第2話 平穏な生活にさよなら

 三人で帰路への夜道を歩く。俺が現在住んでいる家は自分の所有という訳ではなく、というかまだ高校一年生の俺が家屋と土地を所有できるわけもなく、所有者は隣を歩いているルーシーの物という事になっている。


「なあ……。その子……」


「ん? とりあえず家に着いてからで良いかの」


 現状、俺の一番の疑問は数年ぶりに姿を現した銀髪ロリが連れている女の子についてだ。どう考えても訳アリだろうが、当の彼女の表情は一目で分かるくらい不安で満ちている。


「着いたぞ。鍵開けるから待ってろ」


 玄関前の表札には『坂城』そして『Wizaasウィザース』と書かれている。二階建て。小さな庭がある一軒家だ。

 鍵を開けて、居間の電灯のスイッチを入れる。いの一番にソファーに腰かけたルーシーから女の子に一言。


「冷えたようじゃし、まずはシャワーでも浴びて来るとよい。服は……、まあ、今日の所はこやつのでええか。サイズは合わんだろうが我慢してくれい」


 女の子はコクコクと頷いた後、俺の方を向いて困ったような表情を見せた。


「……ああ、風呂場はこっち」


 風呂へ案内した後、居間へと戻りルーシーとテーブルを挟んで顔を合わせる。


「とりあえず、ほら。コーヒーで良いか?」


「できれば酒が良いが贅沢は言えんか。ジャパニーズサケ! ジュンマイダイギンジョーは後じゃな」


 未成年の俺がそんなの買ってるわけがないのだが、困ったもんだ。


「そういやあの廃墟の幽霊、元気にしてたぞ」


「おお! あの地上げにあいそうになっとった所のか! 幽霊でも縄張り争いは大変みたいじゃからなあ。ヤクザもんみたいのも普通におるし」


「あんたが危害を加えそうな奴を遠ざける様にしたおかげで、平穏で良いんだと」


 そうかとルーシーが呟いた後で、コーヒーを一口すする。それを飲みこんだのを確認して、本題へと入る。


「それで、あの子は?」


「ふむ……。どこから話したらよいか……」


 難しい顔をしているルーシーが意を決して口を開く。


「大体はお主を見つけた時と同じじゃな」


「……ってことは俺と同質の?」


「むー……。済まぬが詳細はまだ言わなくても良いかの? 正直、どうするべきかワシも困っておる。ただ……」


 ただ……、一人にはしておけない……か。だから俺の所に連れて来たのだろうが。


「俺よりもアメリカのレイチェルねーさんは? 同性だし」


「……あやつは生活能力が……の。ほっとくと毎食ピザとかやりかねん。あやつだけならば気にもせんが、子供にそんな生活はさせられんからの。それにアメリカより日本が安心でな。水は綺麗で飯もうまい。女子供が一人で出歩けるくらいには治安も良い」


 まだ詳しい事情は聞けてはいないが、コイツが俺を頼らなければならないと判断したのなら、追い出したりするわけにもいかない。


「分かったよ。とりあえず、こっちで預かる。色々準備しなきゃな。服とか日用品とか」


「うむ! 話がまとまったところで――」


 ピンポーン!


 玄関の呼び鈴が居間に響く


「すいませーん! ルーシー・ウィザースさん宛てにお荷物が届いておりまーす」


 この遅い時間に宅急便? 何か来たのか?


 宅配業者さんが運んできたのは、段ボール十数箱の大荷物。あっけに取られる俺を尻目にルーシーは段ボールを確認している。


「ひとつ聞くが、これはお前の荷物か?」


「そうじゃよ。ワシもここに住むでな」


「……それは今知ったが?」


「元々、ここはワシの家じゃし、それにな」


 それになんだ?


「うら若き男女が一つ屋根の下に二人っきりという訳にもいかんじゃろ」


「おい、俺を何だと思ってる!? あんな子供に手を出すか!?」


「出さんという保証もあるまい。それに保護者も必要となりそうだしの」


 後で、コイツ絶対泣かす。


「あの……、おふろ……あリガと……」


 俺達が荷物整理している間に女の子がシャワーを浴び終わったらしい。彼女にとってはダブダブのシャツを着て俺達の目の前に来ていた。


「とりあえず、この年齢詐称ロリから話は聞いたから、今日からここがお前さんの家な。……そういや? なんて呼べば?(フランス語)」


 日本語がまだ片言のようなので、あちらに合わせてフランス語で話しかける。


「あ……、わたし……、ローラっていいます」


「ん。じゃあこれからよろしくな。ローラ」


 俺達が軽く握手を交わしていると、ルーシーがニマニマしながら楽しそうにしている。


「はっはっは! 良かったの。こやつは捻くれていて性根も曲がって来てはいるが、ツンデレっちゅうやつなので大目に見てくれの?」


「俺がおかしな目に遭ってるのは大体お前のせいだってことを忘れんなよ!」


 一瞬、真顔になったルーシーではあったが、視線を逸らしひゅーひゅーと音がしない口笛を吹いている。


「じゃあ、ワシの部屋に荷物を運んでくれの。下着もあるがこっそり盗んだらいかんぞ」


「おめーの下着なんざ誰がいるか!?」


「こんな美女じゃし? 仕方ないと言えば仕方ないがの」


「だからいらんって!」


 その後、配達された段ボールを全てルーシーの部屋へと運び込み、そのまま眠りについてしまった。

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