第51話 ローラさん入門

 夜の校舎から自宅へと戻り、忍者と思しき存在への対策について思案していた。先日に相対あいたいした分身体については俺と忍、美里さんの三人ならば倒すこと自体は難しくはない。

 しかしその分身体をいくら倒したところで、数日後にはまた違う分身体が姿を現してしまう。隠れている本体を叩かなければどうしようもないのだ。


「さて……どうするか……」


 今回に関しては対霊戦闘だけではなく、対術者戦闘も考慮しなくてはないらない。

 頭を抱えていると部屋のドアをノックする音が耳に入ってきていた。


「どうぞ」


「小僧が困ってるヘビ。その忍者ってのは手ごわいヘビ?」


「コウ? 大丈夫?」


 部屋へと訪れたのはローラと駄蛇であり、一目で俺が悩んでいると察してしまったらしい。


「おっちーさんの言う通りだとして、あの子の近くにいたはずの俺も分からないほどの隠形おんぎょうができる忍者の霊だからな」


「それは厄介ヘビね」


 俺と駄蛇が真剣な表情で語り合っていると、一人話題に置いて行かれてしまったいるローラが困ったような雰囲気を出している。


「ええと……? そんなにマズいの?」


「この小僧は冷血ヘビ。けど前に銀髪ルーシーと戦った時の姿を消したヤツは簡単に感知してたヘビ。その小僧を……、小僧の感覚を騙し切っているって事ヘビ」


 冷血なんて単語は余計だが、駄蛇の言う通りなので奴を感知する方法について頭を悩ませているのだ。

 とはいえ、ローラの近くに危険因子がいるのもいただけない。ここはプライドかなぐり捨てて、彼にお願いしに行くべきだろう。幸い明日は土曜日で学校はない。









「――というわけで、月村さん! 忍者発見装置プリーズ!」


「あるか! そんなもん」


「いつも怪しげな装置を俺に見せつけて自慢してるじゃないですか! 忍者発見くらいできるでしょ!」


「僕はなにか!? 未来の世界の猫型ロボットだとでも思ってないか!?」


 本日、学校は土曜日でお休み。対策室は場合によっては出勤している人もいたりするが、月村さんも休日という事なので彼を訪ねていた。

 月村さんの奥様である美弥さんの実家に朝からいるとのことであった。


「真司君、体捌たいさばきがスムーズになったねえ。精進しなさい」


「お義父さん、ご指導ありがとうございま……す……。ガクッ……」


 月村さん、義父である師範に朝から稽古をつけてもらい満身創痍。先ほどの会話も天井を見上げながら頑張って喋ってくれていた。

 しかし、このままでは俺の用件が終わらないので息子さんである月村真也君に助力を仰ぐとしよう。


「真也、パパにフライングボディプレスだー!」


「お前は鬼か!? それとも悪魔か!?」


 真也を抱きかかえ、月村さんへダイブさせようと試みると、一瞬にして意識がはっきりしたらしい月村さんが凄まじい早さで起き上がる。


「親子の楽しい休日の手助けをしようとしただけなのに……」


「どう考えても嫌がらせだろ、それ」


「功くんやりすぎ!」


 忍&美里さんに注意されてしまった。現在この場には、小学校調査チームが集合している。


「あのなあ……。その忍者の霊とやら、お前にも感知させない隠形おんぎょうの使い手ならデータの一つでもないと、どうにもならん。しかもデータがあったとしても即興で作成なんて困難だ」


 技術部門きっての天才、月村さんであっても一朝一夕では無理らしい。


「まあ、気休め程度の補助具なら二、三日で出来なくはない。それにしたって、忍と美里の感知力を少しばかり上げる程度だ。お前に使ったところで誤差程度でしかない」


「同じ見習いなのに理不尽!?」


「お・ま・え・は! 『見習い』じゃなくて、『見習い扱い』だろうが! 本来なら正職員として勤務できる実力があるだろ!」


 そう言われたことろで、俺は今の待遇を最低でも高校卒業まで変える気はない。なぜならば、青春を謳歌する事こそ少年の責務だからだ。


「坂城君、隠形おんぎょうへの対策ならば、少しばかり私と話そうか」


「師範?」


 師範が俺を手招きし、道場の真ん中で向き合って正座する。その周りに真也を抱っこした月村さん、忍と美里さん、ローラも座って俺達の話に耳を傾ける形となった。


「目をつむりなさい。それとこの耳栓をつけなさい」


 師範の指示に従い耳栓を付けて、まぶたを閉じる。当然ながら視界は真っ暗。音は聞こえず周りの様子を伺うすべの大半を失っている状態だ。


 両名正座している状態から師範の右腕が俺の襟を掴むべく、音もなくスッと伸びる。


 ……!? 掴まれたら投げられる。対処を。


 師範の手の甲を払いのけようと自身も右腕でガードしながら、彼の袖へと目掛けて腕を伸ばそうとする……が。


 ――バァン!


