第23話 数倍浦島太郎なヘビ

「へ~びさん♬ へ~びさん♪ か~らだがながいのね♪ そ~よ♪ へびさんはつ~よいのよ~♬」


「へびさん、お歌も上手だね!」


 あの蛇顕現事件の翌日。現在、駄蛇はローラの能力によって実体化して謎の替え歌を熱唱中。ローラは大喜びでぱちぱちと拍手をしている。


「なんだよ、そのおかしな歌は?」


「ふ……。蛇の偉大さを啓蒙するための蛇そんぐヘビ。これで皆のはぁとをきゃっちヘビ!」


「貴様には真のハートキャッチを教えなければならないみたいだな……」


 リモコンを手に取り、テレビを外部入力へと変えてBDプレイヤーを起動させる。

 奴には蛇などとは比べ物にならない本物を見せねばなるまい。

 

 そこに映っていたのは、大人気アイドルグループ『キラ☆撫娘きらぼしなでしこ』のライブ映像だ。


「みんなー! 今日は来てくれてありがとうー!!」


「「「わああああああ!!!」」」


 センターの娘の挨拶に合わせて盛り上がる観客に、駄蛇は何が起こったかとテレビに食いついている。


「この中に娘達が入っているヘビ? 意味わかんねーヘビ。生贄なのかヘビ?」


「違うよ。これは録画した映像を再生してるんだよ」


「録画? それ何ヘビ?」


 ローラからそういった説明をされ聞き入っている駄蛇だったのだが、意外とそれが面白かったらしく、色々と質問をされてしまっていた。


「じゃあこれは、違う時と場所を封印して、この四角いヤツで見えるようになってるヘビ?」


「封印って、それとは違うとは思うけど……。ほら、こんなのもできるよ」


 ローラは自分のスマホを取り出し、駄蛇と自分を自撮りして見せていた。


「おー!? コレは蛇だヘビ。これ何ヘビ? 鏡とも違うヘビ!」


「これは写真っていって――」


 しばらくローラによる動画&写真講座が開催され、駄蛇はうんうんと頷いている。


「何じゃ? 文明の利器に興味があるんか。まあ、お主の時代では考えられん物ばかりじゃろ。人類はもうかなり前に月まで行っとるし、便利な物も沢山あるでな」


「月って、あの空の月ヘビ?」


 うんうんと頷くローラに対して、駄蛇は小馬鹿したような笑みを浮かべて反論を始めた。


「いっくら蛇が蛇だからって、馬鹿にしすぎヘビ。そんな見え見えの嘘に騙されるほど蛇の目は節穴じゃないヘビ。蛇がヘソで茶ぁ沸かすヘビよ! へーびびび!!」


 おかしな蛇笑いをしながら人類の月面着陸を真っ向から全否定する駄蛇であったが、ローラは苦笑いし、俺とルーシーは大笑いするのを堪えていたのを察してか段々と表情が硬くなっていった。


「………………マジヘビ?」


「大マジじゃよ」


「月ってどうやって行くヘビ!? 飛んでも跳ねても無理ヘビ!?」


 そもそも蛇が飛んだり跳ねたりできるものだろうか? 


 そんな疑問が頭を過ったが、駄蛇は自分の理解の範囲外だったらしく、パクパクと口を開けて呆けてしまった。


「あのな? 現代にはこんなのもあるんだぞ?」


 俺が駄蛇に見せたのは、特撮戦隊ヒーローだ。その中でお約束とも言える巨大化した敵怪人とヒーロー達が操縦する巨大ロボットとの戦闘が映し出されていた。


「……これ……でっかいヘビ? 蛇が八岐大蛇になってもどうなるか分からないヘビ……。変な光とか出してるヘビ!?」


「あー。現代の人類ってこんなの沢山持ってるんだよなあー。もう何十年も年々代替わりで平和を守っている人達だからー。それが全員集合したら流石の八岐大蛇様でもどうしようもないですかー」


 視線を逸らしながら若干棒読みで特撮を紹介していたのだが、駄蛇は段々と顔色が悪くなっていった。


「蛇……、自信喪失ヘビ。八岐大蛇の名は、もう過去の栄光ヘビ……」


 ついには俯いてしまった駄蛇ではあったが、その様子を女性達は困った顔で見つめている。


(完全に騙されとるな……)


(騙されちゃった……。ちょっと可哀そうかも)


