第5話 災禍の影
本日の授業も終了し、教室を出て自宅への帰路につこうとしていたのだが、不意にクラスメイトに呼び止められてしまった。
「さっかき君! ちょ~っといいかな?」
「藤田さん? どした?」
俺に声を掛けてたのは藤田由佳という女子生徒だ。メガネを掛けた、いかにも優等生といった風貌ながら、親しみやすい性格だ。
「最近うちの妹の千佳、坂城君のところの……妹さん? ……と仲良くしてもらってるみたいだから、あらためてお礼したくて」
「……ローラの事か? なら俺じゃなくてローラに直接言ってくれ。俺は何もしてないからな」
「ローラちゃんっていうんだね。……ところで? ローラちゃんとはどんな関係? 妹のクラスで色々噂が立ってるっていうから気になって。どう見ても外国の娘だし、でもでも坂城君は英語得意だし、もしかしたら海外旅行で知り合った娘? それとも妹の言ってた通りの彼氏彼女の関係!? いやいやまさかローラちゃんまだ小学生だし――」
「とりあえず、最後だけは否定する! あと! そのマシンガントークストップ!」
藤田さんは俺の一括でハッっと我に返り、恥ずかしそうにこちらを向いている。
「ご……ごめん……。つい……」
どうやら藤田さん、冷静になったようだが、今度はどこか寂し気な表情を浮かべていた。
「あのね……。つい先日なんだけど……、うちの犬が死んじゃって……さ。特に千佳に懐いてて、千佳も弟みたいに思ってた子なんだ。それで少しふさぎ込んでたから……」
……なるほど。色々と調べてみようかとも思ったが、これなら藤田さんから聞いた方が早そうだ。
「そのわんこってのは、もしかして柴かコーギー辺りの雑種か?」
「えっ!? うん……、そうだけど……知ってるの!?」
「前に藤田さんっぽい人がそんな感じの犬と散歩してたのを見た気がするから、もしかしてってくらいの話だったけど」
すいません。嘘です。本当は今朝、その幽霊わんこを千佳ちゃんの隣で目撃したんです。ついでに思いっきり嚙まれたよ。痛かったんですよ、ほんと。
「そっか……、散歩中に声かけてくれれば良かったのに」
「いや、遠目だったから確信がなくて……」
そっか、と藤田さんは一言呟いたあとで、話を続けてくれた。
「それでね。うちの仔、朝起きたときに、凄い大怪我しててね……。すぐ病院に連れて行っても駄目だったんだ……」
彼女もその場に居合わせていたのだろう。その目に涙を浮かべていた。
「大怪我って……、しかも夜中だろ? 犯人見つかったのか?」
「ううん……。先生も傷を見て驚いてた……。大型犬とかそれよりも大きい動物と喧嘩したみたいだって……。でも家の門も鍵を閉めてたし、朝にはそんな大きな動物もいなかったの」
「すまない。辛いこと思い出させたみたいで……」
「でも、千佳がローラちゃんとお友達になって、楽しそうだから良かったなって」
自分も辛いだろうけど、妹の心配しているあたり、良いお姉さんしてるのが伝わってくる。
その後、他愛のない雑談を数分した後で下校したのだが――
「おかえりだの。ローラも帰っとるぞ。居間で難しい顔しとるから、構ってやれい」
「? 学校の宿題か? ロリおばばが教えればいいだろ」
「ワシもやっとるぞ。宿題じゃあないがの」
玄関で出迎えてくれたルーシーと一緒に居間へと顔を出すと、確かにローラがうんうん唸りながらテーブルに置かれた紙とにらめっこしていた。
そしてテーブルの他の場所にはクシャクシャとした、おそらく失敗作の――
「折り紙やってたのか。何作ってるんだ?」
「うー。鶴ってどうやって折るの!? ルーシー! もう一回教えて!」
……初心者には難易度高すぎん?
「ローラ? 折り鶴は初心者には……、むずいぞ? もっと簡単なやつからで良いんじゃ?」
「でも~……。千佳ちゃんにあげたくて……」
「今朝の娘に?」
「うん。千佳ちゃん、ちょっと元気ない時があるから、これどうぞってしたい!」
事情は知らないはずだが、ローラはいい子だな。涙出てくる。
それに比べて、となりの銀髪偽おロリ殿ときたら、嬉々として凄まじいスピードで折り鶴を折っている。
「ふっ! 折り鶴高速折りじゃ! 50年ほど前はこれで稼いでおったからの! 年季が違うわ!」
確かに10秒足らずで折るのは凄いが、これは色々と酷い。
「おめー! 教える気ないだろ!」
「技とは盗むものじゃよ」
「今、技は関係ないだろうが! 遅くてもいいから、正しいやり方を教えやがれ!」
こんなだとローラが鶴を折れないのも納得だ。というか、このおばばに任せると碌なことにならなそうである。
これでは晩飯作るどころではないので、俺からローラに折り方を指導する。
「まずは、四つ折り。こう」
「こうだね。これは簡単」
このくらいなら、まだついていけるだろう。
「その状態で、折り目を付けて――」
などなど、一つ一つをゆっくりと教えていくと、労せずにローラも折り鶴を完成させていた。当のローラは万歳して喜んでいる。
「やっぱり、おめーの教え方……、教えてもいないから、お前が悪い!」
「ほーら、
聞いてねーな、コイツ。
ちなみに
「……ったく、鶴だったらこんなのはどうだ?」
「あっ! ハートマークみたいで可愛い模様になってる! これどうやって作るの?」
「はいはい。教えるから、一緒にやってみような」
「うん!」
ローラは俺の提案した折り鶴も気に入ってくれたようだ。鶴を折りながら自分の世界に入っていたであろうルーシーもチラッと視線を向けて、一言。
「ふむ。お主も少しは、やるようになったの」
「できなきゃ、おばばがうるさいからな」
「では次は
「おめーは
……と、我が家では、こんな感じで夕食後も遅くまで、折り鶴大会が開かれていたのであった。
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