第25話 色々調べられるヘビ

 ある日の早朝。朝食の支度をするため、キッチンで調理をしていると玄関の呼び鈴が鳴り響いた。


 この朝っぱらから誰だ?


 そんな不信感を覚えたが、玄関のドアの向こうから嫌な気配が漂っている。絶対開けると面倒事になるやつだコレ。そんな予感があり、外の人物を確認するためドアスコープから覗き見を敢行する。


「……よし、まだ寝てる振りしよう」


 そろ~っと玄関から離れようとすると、ドアをガンガンと叩く音が家中に響き渡った。


「おーい! 朝飯の匂いしてるぞ! 起きてるのは分かってるんだ! 早く開けろ!!」


「近所迷惑だから止めてください!!」


 仕方なく玄関のドアを開き、早朝近所迷惑人間を家の中へと招き入れる。


「で? 何の用ですか、月村さん?」


彌永いよなが元室長から聞いてな。お前の刀、面白いことになってるらしいじゃないか。というわけで見せろ! すぐ見せろ!!」


 この三十代手前で顔はイケメン、高身長で少しばかり長い髪を後ろで結っている男性は月村つきむら真司しんじさんといい――


「コウ? どうしたの? ドアを叩く音が……。あれ? イヨナガさんのお家で見た写真に写ってた人?」


 ローラが目を擦りながら玄関へと現れた。その彼女の言う通り、月村さんは対策室の一員であり、六年前から色んな意味でお世話になっている(なりたくなかった部分もある)お方なのだ。


「君がローラちゃんか。初めまして。君も一緒なら好都合。君の能力もこの目で見たかったところだし、例の蛇とやらと合わせて色々と確認させてもらおうか! はーはっはっはっ!!」


「ひっ!? あの人……、怖い……」


 玄関で高笑いする月村さんに恐怖を感じてしまったローラはびくっと震え、俺の背中へと隠れてしまう。

 この月村さん、天才的な頭脳の持ち主であり霊や妖怪なんてのを科学的に研究していたり、俺も子供の頃に勉強を教えてもらったりもしたのだが、如何せんマッドサイエ……、ではなく頭おかし……、でもなく性格がイって……、これも駄目だ。好奇心旺盛(分厚いオブラート包み)であるため、できれば顔を合わせたくない人なのだ。


「おー、真司か。久しいの。元気じゃったか?」


「ルーシーさん、お久しぶりです。相変わらずお美しい」


「お主ふつーにしてれば、顔は良いというのに損しとるよな」


「これは手厳しい」


 玄関に顔を出したロリ婆の嫌味もさらっと流す月村さんだが、早速とばかりに本題を切り出した。


「それでだ。その八岐大蛇だかが宿った刀を見せてもらおうか!」


「うん、駄蛇、がんば」


 俺は言われるがまま月村さんに部屋から持ってきた鞘に納められた駄蛇刀を投げ渡す。


「ヘビ!? なんだヘビ!?」


「ほう……。話には聞いていたが、功が大槌で鉄を打ってこうなったらしいな。しかも骨が見つかった時にはかなりの瘴気や怨念をまき散らしていたというのに、それを感じない……。ちょっとこれで確認するか」


 そう言って月村さんが懐から取り出したのは、小型の計測器みたいな物だった。また怪しげな物を作ってきたなと内心呆れていたのだが、その検出部を駄蛇の方へと向けている。


「ふむ。怨念メーターver4では、ほぼゼロとなっている。骨が見つかった出雲や安置されていた神社でさえ、少し反応があったというのに……」


 怨念メーターってなんだよ? しかもver4ってどんだけ改良重ねてんだよ。それにわざわざ出雲まで調べに行ったのか?


 そんなツッコみを心の中でしていたのだが、駄蛇は嘗め回されるように見られてしまい委縮している。


「へ……ヘビィ!? 剣でサクサク斬られるとは違う恐怖を感じるヘビ!? コイツ……やべーやつヘビ!?」


 蛇だというのに蛇に睨まれた蛙状態になってしまった駄蛇だが、月村さんの猛攻とりしらべはまだまだ続く。


「さっきからパクパク口を動かしてはいるが、言っている事は分からん。功とルーシーさんは聞こえているのか?」


 月村さんは『視れる』人ではあるが、それだけである。

 俺達はうんうんと頷くと月村さんは俺の後ろにいるローラの手を引き、刀を差しだした。


「僕にはこの蛇が何を言っているのかが分からないから、物質化をしてくれないか? 君の力も見れるし一石二鳥!」


「は……はいぃ!?」


 ローラさん、若干恐怖を感じながら刀へ触れると駄蛇が実体化したらしい。その瞬間を目撃した月村さんは目を見開き、歓喜の声を上げていた。


「……面白い! これは面白い!! おお!? 普通にさわれる。質感も蛇そのもの! 刀にはどう繋がっている?」


「止めるヘビ! お願いですから止めてくださいヘビ! 蛇はか弱い蛇だヘビ!」


「声も聞こえるか……。ふふふ……」


 あ、完全にスイッチ入っちまった。


 こうなってしまっては、月村さんは満足するまで止まりはしない。駄蛇は口を開かれされて舌や歯も観察され、瞼を開かれ眼球の動きも記録され、全身を触診で撫でまわされ、ついには――


