第47話 七不思議達との再会

 もっさんがガラッと音を立てて教室の扉を開く。それに続くように足を踏み入れると――


「何があった? 普段は各居場所に陣取ってるはずの七不思議みんなが全員集合してるって……」


 普段は聞きなれない俺の声に、その場にいた怪異たちが一斉にこちらを振り向く。人型のは存在は目を見開き驚いているようだった。そして数秒後、みんなが俺の方へと近づいてきていた。


「功だー! どうしたんだ!? うわー久しぶりだ―!」


「てっさん、相変わらずその急ブレーキはたくみの技ですな」


 『テケテケ』のてっさん。上半身しかない幽霊で時速100キロで迫りくるとされる学校の七不思議の一つ。そのスピードを以って一瞬で俺へと迫りくるが、眼前10センチでピタッと止まって挨拶してくれた。


「何で!? 卒業生が来たのか!? しかもまだ人がいるぞ!」


「なあ……? 年中、海パン姿で寒くないのか?」


「この学校からプールがなくなって随分立つから、今はこの教室でダラダラしてるだけだしなー……」


 この海パン一丁でプール帽子を被っている子供の霊は、プールの授業中に水中に引きずり込むと言われる存在だ。

 昨今、学校のプールも老朽化のため校内プールは廃止して、自治体で経営している市営プール等で授業をすることもあるので、実質上引退となっているらしい。


 その他には夜中に動く二宮金次郎像や目玉が動くモナ・リザの絵画等もあったりする。みんな久々なのでゆっくり話したいところだが、遊びに来たわけではないので用件を済ませるとしよう。


「……おーい。三人とも固まってないで、はよおいで」


 俺が教室へとズカズカ遠慮なく入っている一方で、その他三人はどうしていいか分からなくなっている。というより、今の状況に理解が追い付いていない状態のようだ。


「……はっ!? わたしは何をしてたんだっけ!?」


「美里、しっかりしろ! 気持ちは分かる。けどここで怖気づいたらダメだ!」


 忍と美里さんの二人は何とか正気を保ったらしく、勇気を持って教室へと足を踏み入れた。一方ローラはというと……。


「…………」


「ローラさーん? ろおらさあん?」


「…………」


 心ここにあらずかな? ならば!


 ――パアン!


 ローラの目の前で手を叩き、意識をこちらへと向けるように仕向けてみる。


「だ……大丈夫。大丈夫だから。うん、キョウシツニハイロウヨ」


「そんなに緊張するなって。気の良いのしかいないから」


「そんなこと言われたって……」


 少しばかり涙目になっているローラであったが、俺と腕を組む形でなんとか入室を果たした。


「しっかし……花ちゃんはどこだ?」


「アタシなら、さっきからここにいるワヨ」


「すまん! ちっさくて分かんなかった!」


「一人でデカくなったアンタが悪いヨ!」


 トイレの花子さんこと花ちゃんは四年前と一寸違わず、おかっぱ頭に赤いスカートの女子霊だ。小学生の頃は俺の方がちょびっと背が高いくらいの違いしかなかったのだが、今では彼女が俺を見上げる形となっている。


「……コウ、さっきから何話してるの? わたし全然わかんない……」


「あ……。すまんすまん。昔のノリで話し込むところだった」


 俺はともかく、ローラ達は霊の声が聞こえない事を失念していた。というわけで、人体模型のもっさんへと協力を要請する。


「ごめん、もっさん。七不思議みんなの喋ってる事を通訳してもらえん?」


『オーケーだ。今日の僕は大活躍だねえ! 実体があるアドバンテージだ』


 二つ返事で承諾してくれたもっさんの助けを借りながら、この教室で情報収集を行うこととなった。


「……でだ。何でみんなしてこの教室に集まってるんだ? 普通はこんなことしないだろ?」


「それな。最近、七不思議ぼくら以外の変なのが学校をうろついてるんだ。しかも襲いかかってくる奴で困ってたんだよ」


七不思議みんなの大半は、そこまで強いわけじゃないにしても……、おっちーさんみたのだっているだろ? あの人、バリバリの武闘派だろうに」


 俺と七不思議達の会話を聞いていたローラ達であったが、俺が彼らをあだ名で呼んでいることで、何が何だか分からなくなってしまったらしい。比較的この場に気圧されていない忍から質問をされてしまった。


