第48話 夜の学校 逃亡劇
――コツコツコツ。
深夜の学校で、俺達の歩く足音だけが廊下へと響き渡っている。その音は深い闇の中へと溶け込むように静かに消えていった。
「……誰もいない夜の学校怖いな!」
「今更かよ!?」
「ほら、俺の場合は歩いてると七不思議達と会えたから、一人でポツンといるって感じが無くて……」
これが普通の人達が感じていたものだったのかと妙に納得してしまった。忍にはツッコまれてしまったが、今まで分からなかったことが理解できるのは新鮮だ。
三階をくまなく歩き、二階へと移動する。今のところ怪異の気配は感じない。
「そろそろ出てきてくれないかな? 出なきゃ出ないで調査に来てる身としては困りもんだし……」
「出来れば帰りたい……」
「ローラさんや……、ここで一人にさせるわけにもいかないから我慢なさい。とりあえず、くっ付いておけばいいから」
「はあい……」
俺の腕を手に取り、一時も離れてなるものかといった態度のローラさんであった。霊視を覚えた頃もこんな感じではあったが、目を
「ねえ、あれ……!?」
「なんだありゃあ!?」
美里さんと忍が
表情が分からないというのに、敵意だけがはっきりと伝わってくる。
「ローラ、俺の後ろに」
彼女は無言でこくんと頷き、俺の背後へと二、三歩下がる。
今の俺達は小学校へ演劇指導という名目で訪れていた後での調査のため、武具になりそうな物は持ち合わせていない。
三者三様に怪異と対するため、構えを取る。
確か空手の……
忍達は、掌を開き両腕を前に出す防御主体の構えを取っている。格上と対する際に用いられると聞いたことがある。
俺はというと、左半身を相手に向け、身を引き締め左腕を畳んで相手へと向けている。
俺達と怪異が向き合い、数秒程の静寂が辺りを支配している。
「……!」
殺気を放ち無言のまま怪異が俺達へと猛スピードで迫る。奴が接近したのは美里さんだった。
(相手の攻撃は見える。なら……)
美里さんが両腕に魔力を
「せいやっ!」
美里さんが前に突き出した腕を回しながら怪異からの攻撃を受けて防御している。その攻防の隙を縫って忍が怪異の真横へと回り込み正拳突きを叩き込む。
下地があったとしても二人とも実戦でここまで動けるか。……美弥さん、月村さん、相当しごいたな。こりゃ……。
怪異も二人の反撃に一歩下がっている。忍と美里さん、二人の連携では不利と見たか、ローラを背にして一人の俺へと狙いを定めて接近する。
触手の様に不気味にうねる腕を紙一重で
奴が宙へと舞ったその刹那――
「はあっ!!」
奴のどてっ腹に両手の掌底を重ねた連撃を放つ。
「ひゅ~。アレ、吹っ飛んでったぜ」
忍と美里さんはこちらが優勢とみたか、奴へと向かって行こうと姿勢を僅かばかり低くして足へと力を込めている。が、それを俺が制止することとなった。
「よし。逃げよう!」
「「「……へっ!?」」」
俺以外の三人が素っ頓狂な声を上げる中、ローラを脇に抱え奴を背にして夜の校舎の闇の中へと進んでいく。
「二人共、早く!」
「お……、おう!」
「は……はい!」
二人が指示に従い、俺の後を遅れないように疾走してきている。とりあえず奴と距離をとって安全圏まで来たところで、四人で状況を整理することにした。
「実際に触れてみて分かった。ありゃ本体じゃねーや。おっちーさんが遅れを取るわけだよ。あれだと倒しても倒してもキリがない」
「じゃあどうするんだよ!?」
「
その説明を聞いて、美里さんが疑問を持ったようだ。
「功くんでも無理なの?」
「俺、呪いとかできないの。
どちらかというと、呪いを祓う方が専門の人間なのである。
「本体を探そうにもノーヒントじゃあ時間が掛かりすぎるしな。とりあえず今は戦略的撤退を……。あっ……」
「コウ? どうしたの?」
俺が何かを思いついたと察したらしいローラが、こちらの目をまじまじと見詰めている。
「ローラ、篭手は持ってきてるか?」
「えっ? うん、あるよ。念のため持ってきてる」
なら好都合。ただ逃げるだけだと
「三人ともちょっと耳を貸せ」
この場の人間は俺達だけなのでコソコソ話する必要もないのだが、念のためと言うやつだ。
作戦会議を終えた俺達は再び怪異と向き合っている。
「おーにさんこちらてのなるほうへ!」
ぱんぱんと手を叩きながら、怪異の気をこちらへと向ける。どうやら奴は目につく者に手あたり次第に襲いかかっているらしい。
