魔女ルーシーと末児達

柴田柴犬

プロローグ

第1話 久しぶりという名の口喧嘩

 嫌な予感がする。元々、運は良いほうじゃない。というか最悪と言っていい。大体がのせいなのだが……。

 今はの事を思い出すより……。


「おーい! 早く行こうぜ」


「そうそう。スマホも準備して!」


「大丈夫だよね? 祟られたりしない?」


 おっかなびっくりのクラスメイト達と、昔に殺人事件だか建築前は墓地だったとか、よくある廃墟な心霊スポットに探索へと現在進行形で繰り出そうとしているのだ。


「……君? 坂城さかき君?」


「おーいコウ! 行かねーのか?」


 俺がぼーっと廃墟を眺めていると、彼らから催促の声がかかった。


「その前に……、ほら頼まれてたやつ」


 ポケットから取り出した紙片を各自に渡す。それには五芒星やら漢字やらおかしな模様やらを書き込んでいる。


「雰囲気でるねー。これお守り?」


「こんなの効くかどうかも分かんねーぞ。自分で作っておいて、うさん臭さ爆発してるしな」


「良いんだよ。こんなのはノリで」


 そんな事を言いつつ廃墟の入口へと差し掛かる。鍵がかかっておらず一部が壊れた玄関から中へと入る。手入れをされていない家屋は歩くたびに床が軋みを上げる。


「気ぃ付けろよ! 床が外れるかもしれない」


「ちょっとやめてよ!」


 そうして辿り着いた居間と思しき場所はおそらく食卓と思われる大きなテーブルやソファ、床にはカーペットが敷かれている。


「じゃ、写真撮ってみるか。スマホは……っと」


 メンバーの一人がスマホのカメラを起動させる。そのまま自撮りをしようとしていたところ……。


「うぉりゃああああ!!」


 俺は裂帛の気合と共に天高く舞い上がる勢いで全力のアッパーカットを繰り出す。当然ながら拳は空を切るのみだ。


「ど……どうしたの!?」


「気にしないでくれ。無性に腕を上げたくなっただけだから!」


 俺の奇行を心配したらしい。苦しい言い訳をしながら二、三歩ほど彼らから遠ざかる。すると、後ろから苦情が聞こえてくる。


「ひ……、酷いじゃないか!? 久々にお客さんが来たから、もてなしてあげようとしただけじゃないか! 写真に写って欲しいんだろ! せっかくポーズも決めてたのに!!」


「どこの世界に、てへぺろダブルピースで写真に写りこむ幽霊がいるってんだ!? もっとこう……、さり気なく肩に手を置くくらいでいいだろ!」


「えー……。そんな如何にも心霊写真でございみたいなのつーまーらーなーいー! 時代は多様性ですよ!」


「そんな多様性はいらん!」


 はい。現在進行形で俺の隣にはこの廃墟に憑いている幽霊さんが不満げに口を尖らせている。俺のアッパーで顎を撃ち抜かれたのが気に入らないらしい。


「仕方ないですね。もう……、手だけでいいのですね手だけで。ちぇ……」


 幽霊はトボトボとクラスメイトの背後を取りながら、そっと肩に手を置く。


「あー、早くしてくれねーかなー。さっさと終わらせないとこのまま組体操みたいに肩に手を当てたまま倒立するぞ。それだけじゃなくあん馬の旋回とかしちゃうぞ」


 コイツ、生前は器械体操の選手だったのだのだろうか?