「おっちーさんって誰だよ!? 何が何だか……は良いとして、いや良くはねえが、もうちょっと分かるように話してくれ」


「あー……。すまん。おっちーさんってのは、忍の後ろにいる学校の七不思議、『落ち武者の亡霊』のおっちーさんだ」


「おわああああ!?」


 忍が後ろを振り向くと同時に奇声をあげてしまう。ほんとは校庭に現れるらしいのだが、今日は全員集合という事でこの場にいる。学校の近くにある古い史跡が関係しているとか。


「情けない話ではあるが……、我でも太刀打ちできずこのざまだ……」


 おっちーさん、落ち武者ではあるが戦国期に血で血を洗う戦いを最前線で繰り広げたらしい猛者である。傷ついた鎧の下からは幽霊らしからぬ鍛え抜かれた肉体を覗かせている。

 そのおっちーさんが生前に負っていた傷以外に、その学校をうろつく怪異と戦ってできた傷があちこちに見えていた。


「……成程。おっちーさんでも敵わなかったから――」


「そう、アタシ達全員が夜になると、この幻の四階に避難してたんだヨ。一応、模型とテケテケが交代で巡回に出てたんだけどネ」


「その巡回中でもっさんが俺達に会ったと……」


 思っていたよりも事態は切迫していたらしい。


「とりあえず状況は分かった。結構危険そうだからローラはここに置いて行こうかな?」


「……えっ!? ちょ!? 何で!?」


「ここにいる方が安全そうだしなあ……。術者としての才能はあるとしても、まだ戦闘のせの字も教えてないわけだし……」


 俺の提案にローラの顔がサーっと真っ青になっていく。


「ねえ? もしかして功くんって……、幽霊とかが平気過ぎてローラちゃんが怖がってるの分かってない?」


「あいつ……、頭では分かってそうだけど、感覚的な部分では絶対に分かってねーぞ」


 俺とローラの様子を伺いながら、小声でそんな会話をしていた忍達であった。


「だったら、功の近くにいた方がいいわヨ。万が一、アレがこの教室にまで押しかけたらアタシ達じゃどうしようも無いからネ」


「む。花ちゃんと話してると面白いから良いかとも思ったんだけどな」


「そうしたいのは山々だけどネ。それはアレを倒してからでも……。アナタ、ローラって言うノ?」


 花ちゃんがローラの事をまじまじと観察している。その圧力に思わず俺の後ろへと隠れてしまうローラであった。


「最近話題のローラちゃんネ! ホラこれ見てヨ!」


 花ちゃんが取り出したのは、新聞記事の様な見出しと細かい文字がびっしりと書かれた一枚の紙であった。それを手に取り読んでみる。


「なになに? ローラちゃん、六年〇組の××君に告白される! 相手は撃沈か!? ……花ちゃん、相変わらずゴシップ好きだね」


「トイレにいるとネ。自然と噂話が耳に入ってくるノ。特に高学年になると恋愛話できゃーきゃー言ってるワ。この新聞、アタシが書いてるわヨ」


「えーと? ローラちゃんの不敗神話こうさいおことわりはどこまで続く!? 彼女をおとすのは誰だ!」


 などなど、『花子新聞』と銘打たれた週刊で発行されているらしいその新聞には、大体がローラの話題が記載されている。


「ふぇー。ローラちゃんモテるね」


「俺が男子達から敵視されるわけだ。ここまでとは思わなかった」


 まじまじとその記事を読んでいるとプルプル震えながらローラがその新聞を奪い取って、教室の隅へと逃げてしまった。


「ダメっ! 見ちゃだめええええ!!」


 ちょっとだけ涙目になってしまったローラだった。


「別に良いじゃないか。うちのロリ婆なら自慢するぞ。ワシ、モテてしまってすまんの~。くらい言って」


「何でこんなのあるの!? 聞いてないよ!」


「まあまあ……、七不思議こいつらって基本的に暇人なんだよ。日常に何かしらの潤いがないと、ただボケーっとしてるだけになるからな」


 なので、特に花ちゃん辺りはこうして新聞作成にいそしんでいるわけだ。

 俺とローラのやりとりの後方で、忍と美里さんが別の新聞を見てひそひそ話をしている。


(……この新聞の見出し。ローラちゃんのお兄ちゃん自慢!? 謎のお兄ちゃんとは一体!?)


(……なあ、アイツが男子に敵意持たれてるのって……、これのせいじゃね?)


(功くんには見せないでおこうか……)


(だな。面倒事になりかねねー)


 その後、ローラを何とか説得して謎の怪異を探索すべく、現実世界の校舎へと降り立ったのだった。


 ちなみに七不思議達の音声を訳していたもっさんだが、月村さん謹製の声帯ユニットは老若男女の音声再生も可能なので、その話声は臨場感にあふれていましたとさ。

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