第24話 意外と便利なヘビ

 蛇が家に来てから数日。対策室より仕事の電話が掛かってきた。


「お久しぶりね。室長がお忙しいから、私からの連絡だけど構わない?」


「ご無沙汰しています、凛堂りんどうさん……、じゃなかった。今は月村さんですよね。どうぞ」


 月村つきむら美弥みやさん、旧姓を凛堂りんどうさんといい、六年前から、色々とお世話になっている方だ。


「解体工事中の廃ビル作業員に干渉している霊がいるらしいのよ。その霊を説得して成仏させてあげるか――」


「もし説得できない場合は、実力行使で祓うか……ですね?」


「ええ……。できれば荒事は避けて欲しいのだけど……」


 それはあちら次第といったところだ。こちらとしても無用な戦闘行為は避けたい。


「承知しました。今日の夜中にでも行ってみます」


「お願いね。それと、たまには対策室こちらにも顔を出しなさい。うちの夫も会いたがってるわ」


「……そ、それはそのうちに……」


 少しばかり言葉を濁してしまったが、あの人は顔を合わすと色々とめんどいのだ。できればあまり会いたくない人の一人である。

 そうして電話を終えると、家の面々が俺へと視線を向ける。


「仕事かの? 久々に美弥にも会いに行きたいのじゃが……」


「だったら行ってみればいいだろ」


「ワシの事を知っておる人間は上層部ばかりじゃからの。ワシだけで行っても不審者扱いされそうでな」


 見た目がのじゃロリ、または誤魔化して老婆の姿だとしても非公式国家機関を尋ねる時点で警戒されるのが目に映る。


「……そのうち俺が行くだろうから、その時に一緒に行くか。どのみちローラの件でも色々と情報共有も必要だし」


 その後は適当に過ごして夜になるのを待っていたのだった。











 日付が変わるか変わらないかくらいの深夜。俺は駄蛇刀を竹刀袋に入れて肩に掛けながら廃ビルへと向かっていた。


「どこ行くヘビ? ってか何しに行くヘビ?」


「おめーは昼間の話を聞いてなかったのか?」


「聞いてたヘビよ。小僧が霊になってる人間をこないだの蛇みたく暴力で解決しに行くヘビ!」


 凄まじく人聞きが悪い言い方だ。どうせこの場で駄蛇の言葉が聞こえているのは俺だけなので問題はないのだが。


「二人っきりなんてつまんねーヘビ。なんで娘っ子を連れてこなかったヘビ?」


「ローラは偽ロリと一緒に色々とお勉強中だ。あの子はまだこっちの世界を知って日が浅いからな」


「現代はめんどくせーヘビ。蛇が大蛇だった頃には普通にいた存在が無かったことになってるヘビ」


「完全に無かったことになってないだろ。八岐大蛇おまえだって言い伝え程度には知られてるし、宗教やオカルトって形で残ってはいる」


 駄蛇は数秒目を閉じ、少しばかり考え事をしていた。

 今の自分を『分かる』存在がほとんどいないことに思うところがあるのかもしれない。


「小僧は現代じゃ変わり者になるヘビ?」


「まあそうだな。俺の場合は本当に生まれつき色々と分かるから……」


 駄蛇はむぅ……っとうなった後で、俺に一言。



「つまり小僧は根暗のぼっちってことヘビね!」


「ぶっとばすぞ! てめえ!」


「あー! ムキになったヘビ! 図星ヘビ! へ〜びびびびびび!!」


 ムカつく笑い声が耳元で響いてはいるが、そこは我慢して廃ビルへと辿り着く。


「連絡があった……場所は……っと」


 コツコツコツと俺が階段を踏む足音だけが聞こえている。暗闇なんてものは慣れてはいるが、それでも隣の駄蛇がうるさく騒いでいるので、そっちが気になってしまう。


「あー。つまらないヘビ。早く終わらせて酒飲みたいヘビ~」


「何で打った刀から、お前みたいなのが出て来たんだか」


「蛇みたいな、つえー蛇を宿していて何が不満ヘビ!」


「駄蛇以外の何者でもないだろうが!」


 くだらない雑談をしながら目的のフロアへと辿り着く。すると確かに近くの柱に腰掛けている老人の霊がそこにいた。服装からすると、時代的にそこまで昔という感じはしない。だいたい2、30年前から最近といったところだ。


「失礼。最近、ここで作業している人達に何かを訴えようとしているのは貴方ですか?」


「……見えるのか? 声も聞こえてるのか!?」


「まあ、そういう人間ですので」


 幽霊さん、俺と普通にコミュニケーション取れることにかなり驚いている。そして俺の背後から駄蛇も姿を現す。


「蛇は蛇だヘビ。そこの霊、こいつはおっかねーから、大人しく言うこと聞いた方がいいヘビ。でねーと蛇みたく大槌でガンガン叩かれた挙句、刀にされるヘビよ!」

「それはお前だけ。うちの駄蛇がすいません。俺は貴方の事情を聞きに来ただけです。もし何か困っていることがあれば相談に乗りますが……」


 目の前の幽霊さんは数秒程、こちらを向きながら考え事をして意を決して口を開く。


「実はな……。ここで工事している作業員なんだが……」


 意外だ。こう言ってはなんだが意外だ。こういった場合、自分のいる廃ビルを壊すなとか、ここで大切な物を失くしたから見つけるのを手伝って欲しいとかが多いのだ。それが作業員に関することとは思わなかった。


