ローラ、はじめてのおはらいたいけん

第4話 日常から見える非日常

 ルーシーとローラが日本に来て、はや一月。ローラも小学校へと通い始め、楽しくやっているようだ。最初は外国人ということで色々と、特に言葉の面で心配をしていたものだが、日本語もみるみるうちに上達していった。

 ルーシー曰く――


「日本が世界に誇るジャパニメーションはええぞ~。日本語も同時に習得できるからの。フランスでも日本アニメ流行っとるし、教材としては最適じゃな」


 ……ということらしい。


 しかし、この魔女、現代に馴染みすぎである。ちなみにそのロリ魔女はソファに寝転がり、せんべいをバリバリと音を立てながら頬張つつ、俺とローラが登校する様を見守っている。


「じゃあ、行ってくるー」


「行ってきまーす!」


「うむ。今日も勉強頑張るのじゃぞ」


 俺とローラは玄関を出て、歩きながら雑談を始める。


「学校はどうだ? 言葉はともかく勉強にはついていけてるのか?」


「コウって結構心配性? 昨日も同じこと聞いてるよ」


 そりゃ心配にもなる。小学六年の夏からの転入だ。生まれ故郷とは色々と違いがあるだろうし、外国人ということでクラスで浮いていないかとか考えてしまう。


「コウだって小学校は途中から行ってなかったってルーシー言ってた」


「……俺はちゃんと勉強を叩き込まれていたから良いんだ。ついでに言うと、五年生からは通ってた」


「たたき……?」


 少しばかりローラが不思議そうな表情を浮かべている。そんな事を話しつつ、俺達以外の学生がチラホラと見え始めたとき、後ろから声を掛けられた。


「ローラちゃん! おっはよー!」


 元気よく挨拶してきたのは、ロングヘアでローラと同じくらいの背丈の女子。


「千佳ちゃん、おっはよー!」


 ローラも挨拶を返し、ぱぁーんとハイタッチをしている。そして千佳と呼ばれていた娘は俺の方をまじまじと見つめていた。


「この人……噂の……、ローラちゃんの彼氏!?」


「いや待て!? 何でそんな話になる!? っていうか噂!?」


 秒で少女の言葉に反論してしまう。


「だって……ローラちゃん、転校初日から男子の間で話題になっていたし……、けど……」


 けど、なんだ?


「毎日一緒に途中まで登校してる高校生のお兄さんがいて、その人が彼氏なんじゃ……って。兄妹には見えないからって、みんな言ってた」


 ローラさん、分かってはいたが、はっきり言って西洋人形のように整った顔立ちで美少女と評しても差し支えない容姿なのだ。同じ学年にそんな娘がいたら男子が騒ぎ出すのも仕方がないだろう。


「ローラちゃんと仲良くなりたい男子たち……、項垂うなだれてた。お通夜みたいに」


 俺、ローラのクラスの男子達をいつの間にか敵に回してないだろうか?


 おかしな誤解をされるわけにはいかないので、きちんと説明しておくべきだろう。


「俺はローラの遠い親戚にあたるんだよ。この娘がウチで暮らすことになったんで、こうして一緒に登校してるんだ」


「えっ? じゃあお兄さん……ハーフなの?」


「ハーフってほど、外国人の血が濃いわけじゃない。クォーターよりももっと薄いな」


 ルーシーが八代前らしいので、実際にその子孫が日本に来たのはそれより後とはいえ、そんなもののはず。本当は俺もその辺はよくわからない。

 千佳が、ふーんと呟いてはいるが、それよりも俺は凄まじく気になる存在を凝視していた。


「ウゥー!! ガウガウガウ!!」


 千佳の足元には、おそらくは雑種だろうと思われる犬が俺とローラを威嚇している。ローラも千佳も反応していないところを見ると、この犬は霊のはず。


 ……少なくとも、このワンコにも、飼い主であった千佳ちゃんにも何もしてないんだけどなあ……。


 犬霊の俺達への態度にげんなりしつつ、少しくらいは撫でてコミュニケーションを取ろうかとしゃがみ込んでみる。するとワンコ霊は俺の腕に嚙みついてきてしまった。


「ガブっ!! ウウウゥ!!!」


「……ッ」


 右腕に鈍痛が走る。この場でこの犬霊が見えているのは俺だけ。下手に痛がるわけにはいかない。


「……? コウ? どうしたの?」


「……ん? ああ、靴紐が解けそうだったからな」


 ローラが俺の行動を不審に思ってしまったらしく、適当にごまかしてしまったが、いまだにこの犬霊は俺から離れようとしない。

 ていうか痛い。めっさ痛い。ものすごく痛い。もう離れてください、お願いします。

 人間霊なら言葉が通じる場合もあるので、交渉可能だったりもするのだが、動物霊はどうしたものか困る場合が多々ある。今度から対犬霊用ビーフジャーキーや対猫霊用鰹節を用意しておくべきか悩んでしまう。


「あっ……、コウ、わたし達こっちだから、またね」


「おう、気をつけてな」


 ローラと千佳ちゃんが俺から分かれて小学校へと進むと、ワンコ霊も千佳ちゃんにくっついてその場を後にした。

 そして今度は千佳ちゃんから数歩下がったところで、ローラを威嚇している。


 ……ローラは俺みたいに霊が『見える』とか『触れられる』、『会話可能』とかではないんだよなあ。ルーシーもその辺を教えてくれないし、どんな理由で日本まで連れて来たのやら。それよりも……。


 俺が気になっていたのは、噛みついてきた犬霊だった。自分の飼い主を守ろうとしているのはまだ分かる。痛かったけど。噛みつかれた所が赤くなってるけど。

 だが、犬霊は所々怪我をしていた。それも少しどころではなく、猛獣と戦っていたような普通だったら重体と言って差し支えないほどの傷だった。

 さっきの威嚇と攻撃といい、かなり気が立っている状態で霊となっている。


 気になるから、ローラが帰ってきたら……それとなく聞いてみるか。


 そんな事を考えながら、十数分後、学び舎へと到着したのだった。

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