 俺にしか聞こえていないとはいえ、あまり幽霊待たすのもまずい。というか苦情がウザい。


「もしかしたら、今写真撮るといいかもな」


 さり気なくクラスメイトに声をかける。


「んじゃ、やってみるか」


 スマホのシャッター音があたりに響く。皆が恐る恐る撮影した映像を確認する。


「うぇ!? ほら頭のとこ! ハートマークっぽい両手がある!?」


 何やってんだこの目立ちたがり霊!? 萌え萌えキュンでもした――


「萌え萌えキュンですよ! 良いでしょう?」


 俺の思考を先読みしたように、いつの間にか背後にいた幽霊が返答していた。

 もうヤダこの霊。


「ほんとに撮れた!? もう一回写す!?」


「いや……、もうやめとこうぜ。ほら! こんなのって警告とかっていうだろ!」


「そ……そうだね……。これで終わりにしよっか……」


 クラスメイト達の間で話がまとまったらしい。これにて撤収。俺としても賛成だ。このめんどそうな幽霊と関わると厄介事が起きかねないかもしれない。


「えー……。今度は考える人のポーズしようと思ってたのに……」


「すまんな。もう終了だ。じゃ! 俺は帰るから! 急なお願いをしてしまったのは悪かった」


小声だが満面の笑顔で幽霊にそう宣言すると、あちらはふぅと一息ついて語りだす。


「仕方ないか……。あの御方によろしくな。今こうして平穏に暮らせるのもあの御方のおかげだからね。このくらいの頼みなら安いもんさ」


「アイツ? 生きてるか……、っていうか生きてはいるだろうけど、どこにいるかも見当つかねー」


「ははは。相変わらずみたいだね。それじゃあ帰り道は気を付けて」


 幽霊と少しばかり話をした後、俺たちは廃墟を後にした。あの霊は数年前に縁があり、今回の探索で少しばかり……、どころかあちらは悪ふざけ全開ではあったが、心霊写真を撮れないかと相談に乗ってもらっていたのだ。結果あの通りであるが。


「じゃあなコウ! また明日なー」


「ああ。明日学校でな」


「ばいばーい」


 そんな挨拶を済ませて帰路に就く途中、あまりにも覚えがありすぎる嫌な気配がした。気配のする方を向いて顔を合わすと、面倒事と危険物と厄介案件がオーケストラを奏ながら俺に襲い掛かって来そうだ。俺は、この気配を全力で無視することに決めた。


「おーい! 聞いとるのか! こう! 返事せんか! せんと泣くぞ! 喚くぞ! 変態って大声出すぞ! 嫌ならこっちを見んか!」


「すいませーん。人違いですよ。貴女のようなちっちゃくて若作りでうるさい人なんて記憶にございません」


 俺の目の前にいるのは、黒が基調のゴスロリファッションで長い銀髪と透き通るような青い瞳が特徴的な見た目ローティーン美少女。


「はあああああ!? ワシの様な絶世の美女を覚えとらんだと!? そんな嘘が通じると思うか!」


「俺の記憶にある人は俺より背が大きかった。ああ……あなたはちっちゃいし人違いですって」


「お主がでかくなっただけじゃろうが!」


 俺と目の前の少女はともに平行線にしかならない言い合いでヒートアップしていく。すると彼女の後ろからか細い声が聞こえてきた。


「あ……あノ……、ルーシーさん? このヒトは……?」


 その背後から姿を現したのは、まだ小学生くらいの亜麻色の髪で人形の様な整った顔の女の子だった。


「すまんな。この阿呆がいらぬ妄言を吐いたせいで、余計な時間を食ってしまったの」

 

 ルーシーはその子に対して申し訳なさそうに頭を下げる。


 この子、日本人じゃないよな……。日本語にも慣れてないみたいだが……。


Je suis わたしは......」


Est-ce plus facileこの話し方 de parler de cetteで良いのか façon ?」


 先ほどの少女が咄嗟に出した言葉に合わせてフランス語で会話を試みると、目を見開いて驚いている。

 一方ルーシーの方はドヤ顔で胸を張っている。つまるところ、ワシの教育の賜物じゃな。流石ワシ。ちゃんと覚えてなかったらペナルティくれてやろうと思っておった。そんなことを考えているのだろう。


「まあ、ここはワシから説明するかの。この娘を引き取ってくれんか?」


「説明してねーだろ。端折りすぎだ。とうとう耄碌したか……。可哀そうに……」


「だ・れ・がボケるか! 失礼な!」


「だったらちゃんと説明しやがれ!」


 俺とルーシーは互いに顔を突き合わせて怒鳴り合う。しかしこの寒空の中、少し体が冷えてしまったらしい女の子は体を震わせていた。


「くしゅ」


 可愛らしいくしゃみを聞いた俺達がそちらを一瞬向いた後に、再度顔を見合せる。


「ほれ! 風邪を引かせてしまったら悪いじゃろ。はよせんか! そんなのでは女子おなごにモテんぞ」


「分かったよ。とりあえずこれを着てくれ」


 俺は羽織っておたパーカーを彼女に渡す。これで少しはマシになるはずだ。


「では、行こうかの。久しぶりの我が家日本支部へレッツゴー!」


 なんでこのロリは、こんなにテンションが高いのかと疑問に思いながら、俺達は歩き始めるのだった。

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