第3話 フリーダムすぎるウイッチ
突然同居人が増えた我が家ではあったが、俺は高校一年生。なので当然ながら学校へと行かねばならない。まだ寝ているローラを待つわけにはいかないので、一人で朝食を取って登校の準備をする。
「じゃ、行ってくるわー。朝食は作っておいたから、ローラが起きたら食ってくれ」
「うむ。規則正しい生活。花マルくれてやろう。一人でもちゃんとやっとたようじゃの」
びみょーに子供扱いされてるよな俺。
すでに起きていたルーシーに見送られながら、学校へ向かうために家を後にした。
俺が登校してすぐに起きて来たローラがルーシーと顔を合わせる。
「……Bonjour」
目を擦りながら、おはようと挨拶をしていた。
「はい。おはよう。少しずつ日本語にも慣れんとの。まあ……、その前に色々と揃えねばならぬな。今日は出かけるとするか」
ローラの服を買いに行った後の行動で、俺が驚愕してしまう羽目になるとはこの時は想像すらしていなかった。
本日の授業を終え、帰宅の準備をする。すると、クラスメイトから遊びのお誘いがあった。
「坂城、このあとどっか行かね?」
「すまん! 実は親戚がうちに住むことになってさ。それで色々としなきゃなんなくて……」
「そっか……。じゃあ今度な!」
そんな他愛のない会話の後で帰宅すると、ローラがバタバタと足音を立てながら玄関まで来て出迎えてくれた。
「ただいま。のじゃロ……、ルーシーは?」
「エ……えっト、もうすグダカラ……ヘヤにはハイルナッテ」
思わずいつものノリで、のじゃロリとか言いそうになってしまうが、そこは堪えてルーシーの行方を尋ねた返答がこれだった。
部屋で何やってるやら。一応そっとしておこう。
「それよりも……、その格好。あいつに買ってもらったのか?」
ローラはコクコク頷いている。どうやら日本語を話すのはまだ難しいが、聞き取りはそこそこ大丈夫らしい。
目の前の女の子の服装はフリルが付いた真っ白な可愛らしいものだ。
「良かったな。今日の晩飯は何がいい?」
そう言いながら靴を脱ぎ、居間へと行くと階段から人が降りてくる音が聞こえた。すぐに扉が開き元気よく、のじゃロリことルーシーが姿を現した。
「いやー。稼いだ稼いだ。便利な時代になったもんじゃ。昔は大道芸やらでその辺の人間からしか金銭を貰えなかったものだがの」
なんか知らんが凄まじく機嫌がいい。稼いだってことは何かをしていたらしいが、ローラすら部屋に入れずに、どんなことをしていたのやら。
「おっ! おかえり。今日も一日頑張ったようだの」
「おう。ただいま。やけに上機嫌だがどうした?」
「知りたいか? 知りたいじゃろう? ふっふっふ」
ドヤ顔でもったいぶっている様にも見えるルーシーだが、なぜかポケットに入っている俺のスマホを無理矢理ぶんどると、慣れた手つきで操作を行う。
すると……。
『良い子の皆、おまたせしたの。今日も配信していくでな』
とてもとても聞きなれた声が動画配信サイトから聞こえてきていた。そして画面で動いている3Dモデルは目の前のロリにそっくりなのだ。
「……なあ、なんでお前……Vtuberなんかしてんの?」
「どうじゃ? この3Dモデル、ワシにそっくりじゃろ? 可憐じゃろ? 不特定多数を狂わせてしまうとは、我ながら罪作りじゃなワシ」
そんなルーシーの自画自賛はともかく、俺のスマホで先ほどまで配信していたらしい動画が再生されている。再生中に投稿されたコメントを何気なーく確認してみる。
『あの……、最近……変な気配がするような気がして……、幽霊か何かでしょうか?』
『ふむ? むむむっ。幽霊ではあるが。どうやらお主の先祖が好物のおはぎが欲しいとアピールしておるようじゃな。というわけで仏壇におはぎをお供えしてみよ』
ルーシーの返答から十数分後、先ほどのコメントを送った視聴者から次のようなコメントが送られていた。
『さっき、おはぎをお供えしたら、ろうそくが変な燃え方をして、お線香の煙が笑顔に見えたような……!?』
そのコメントを受けて他の視聴者が騒ぎ出す。
『キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』
『最初はサクラかと思ったけど、ここは一回の配信でいろいろ起こるよな』
『ここは絶対に何か起こるから面白い』
などなど好意的なコメントが大半を占めている。ついでに概要欄に目を通してみると、『
絶対、まず間違いなく視聴者達はそういった設定でいると考えているだろう。だが俺はそれを見て思わず叫んでしまう。
「てめえ、自分から不特定多数に正体ばらしてんじゃねえ!!」
「大丈夫じゃよ。どうせ誰も信じんからの。人は自分の都合の良いものだけを見てしまう生き物ゆえな」
そう、このルーシーこと年齢詐称のじゃロリは実際に悠久の時を生きている、本人が言うには最後の魔女らしい。そんなことを知ってか知らずか視聴者達からはこんなコメントも見られた。
『BBA結婚してくれ』
『BBAかわいいよBBA』
『ロリBBA(*´Д`)ハァハァ』
視聴者のマズい性癖を覚醒させているのではなかろうか、このロリばーさん。
