第18話 魔女の力の一端

 日付が変わろうかという深夜。家の住民は寝静まっていた。


「キラ☆撫娘さいこー! むにゃむにゃ……、ま――」 


 そんな寝言と共に、至福の夢を見ていたはずだった。しかし、自宅の周りにおかしな気配を感じる。しかも複数。


「……ったく、良い夢みてたのに間の悪い」


 おそらく、俺だけじゃなく偽ロリも気付いてはいるだろうが、今この家にはローラと藤田さん姉妹がいる。こういった場合は、どちらかが家の中で彼女らを守るのが定石だ。


『俺が出るぞ? 構わないな?』


『あいよ。しっかりな』


 のじゃロリとスマホで連絡を取り合い、一階へと向かう。流石に家の中までは侵入されてはいないようだ。


「……あ。そういえば、刀折れたままだった。このままでも……、防御くらいには使えるか」


 竹刀袋に入っていた折れた刀を鞘に入れたまま右手に携え、外へと物音を立てないように出る。家屋は結界の範囲内なので、庭先で相手が待ち構えいる可能性がある。


 一度、深く深呼吸して一瞬目を閉じる。

 そして意識を対化生への戦闘態勢へと切り替えて相手を見据える。


「……小僧。その中に……、つ国から来た魔女がおらぬか?」


 人語を解する化生。しかも先日戦った狼と同じ形態。仲間を引き連れて敵討ちでもしに来たのか?


 門の前にいた複数頭のうちのリーダーらしき個体に対して、警戒しつつ答えを返す。


「いますよ。もし、言葉と礼節をわきまえているのでしたら、本日のところはお引き取り願えませんか? こちらの都合で申し訳ないのですが」


「そうもいかぬのだ。お目通りが叶うまで、ここを動くことはできん」


 さて……、どうしたものか。あちらに戦闘の意思はなさそうだが、できればローラが今の状態で、藤田さん達まで家にいるので敷地内に入れるもの良くはないのだが……。


「でしたら、せめて明日の同じ時間では?」


「くどいぞ! さっさと出さぬか!!」


 今度はリーダーとは違う狼からの要求。どうやら随分と気が短い気性のようだ。


「ふう……。分かりました。連絡とってみますので、少しお待ちを」






――五分後。


 ……どうしよっかなあ? ロリ婆さんからの返信無いぞ? もしかして部屋にスマホ置きっぱなしでローラ達の部屋の前に陣取ってるのかなぁ。


「すいません。連絡つかないので、やっぱり後日で――」


「ええい! 面倒だ! こちらから出向いてやる!」


「あっ!? ちょ、まっ――」


 俺が止める前に、一頭の狼が門から玄関に向かって疾走する。が……。


「なっ!? 体が……、ぐっ!?」


 あちゃーっと掌で顔を覆ってしまったが、あちらさんは結界の効果で動けなくなった狼さん含め怒りを露わにしている。


「ごめんなさい! 一応、門から玄関までは防御用じゃなくてトラップ式の結界張ってまして……」


「小僧……、我々相手にいい度胸だな……!」


「いや待って! こっちの制止を無視したそちらだって、責任ありますからね!」


 説得を試みるが、もう遅い。あちらとしては面子を潰されてしまった様なものなので、どうあってもただで済まそうとは思っていないはず。

 とはいえ、このままという訳にもいかないのだ。


「え……、ええと? とりあえず、動けるようには……します……ね?」


 こちらには敵意はありませんよ、という意思表示のために動きを縛っている方の結界を一度解除する。


「貴様……! 最後通告だ。の魔女を出して貰おうか……!」


「いや、だから連絡つかなくて……」


 家の中に案内しようものなら、下手すればローラとかち合ったりしそうでおっかないし……。


 と、そこまで考えたところで玄関の扉が開く。偽ロリが来てくれたと安堵したのだが、そこにいたのは……。


「コウ? よ、夜中にどうした……の?」


「お兄さん、何かあった?」


 少しばかり震えているローラと藤田さん姉妹が俺を見つけてしまったのだ。


 ルーシーーーーーー!!? 何やってやがるーーーーーー!!?