無言のままこちらへ迫りくる怪異ではあったが、その歩みは奴の思惑とは裏腹に止まらざるを得なかった。
「ばーかばーか! 何の準備もなく顔出すわけねーだろ!」
奴は俺が張った結界でその場から動けずにいる。それを無理やり抜けようとあがいているようだ。
「ノリノリだな。あいつ……」
「あの悪戯っぽい笑い方……、ルーシーそっくり……」
なんか
「なにかな~? そんなに俺と遊びたいんなら結界といてやるよ!」
ぱあんと手を叩き、廊下に張った結界を解除する。すると予想通り奴は俺へと突っ込んできた。
しかし俺としても相手をする気は更々ないので、背を向けて走り出す。
「じゃあな! あんまり校舎を傷つけるなよ。やりすぎると俺よりおっかないのが来るぞ」
第三者からは負け犬の遠吠えに聞こえるかもしれない。だがこれは戦略的撤退だ。絶対にそうだ。
少しばかり走ったところで、あらかじめ開けておいた窓から校舎の外へ逃亡するために身を乗り出そうとする。
「二人共、この高さなら大丈夫だな?」
「うん。何とか行ける」
「大丈夫だ。それよりも……」
ここは二階。訓練を受けている忍達は問題はないだろうが、彼が心配しているのはローラの方だった。
「俺にしがみついてろ。良いな? 外に飛んだ直後は俺の言うとおりに」
こくんと頷く緊張した表情のローラを抱っこする形で、二階の窓から飛び降りる。
窓から飛び降り、自分達の体を空中へと放り出したその瞬間、ローラが俺の補助ありで魔力糸を発動させる。
糸が幾重にも編み込まれ、ロープほどの太さになったところで――
「ここでヘビさんにしてるみたいに……!」
彼女の異能である『霊体の実体化』をローラが、その魔力で作られたロープに対して発動させる。篭手のオプションで装着されている
「おお! 月村さんいい仕事してる!」
成人男性くらいなら引っ張れるとの触れ込みの通りで、俺とローラは先に着地していた忍達に続き、無事に着地に成功した。
「今日はここまでだ。来たかったらその階と校舎の外を隔ててる結界を自分でどうにかするんだな。まあ、朝になれば消えるからそれまで我慢しても良いぜ! じゃあな!」
そう言って小学校の敷地からの逃亡を成功させた俺達であった。
「これで少しは
「功くん……、二階全部を覆うくらいの結界なんてよく短時間でできたね……?」
近くの公園で休みながら雑談していると、美里さんが感心しながらそんなことを質問してきた。
「あれ? あれな、小学生の頃に色々と練習で仕込んでたやつ。効果を見るのに、昔は俺vs七不思議達での鬼ごっことかで使ってたんだよな」
「お前の小学校時代ってどんなだったんだよ!?」
「だってー。時速100キロで移動できるテケテケのてっさんとか、罠張らないとすぐに追いつかれるし……」
忍が思わずツッコんでしまっていたが、それが今回は役に立ったのだから良しとしよう。こんなのができるのはOBの特権である。
「コウ……、そろそろ降ろして……」
小学校から公園まで抱っこ状態で運ばれていたローラが少しばかり顔を赤くして、そう懇願していた。
「ああ、悪い。ほら」
ローラを降ろすと困ったような顔をしている。どうしたのかと思っていると、聞きたいことがあったらしい。
「わたしの魔力糸からのロープを作るのが失敗したらどうするつもりだったの?」
訓練していたとはいえ、ぶっつけ本番みたいになってしまったことが気になっていたようだ。
「その時はロープ無しで着地するだけだな。何とかなるだろ、あの高さなら。……万一、腰とかにダメージ……もしかしたらあったかも?」
そう、このセリフ。最後は言うべきじゃなかった。その最後の言葉を聞いたローラさんは、抱っこされていた時とは全く違う怒りが籠った真っ赤な顔で叫んでいた。
「わたし、そんなに重くないもん!!」
その咆哮と共に俺の足を思いっきり踏み込んできたローラさんであった。
「いっでええええええ!?」
「ふんだ! もう知らない!」
足を踏まれてピョンピョン跳ねている俺を見ていた忍と美里さん、特に美里さんから苦言が飛んできていた。
「……功くん……ちょっとデリカシー持った方が良いよ……」
本日の調査、怪異からのダメージはなかったものの、ローラさんのお怒りを買ってしまったことで、とても痛い思いをしたのでした。
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