を受けて、彼が霊視をできるようになった経緯は理解した。そして忍は更に話を続ける。

 

「う……が……」


「おい、コイツ動かなくなったぜ」


 あまりにもダメージを受けすぎてしまった忍は本当に死を覚悟したそうだ。その忍に致命的な一撃が入るその瞬間――


「止め刺しちまうか……。……なっ!?」


「そこの子達……、もう止めなさい。いくらなんでもやり過ぎよ」


 忍の周りにいた不良数人が一瞬で地面へと転がってしまっていた。その中心にしたのは、いつの間にかその場に佇んでいた一人の女性。


「全く……、悪いのに憑かれたわね。ちょっとだけ痛いけど我慢なさい」


 そう言ってその女性は一足飛びで不良のリーダーとの距離を無にし、そのまま手を取り一回転させて地面へと叩きつけると、まとわりついていた黒いもやが綺麗さっぱり消えていた。


「あ……、あんた……は?」


 意識が朦朧としている忍がふらつきながら女性へと質問をする。


「少し寝ていなさい。救急車なら呼んであるわ。私は……そうね。育休中の新米お母さんよ」


 夕日を背にそう答えた人物に色々と聞きたいことがあったが、意識が遠くなってしまったのだという――


「……美弥さんか。二年前だと育休終わり際くらいかな? その不良どもには少しだけ同情する」


「美弥の事じゃから愚連隊をものの見事に全員ぶん投げたじゃろ?」


 俺と偽ロリは、美弥さんの介入で連中が阿鼻叫喚であったことを想像してしまう。

 そこから忍が対策室へと訪れた経緯を語りだした。


「それで、その後から幽霊とか? 変なのが頻繁に視えるようになって……」


「その、忍を助けた方をうちの父が知ってまして……。ご実家が道場を開いているので覚えがあったみたいでした」


 成程。そこから美弥さんの伝手つてで対策室の門を叩いた……と。


「でも……、よく忍が霊視できるようになったのを信じたね? 普通なら脳のダメージとかそんなのって事で信じないと思うけど」


「精密検査でもなんともなかったですし、忍は確かに短気で考えなしですけど、嘘つくような奴じゃないから」


 ねーさんの質問に金城さんがそう返答する。二人の間にはかなりの信頼関係があるのが見て取れる。


「そのあと二年かけて二人で色々と訓練して、ようやく実地ができるようになったので――」


「今回ねーさんの試験に参加させてもらったと。ってか二年前からいたのなら、美弥さんも紹介してくれたって良かったのに……」


 俺の疑問に忍が口を開く。


「それな。一通りのことができるようになるまでは、紹介するつもりはないって月村さんが言ってたぜ。その前に脱落するのも多いらしいじゃねえか」


 月村さんも絡んでいるのか……。というか美弥さんの伝手つてでいるのだから当然か。それよりも問いたださなければならない事が出来た。


「二人とも……、月村さんにおかしなことされなかったよな? 新装備の実験台とか、DNA調べるとか、改造手術とか」


「新装備はともかくDNAってなんだよ!?」


 狼狽うろたえながら俺の言葉に反応した忍だったが、今度は偽ロリが返答する。


「あー……。ワシとこやつらの血縁を証明したの真司なのじゃよ。あやつ、ああ見えて今の功と同い年の頃には複数の分野で博士号をとって研究も注目された天才での」


「それがどうして、科学と正反対の場所にいるんだ!?」


「科学者がオカルト的なのを研究するのは結構あるぞい。霊界との通信を試みた者とかの」


 そうなのか。科学で解明できないことに興味を持ってしまうものなのだろうか。


「月村さんには対策室に初めて行った当時から世話になってる」


「でも変人だぞ、あの人」


「どの辺がだよ!?」


 忍はその辺はまだ知らないらしい。この際だから、色々と教えておこう。


「あの人な、俺の事を異世界人かも……とか言い出したんだよ」


「「何で!?」」


 忍と金城さんの声がハモる。俺だって何でと言いたい。


「真也……、息子さんとアニメ見ていた時にな、唐突に頭の中に思い浮かんだらしい。なんでも……、異世界系の話ってモンスターとかいるだろ? その中には幽霊的なのもいて普通に戦ってるじゃないか」


「まあ、そういった設定だしな」


「それで……、異世界人って俺と同じでは? と考えてしまったらしい。それで……、俺のDNAを隅から隅まで調べさせろって。異世界的な変なのが見つかるかもって……」


 それを聞いて頭を抱えてしまった両名であった。


「まあ、ローラの篭手の件では凄いと思ったけど……。あの人、天才と馬鹿の境目を紙一重で行き来する変人だからな?」


「蛇も解剖されかけたヘビ。鱗も取られそうになったヘビ。あの人間は大昔含めた蛇の蛇生の中でダントツとっぷのおかしい奴ヘビ」


 駄蛇にここまで言われる月村さんって一体……。


「お前……、八岐大蛇なんだよな? 良いのかそれで?」


「あの人間が太古の時代にいたら、蛇が酒に酔っている間に生きたまま色々と斬り刻んで内臓を全部観察されたり、頭一つ一つの違いを調べるために首を並べて計測するとかしそうヘビ! ただ殺されるより絶対にきついヘビ!!」


 そんなことしない……と庇えないのが、月村さんのおっかないところだ。


 ブルブルと震えながら力説する駄蛇の姿を見て、あの人と敵対するのは絶対にしないように気を付けようと決心するのであった。

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