 八岐大蛇と言えば、日本では知らぬ者はいないくらいのビックネームではある。それが特撮巨大ロボットを見せられてシュンとしているのだ。


「ふうむ……。ならば蛇よ。今日は街を見て回るか? せっかくこの時代で目覚めたのだ。色々と知っておいた方が良い事もあるだろうて」


「……蛇的に気は進まねーが……、まあいいヘビ。小僧、蛇を持つヘビ」


 るーばあが何を思ってそんな事を言いだしたのかは分からないが、とりあえず従って街へと繰り出す事となった。









「人……、人……、人。人間増え過ぎヘビ! 何でこんなにいるヘビ!? それに何ヘビ? 石造りの? 家? 社? が……、たっくさんあるヘビ!?」


 現在、全員で街中を散策中。駄蛇は竹刀袋ごと俺が背負い、実体化はしていないが袋の口から顔を出して周囲をきょろきょろと興味深く見まわしている。


「驚いたじゃろ? ワシはこれでも二百年以上生きてはおるが、それでも現代に至るまで色々とあったのじゃよ」


「……ところで……蛇が八岐大蛇だった頃から何年経ってるヘビ?」


 日本の神代については諸説あるものの……大体は……。


「二千年とか、それより前ってとこじゃないのか。あんまり昔過ぎて、その辺の詳細までは完全には分からない」


「蛇みたいな存在もそんなにいないヘビ。いても実体を持ってないのばかりヘビ」

「なんだ。神代はそんなのばっかだったのか?」


「そうヘビね。蛇は滅茶苦茶強かったヘビが、それ以外にも人間にとって怖い存在は沢山いたヘビ」


 神代おっかねえ。現代で言うとこの怪異や妖怪やらがその辺に当たり前にいたって事だ。


「あっちに行きたいヘビ! 蛇的に昔に近い雰囲気を感じるヘビ!」


 そんな駄蛇の指示に従い、歩みを進めていると以前ローラと一緒に来た立ち入り禁止区域へと辿り着いた。


「あ。ここは入っちゃダメだよね? 確か……不発弾がいっぱいある所だって」

「ふはつだんって何ヘビ?」


 ローラもここについては覚えていたらしい。


「あー……。ローラは実体化してないお前の声は聞こえないから、代わりに説明する。ここの土の中には爆発……、物凄い熱と火が巻き起こる物が沢山埋まってるんだよ」


「ふーん。物騒な連中ヘビね。蛇が大蛇だった頃にも見たことないヘビ」

「ここにいてもしょうがないぞい。違う所を回りながら、夕餉ゆうげの材料でも買いに行かんか?」


 そこは確かにルーシーの言う通り。せっかく外に出たので皆で夕飯の献立を決めながらの買い物も良いだろう。







 自宅に帰った俺達はその後、夕飯の支度をして食卓を囲んでいたのだが……。


「むむ!? お主、なかなかイケる口じゃの!」


「銀髪! おめーも良い飲みっぷりヘビ! 蛇は手がないから酒を注げんヘビ。おかわり頼むヘビ、娘っ子」


 実体化させた駄蛇に従い、駄蛇のコップに日本酒を注ぐローラの姿があった。

 奴は刀から離れられないうえ、手もないのでコップを持つことができない。よって刀を食卓に立て掛けて、駄蛇は酒が注がれたコップに刺したストローで、ちゅーちゅー酒を吸い取って飲んでいるのだ。


 酒をストローで飲む蛇とか……シュール過ぎん?


 思わず心の中でツッコんでしまったが、魔女と駄蛇はそんなの気にならないとばかりに一升瓶の中身を瞬く間に減らしていく。


「うぃ~。現代は昔と変わりすぎヘビが酒は良いものヘビ。これから毎日飲むヘビ!」


「飲むな!」


「小僧、うっせーヘビ。娘っ子! 大きくなったら蛇に酒を作るヘビ!」


 とんでもねーこと言いだしたよ、この駄蛇。


「え? わたし、お酒なんて作れないよ……」


「簡単ヘビ。まずご飯を口に含んで噛み噛みしたものを――」


 良い子に教えてはならない事柄をことも無げに口にする駄蛇に対し、顎を狙って拳を繰り出す。


「いてーヘビ! 脳髄が揺れて酔いが回るヘビ!」


「子供に口噛み酒の作り方なんて教えてんじゃねえ!!」


 この蛇、やはり駄蛇なのだと再認識した瞬間だった。

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