「……っていうか、なんで画面越しであんな事情まで分かるんだよ?」
「分かるわい。画面越しとはいえ、ワシと視聴者達は繋がっておるからの。カメラと回線を通じてあちらを視ることくらい容易いわ」
その辺の技術は生まれて十六年の俺では太刀打ちできない。それよりも画面を確認すると信じられない事実を突きつけられる。
「……こっ……、このチャンネル登録者数!?」
実に遺憾だが、本当に信じられないが、この外見詐称ロリ婆はこれで大金を稼げているようだ。
「コウ……、こレってすごいノ?」
いつの間にか俺の名前を憶えてくれていたローラが画面を覗いている。
「……簡単に言うと、俺とお前を養うのはわけないくらい稼いでる……ぞ」
「さっきも言ったが本当にいい時代になったもんじゃて。パソコンだの端末さえあれば、自室にいながら世界中と繋がって、しかも金銭のやりとりも簡単ときた。ワシも魔導にはそれなりに覚えはあるが、若い頃のワシが現代を見たら自信喪失してしまうかもしれん」
200年以上を生きる存在にとっても、現代技術は脱帽ものらしい。
「家自体はワシの物とはいえ、これから世話になるからの。生活費くらいは出さねばなるまいて。ローラに出させるわけにはいくまい」
これでも一応は大人としてローラをここに連れてきてしまった責任を果たそうとしているようだ。しかし、ここまで稼いでいると知った以上、言っておきたいことができた。
「こんなに稼いでるなら……、ちょっとくらい仕送りしてくれても良かったじゃないか!」
「お主の事は、あの連中に任せていたから問題ないかと思っての。あやつらは息災か?」
「
「そうかの。ま、そのうち挨拶に行くとするか」
今そこはいい。ルーシーの奴、話題を逸らそうとしやがった。
「お前……、一人なら生活費なんてあまりいらないとか昔言ってなかったか? それなのに動画配信なんて結構前からやってたみたいじゃねえか。何を企んでる?」
「い、いやの? ちょっと欲しい物がちょこちょこと……の?」
少しばかりバツが悪そうな銀髪ロリばーさんが俺から露骨に目を逸らす。
その時――
「宅配便でーす! ハンコお願いしまーす!」
昨日も来たが今度はなんだ?
「来た来たーーーーー! 待ちわびたぞ!」
ルーシーが喜び勇んで玄関に向かって戻ってきた時には長方形の箱を抱えていた。
「後で楽しむとしようか……」
「ふん!」
「何するのじゃ! ワシのお宝!?」
ルーシーからぶんどった箱を開けると中には年代物っぽい酒らしきものが入っている。
「それワシの! 30年物のウィスキー! かーえーすーのーじゃー!!」
「うちに来ていきなり……、こんな高い買い物しやがって……!」
ワナワナ震えてしまった俺がさらにまくし立てる。
「こんなの買いやがって……! だいたいな! ひいひいひいひいひいひいひいひい婆ちゃん、俺にお年玉だってくれたことないじゃないか!」
「お年玉などという文化はワシが生まれた国にはないからの! それにワシをそう呼ぶならば、ひいひいひいひいひいひいお婆様じゃ! そんなに長いとワシが余計に年取ってるように聞こえるじゃろが!」
ツッコむとこ、そこかよ。
俺とルーシーの口喧嘩を聞いていたローラがポカーンとして目を見開いている。
「あノ……!? ひいひいひいひいって……なアに?」
ローラの疑問も最もだろう。それを察して俺が答える。
「ローラ、信じられないだろうが、この見た目が十四、五才の外見年齢詐称のじゃロリはな……、誠に遺憾ながら俺の先祖なんだよ」
「きっちりDNA鑑定もしておる。結果もこの通りじゃな」
そこには『鑑定結果』と記された一枚の紙。
「いやー。本当に現代は便利だの。家系図なんぞより正確に血縁の証明も可能でな」
「センゾ? とおイとオいおばあサま?」
「うむ! その通り! ついでに言うとの。ローラの先祖もワシ。功とローラも遠い親戚ということになるの」
果たして、十六、七親等くらい離れているのは親戚と呼べるのだろうか? そこまでなら普通は他人と称する。
「……ってか、そうだとは思ってたが、ローラ本人には説明してなかったのか?」
「この子の両親にはしたがの。鑑定書付けて」
まあ俺と同じような身の上ならローラのご両親も、色々と信じられない部分はあるだろうが、納得するしかなかったのだろう。
「というわけでじゃ。これから三人で生活していくのでな。改めて30年物のウィスキーでかんぱ――」
「それは駄目だ! てめえザルじゃねえか! しかも、つまみ作れとかうるさくするし、三人のうち二人は未成年だろ」
「えー……。一杯だけ……の?」
「駄目です。あなたも見た目未成年です」
「見た目だけじゃろ。ノープロブレムじゃよ」
「いい加減にしないと、このウィスキー、料理用で使うぞ。ポークソテーの味付けに良いんだよな、ウィスキーって」
「そんな勿体無いことしてくれるな! ワシが泣くぞ!」
――と、こんな口喧嘩をしながらこの三人の生活が始まったのだった。
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