 一瞬にも満たない、全く無駄のない師範の体裁きによって正座した状態から畳に叩きつけられていた。


「ふぇぇ!? 座ったまま投げちゃった!?」


「ローラちゃん、あれは居捕いどりっていうんだよ」


 ローラが信じられないものを見たような驚愕の声を上げている。

 その一方で師範は俺へと質問を投げかけた。


「坂城君。先程の君は目も見えず、音も聞こえていないはずなのに、どうやって私の動きが分かったのかな?」


「えっ!? 雰囲気とか……、周りの空気が少し動いた感じとか……」


「君の霊体に対する感覚は確かに特殊なものだ。そして私もだが、神屋君も彌永いよながも、それを活かせる様に君を鍛え上げたつもりだ」


 この場の全員が師範の言葉に声一つ上げずに聞き入っている。


「だから自分を信じなさい。霊体ですら実体と同じ様に戦える君なら、例え相手が常軌を逸した隠形おんぎょうの使い手だろうと、攻撃の瞬間なら感知は可能なはずだ」


 師範の言わんとする事は理解できるが、そうそう上手くいくものか……と一抹の不安が頭を過ぎる。


「自信がないのなら、今日と明日はさっきの状態で好きなだけ組手をしようか。それで少しは自信もつくだろう?」


「へっ!? ……あっ!? いや、えんりょ――」


 さっとこの場から逃げ出そうと立ち上がると、後ろから月村さんに羽交い締めにされてしまう。


「功……。僕だって気が引ける……。だが! これも世の平穏、そして小学校の平和のため。涙を呑んで、心を鬼にしてお前を……、お義父さんに差し出そう!」


「何が涙を呑んでだよ!? 顔にやけてるぞ!」


 さっきの仕返しか!? この野郎!?


「ついでにこれもつけてやる!」


 月村さんの一言と共に、俺は視界が暗闇に覆われ、聴覚も全く利かない状態へとなってしまう。


「こんなこともあろうかと、作っておいた視覚&聴覚封印ユニットだ。頑張れ!」


「こんな訳分からんもん作るなら、霊体感知装置の一つでも作りやがれ!」


 何にも聞こえていないはずだが、言っていることが分かってしまう付き合いの長さである。

 その後、夕方まで師範と組手を続行。幾度となく空中で回転しながら畳に叩きつけられる羽目になったのだった。







「今日はここまでしようか」


「あ……ありがとう……ございまし……た」


 視覚と聴覚が無いような状態で組手ってどんな罰ゲームだよ。そんな感想を思い浮かべながら憎っくき月村さんを睨みつけると、奴は視線を逸らし音がしない口笛を吹いている。


「しっかし……、みんなして一日中見学しなくても良いだろうに」


「いやー、なんか遊んでるのも悪いしな……」


 忍の返答に美里さんもコクコクと頷いている。そして一番退屈しているかと思われたローラは真剣な眼差しで俺へと近づいてきていた。


「コウ……。わたし、この道場に通ってもいい?」


 その一言に自分の時間が一瞬だけ凍結してしまった俺であった。


「ダメだ! この道場は絶叫マシーンも裸足で逃げ出す勢いで空中回転しながら地面に叩きつけられる回転輪廻地獄なんだ!」


「……おい。この凛堂流道場をなんだと思って……。……否定できない……だと!?」


 思わず漏れ出してしまった俺の本音を注意しようとしていた月村さんも愕然とした顔を見せてしまっている。

 その俺達へと後ろから穏やかながら威圧感のある声が聞こえてきていた。


「あら、二人共……そんな風に思ってたのね。少し悲しいわ」


「み……美弥さん……!? いつの間に……」


「み、美弥!? これは違うんだ……」


 この道場の一人娘にして、月村さんの奥様である美弥さんが俺達への一言の後で、ローラの方へと向かって行った。


「あの……、わたしもコウみたいにお化けを投げたり叩いたりとかもできるようになりますか?」


「そうね。功君だって今みたいになるには数年の時間が掛かっているけど……、それと同じくらい頑張れば不可能ではないわ」


 美弥さんの言葉を聞いたローラの瞳には強い意志が宿っていた。


「わたしも戦えるようになりたい。後ろにいてなにもできないなんて嫌です!」


「だそうよ。お父さん、いいわね?」


 娘のその問いに静かに頷いていた師範であった。


「じゃあ俺も一緒に通う! ローラ一人だといくらなんでも心配だから!」


 こうしてローラさんの凛堂流柔術道場への入門が決定したのであった。

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