 心の中で叫んでいたのだが、狼達もあちらに気付いたらしい。


「だから! 出すのはの魔女だと……」


 狼さん達、お怒りマックス。


 っていうか……、こないだ悪さしてた奴の同種ならヤバくない? 少しの時間だけでも実体化とか可能なタイプなら、ローラ達が襲われたりしたら迎撃するしかねえ!


「ええい! もう良い。行かせてもらう!!」


 玄関の扉が開いたのをいいことに、狼達が真っ直ぐローラの達へと向かっている。俺はそれを止めるべく、ローラ達を背にして彼らに立ちはだかろうとすると、二階のベランダから聞き覚えのある声が聞こえて来ていた。


「お前ら……、私の――」


 !? これはヤバい!?


 すぐさま声が飛んできたベランダの方に向き直り、柏手を打ち、その場で足踏みを数歩行う。簡易的な術であるが、少しくらいは効果があるはず――


!!」

 

 ルーシーの叫び声と共に空気が震える。俺が咄嗟に構築した術ではほとんど抵抗できず、パァンと音を立てて防御が弾け飛んでしまう。


「うぇ!? い、今のなんなの!?」


 ローラが少しばかり目を回して困惑いるが、藤田さん姉妹は気絶してしまっている。どちらかといえば、これは好都合。このままベッドに運んでおけば、この出来事は夢とでも思ってくれるだろう。

 そして、群れを成して我が家を訪れていた狼達はというと――


「すっご。あの一言で、みんなヘソ天してら」


 ヘソ天。所謂いわゆる、わんちゃん達が服従を示すために相手に対してお腹を見せる行為である。

 そのほのぼのしているような光景とは裏腹に、全身から怒りオーラを発しているルーシーがベランダから庭まで、フワッと空中浮遊をしながら降りてきていた。

 そのルーシーに対して、なだめるために近寄る。


「ほーら。ルーシーちゃんは、のじゃロリですよ~。のじゃのじゃ♪ ロリロリ♪ のじゃっロリ~♬」


「その小馬鹿にしたような歌やめい!」


 どうやらいつもの調子に戻ってくれたようだ。そうしているとローラが俺達へと近づいてきた。まだ彼女にとってルーシーはおっかないらしく、俺の腕を組んで離れないようにしている。


「さっきの……何? ルーシーの言葉で空気が弾けたみたいに……」


「あれな。日本だと言霊つって言葉だけで周囲や相手に影響を与えるものなんだよ。今回は威圧だけで済んでるみたいだが」


「魔法なの?」


「まあな。ただ自分が発した言葉だけでここまでできるのは、俺が知る限り、この偽ロリだけだ。俺やローラなら病気もしないで天寿を全うする年齢まで研鑽して漸くできるかできないかくらいのものだな」


 そこまでで、ローラにも疑問が浮かんだらしい。俺に対して質問を投げかけてきていた。


「あれ? でもいつもは普通に話してても、こうはならないよね?」


「んー。いつもはな、あの……のじゃロリな話し方で本来の自分じゃないロールプレイしてるような感じで、効果が出ないようにしてるんだよ」


「そうなんだ……」


「ローラも言葉には気を付けろよ? 別に魔法なんか使えなくったって、精神が弱っている人間には、『死ね』って一言でも呪いみたいになるんだから」


 ローラさん、先ほどのルーシーで思うところがあったらしく、うんうんと頷いていた。


「して、こやつらは誰じゃ?」


「お前の客。のじゃロリが連絡つかなくて、困ってたんだが? それに業を煮やして無理矢理うちに侵入しようとしていたんだよ」


「……すまぬ! 大丈夫かと思うて、ちょっと深夜アニメ見ておった。うるさくしないようにイヤホンつけていたのが悪かったようじゃな。それで……、トラップ結界解除されとったし、何かマズい事態になったかと……」