「ほーら、怖くないよー。すこーし鱗を採取するだけだからねー」


「いやヘビ!! もうやめてヘビ! 蛇の鱗は蛇の大事なものヘビ!?」


 涙目になっている駄蛇を尻目に持参してきたピンセットで体の一部をゲットしようとしている。


「これはな? 人類の技術進歩のための大いなる第一歩になるんだよ……。本当ならこのまま解ぼ……、こほん、内視鏡とかで体の中も確認したいのだが、道具不足だから許してほしい」


 おい。今、解剖って言いかけたな?


「助けてヘビ~! コイツ、今まで出会ったどの人間より恐ろしいヘビ!! 武器も持ってない人間が何でこんなに怖いヘビ!?」


 俺も駄蛇をぞんざいに扱っているが、流石に可哀そうになってきたので、月村さんの肩に手をやり止めにかかる。


「すいません。そろそろ勘弁してください。こんなのでも無いと戦うときに困るんです」


「功……。俺の知的探求心のブレーキは元から搭載されていない! ただ進むしかできないんだ!!」


 クワっと目を見開き、邪魔をするな(意訳)とのことだが、一度落ち着かせる必要がありそうだ。

 仕方ないので、気絶させるか……と腹を殴るために拳を握っていた。が――


「いい加減にしなさい!!」


「おわっ!?」


 気配もなく接近していた人物に、月村さんは手首を掴まれ体ごと一回転。そのまま床へと叩きつけられていた。聞き覚えのある声だったので当事者の方に目をやると、よく知った方が目の前に佇んでいた。


「美弥さん!? なんで……って。すいません……。止めるの少し遅かったですね……」


「構わないわよ。うちの夫がとんだご迷惑を」


 床に叩きつけられ、ピクピクとしている月村真司さんの横でペコリと頭を下げる女性の姿があった。

 年齢は旦那さんと同じで少しばかり茶色が混じっている髪を後ろで束ねている月村つきむら美弥みやさん。信じられないが、あの性格をした月村真司さんの奥さんである。


「あ……! この人も写真に写ってた!」


 ローラも心当たりがあったらしく、少しばかり驚いている。


「美弥か。真司もじゃが、相変わらずじゃの」


「ルーシーさんもご無沙汰してます。ご挨拶に伺いたかったのですが、なかなか時間が取れずにすいません」


「気にするでない。そのうちこちらから行こうと思っとった」


 簡単に挨拶を済ませると、美弥さんの後ろで小さな影が動いているのが見えた。


「ほら、真也。ごあいさつ」


「お……おじゃまします……」


 そこから出て来たのは、月村真也しんや君といい、彼女らの息子さんだ。まだ3歳の可愛い子である。


「真也。おひさ」


「にいに~!」


「はーい。にいにーですよ。それでこっちはローラねえねーだよ~」


 真也と目線を合わせ、挨拶を交わす。そしてこの子を抱き上げてローラの目の前まで連れて行く。


「か……可愛い……」


 ローラも真司さんの強烈な存在感に当てられてしまったらしく、この子で癒されているようだ。

 それでもって、真也を見るたびに思うことがある。


「お父さんに似なくて良かったね!」


「本人の目の前でそれ言うか!?」


 いつのまにか復活して文句を言っていた真司さんだが、本心からそう思ってしまうので仕方ない。

 ルーシーも二人に息子さんがいたことに驚いている。


「おお! いつの間にかせがれまでおったか! 祝いもせずにすまんの」


「いえいえ、功君には私達が忙しい時には息子の面倒を見てもらってますから」


 そんな会話をルーシーと美弥さんがしているとローラのお腹がぐぅ~っと鳴っていた。そういえば朝食を作っている最中だったのだ。


「ふむ。せっかく月村家全員おるのなら、朝餉あさげを食べて行ったらどうじゃ?」


「でもご迷惑じゃ……」


「別に構いませんよ。少し人数が増えたくらいなんでもないですし」


 との俺の説得により、本日の朝食は六人と一蛇で取ることとなった。だだし、その一蛇はというと……。


「きょ……恐怖ヘビ。現代は怖いヘビ。蛇、危うく腹を捌かれるところだったヘビ……。蛇は美味しくないヘビよ……」


 一人だけガクガクブルブル震えて、月村家一同が帰宅するまで死んだ目をしていたのだった。

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