「どうも危なっかしくて見てらんなくてな……。色々と注意していたんだが……」


「具体的には? あの……、もしかして現場作業とかされてた方ですか?」


「ん……。ああ、これでも昔は現場で頑張って稼いでいたもんだ」


 ほう、同業の先輩ということで思わず口出ししてしまったと。


「それでな。この夏場だ。こまめに休憩取って水飲めとか、二日酔いで現場に出るなとか、寝不足は駄目だとか……、つい……な」


 この霊の言うこと自体は正論である。問題はその訴えが聞こえずに作業員からすれば不快な何かにしか感じないところだろう。


「ついでにどこの風呂屋の女が良いとか、女と寝るときはどうするかとか、作業中にそんな話はするなとも……文句を言っちまってな。男だから仕方ねえが……」


 ……ローラさん、連れてこなくて良かった。マジで。声を聞いたりはできないだろうが、この駄蛇が近くにいると面倒なことになりかねない。


「ええと……。その辺はうちの人間を通じて、このビルで作業している方々にはお伝えしますから、もうご指導は止めていただけると……」


「けどなぁ……。やっぱり男なら遊んだ時は〇〇〇に×××で△△△だろ! 兄ちゃんもそう思うだろ? なあ! 俺の主張も聞かせてやったんだが、悪くはないだろ!! もっとハードでもいいくらいだ!!」


 ※お見苦しい言葉の羅列となりますので、一部伏せております。


 ……ず、随分とお盛んな人だなあ……。


「兄ちゃんよ! 良いか! 女に貢ぐときには――」


 現場作業の注意主体じゃなく、主にこれを叫んでいたら、勘の良い人は聞こえなくとも耳障りどころじゃない。大迷惑だ。


「兄ちゃん! 聞いてるのか! おい!」


 幽霊さんの言葉には耳を貸さずに、俺は駄蛇の首の部分を握ってびょーんと全身を伸ばした後で、今度は尻尾に近い部分を握ってぶんぶんと振り回している。


「何するヘビ!? しかも……、ななななななんで……蛇を振り回してるヘビぃ!?」


 今の駄蛇はいわば投げ縄状態。後は目標に向かって一直線に向かっていくのみだ。


「さあー。行ってこーい!」


「へびいいいいいいいい!?」


 涙を流しながら絶叫している駄蛇は、見事に幽霊さんに巻き付き彼を拘束する。駄蛇は俺の刀と繋がっているので、そのまま幽霊さんをこちらに引き寄せることも出来るのだ。

 俺は幽霊さんの眼前に自分の顔を接近させ、こう言い放った。


「良い大人が下らない事してないで、もう作業員に何も言わないか、この場であの世に送られるか、今までしたことを後悔するくらい俺に引っ叩かれるか、好きなのを選べ」


「わ……わるかった……。つい出来心でやっちまっただけなんだ……」


「現場の注意だけなら仕方ないと思いますが、そんなの言われた続けた日には不快になって集中切らす人だって出かねないんですよ! それで事故が起きたらどうする気ですか!!」


 幽霊さん、生前の自分よりかなーり年下の若造に説教され、その威圧感から顔が引きつっている。


「わ、分かった! すまないが……、あの世の行き方もよく分かんなくてな……。頼めるか?」


 はい、あの世コース一丁。持って来ていた神葬祭しんそうさい道具一式を並べてそのまま祭詞さいしを唱える。

 幽霊さんに巻き付いていた駄蛇はボソッと文句を呟く。


「やっぱり暴力で解決したヘビ……。この場合は恫喝ヘビね」


 人聞きが悪いな。これは誠心誠意の説得というのだ。


 そうして神葬祭終了と同時に幽霊さんはあの世へと旅立っていった。俺を見て泣きそうな顔になっていたのは秘密だ。







 その帰り道、蛇は俺へと色々と苦情を捲し立ててきていた。


「ひでーヘビ! 蛇は縄じゃないヘビ!! 人権みたいな蛇権はどうなってるヘビ!!」


「……お前、意外と便利だな。お前の運用法を本格的に考えてもいいかもしれないな。他に何ができる? 火を吐くとか、洪水起こせるとか、雷落とせるとかないのか?」


「出来るわけねーヘビ! 八岐大蛇だったら可能かもヘビが、今の蛇はぷりちーが取り柄の蛇だヘビ!」


 世の中はそう簡単にうまくいくようには出来ていないらしい。というかプリティが取り柄ってなんだよと心の中でツッコんでいた俺であった。

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