 それで外を見たら、庭先に全員集合のうえ、ローラが襲われている様に見えて焦ったらしい。


「あああ! お久しぶりでございます、魔女殿。この度はうちの与太者が申し訳ないことをしまして、なんとお詫びしてよいやら……」


 狼さんリーダーが、ヘソ天したままルーシーへと全力の謝罪をしている。


「与太者ってのは、真っ黒な狼か?」


「はい。そうでございます! あの者は自らの力を過信し、暴れておりまして……。それを止めたのが魔女殿とその関係者だと聞きつけまして、この場に参った次第です。……ところで、何故腹を撫でているのでしょうか?」


「気にしないでくれ。少しばかり、毛皮の手触りに飢えていただけだから」


 何でこう、ヘソ天犬というのは、腹をさすると足をぴょこぴょこ動かすのか。毛皮のモフモフと、その足の動きを見ていると癖になる。


「あの黒狼ならば、倒したのはお主の腹を現在進行形で撫でまわしておる功じゃ。礼ならそやつにせい」


「……真ですか!? あれでも凶暴なうえ、かなりの手練れだったはず……」


 狼リーダーさん、ヘソ天したままで信じられないといった表情を俺に向けていた。


「刀は折れたけどな。まあ昔戦った兇魔に比べたら、普通に相手できたぞ」


「あれと……戦ったことがあるです……と!? 前に出現したのは六年前のはず……」


「うん。十歳だったね。あの時」


 リーダーさん、パクパクと口を動かして固まってしまっている。


「……も、もしかして、一族郎党鏖殺ですか!? でしたら、どうか! 我だけで済ませてはもらえませぬか!?」


「待って! このモッフモッフにそんなもったいな……、じゃなくて! 物騒な事はしないから!」


 ガクガクブルブル震えるリーダーさんが安心するように、彼の不安を払拭するよう説得しながら腹を撫で回す。


「ちなみに、功とそこのローラはワシの子孫な」


「そ、そうでございましたか……。それでこの歳でここまでの……」


 どうやら先日の藤田さんちのワンちゃん襲撃事件についての謝罪に来てくれたらしいが、俺的にそれを受けるのは筋違いというものだ。藤田さん達の方を指差して、こう返した。


「えっとな? 直接的な被害を受けたのは、あっちで気絶してる人たちの飼い犬だから、何かできることをしてやってくれないか? もしかしたら、おっかない化生とかに狙われやすいのかもしれなし……」


「ふうむ……。確かに薄まってはいますが……、我々を引き寄せやすい血筋のようですな。でしたら、我らが交代でその者達を護衛するというのは? そのうえで住処の周辺にマーキングを繰り返せば、おかしなモノは寄ってこなくなると思いますが?」


「マーキングまでは良いよ。……汚らしいし」


 リーダーさん、今度はガーンとショックを受けたような表情となっている。

 そんなこんなで話がまとまり、狼さん達は去って行った。その後、藤田さん達を起こさないようにローラの部屋まで運び込み、少しばかり彼女と話していた。


「あのな? ルーシーのやつ、さっきはかなり焦ってたぞ。あいつの素が出るなんざ、そうそうあるもんじゃない。それだけ心配だったってことだな」


「うん……」


 ローラも少しばかり考え込んでしまっていた。そこへルーシーが現れたが、すぐに俺の背中に隠れてしまう。


「そ、そのの? ローラも、はよ寝るように……の?」


 どうやらローラから姿が見えないように気を使っているらしい。


「ルーシー……、怖がったりして、ごめんなさい」


 ローラが俺の背に隠れているルーシーに対してそう謝罪していた。


「コウが言ってたんだ。行動を見て、その人を判断しろって。ルーシーは怖いけど……、悪い人じゃないと思うから……」


「そうかの……。うん、そうかそうか。ではおやすみだの」


「うん! おやすみなさい。ルーシー」


 雨降って地固まるってとこか。まあ後は、ローラが霊視をコントロールできるようになれば、万事解決だろう。

 そうして朝を迎えたのだが、俺の思惑通り藤田さん姉妹は昨日玄関に来ていたことを覚えておらず、おかしな話にならずに済んだのであった。まる。

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