第32話 ローラさんの新装備
魔霊対策室の一角。その個人では広すぎる区画が、月村真司が仕切る研究棟となっている。その部屋のプレートには、『マテリアル研究室』、『魔力研究室』等々、普通の人が見たら、おかしんじゃねえかと言われそうな室名が並んでいる。
その一番奥の研究責任者室――ここで月村真司さんが俺達を待ち構えている。
「……俺、逃げていい?」
「逃げるでないわ!」
「だって! 小学校通いなおす前に、算数じゃなくて、大学の数学とか叩き込む人なんだぞ! その前段階で、高校数学とか理系全部覚えさせられたんだ!」
俺が涙目で訴えかけるが、偽ロリはシャツの首元に杖を引っ掛けて逃げられないようにしていた。
「言ってる事が分かんねーヘビ」
「あー……。うん、普通子供が勉強するのじゃないってこと」
「やっぱ、あの人間おかしい奴だったヘビ。冷血小僧がここまでなるのは酷いヘビ」
駄蛇の疑問にレイチェルねーさんが答えると、同情するような目で見られてしまった。これはこれで悔しい。
「真司が言うとったぞ。勉強をきちんと覚えるから教えていて面白いとな」
「面白がってるだけじゃねーか!」
俺の文句に偽ロリ以外の面々は、少しばかり呆れたような雰囲気だった。
((なんだかんだ言って……覚えたんだ))
ねーさんとローラだけは苦笑いしつつ、感心したような表情をしている。
「ほれ、今日はローラについてじゃよ。お主だって、心配じゃろ?」
「うっ……」
ロリ婆に半ば無理矢理説得された形で月村さんの部屋の扉をノックする。
「どうぞ」
入室の許可を得て、月村さんの部屋へと足を踏み入れる。部屋の中は研究のデータが記されている紙が大量に束ねられたファイルや、参考にするための難解な図書が所狭しと乱雑に置かれている。
「ようこそ。そしてレイチェル……、お前面白いことになってたそうだな。事情を聞いた時は腹を抱えて笑ってしまったぞ?」
「ねえ? 喧嘩売ってる? その面白いは『興味がある』じゃなくて、『コント見て大笑い』な面白いだよね?」
「それ以外に何がある? そんなのだから先日の模擬戦でルーシーさんに全くと言って良いほど歯が立たず、功に助けられる結果になっただろう」
二人の視線が交わる中間点にまるで火花が散っているような圧迫感が出来上がっている。
「感覚派のレイチェルと理論派の真司じゃからなあ……。すーぐこれじゃ」
「仲悪いの?」
「んー……。あれ、レイチェルをいじって遊んどるだけじゃよ」
ねーさんは月村さんから目線を逸らし、そっぽを向くと俺の背中へと隠れてしまった。
「ふんっだ! 真司はいつもそう。コウ、少し文句言ってやって!」
何故か俺へと理不尽なパスが飛んできてしまう。
「月村さん……、確かにねーさんは大雑把で、遠慮がなくて、脳筋気質ですけど……、これでも女の子ですよ?」
「……ねえ、庇われてる気がしないんだけど……」
その様子にクスッと微笑を浮かべる月村さんだった。
「すまんすまん。久々だったからな。少しからかいたくなっただけだ。許してくれ。というか……、功の方が容赦ないな……」
これでは月村さんと俺の双方から責められているようになってしまうと考えてしまったようで、ねーさんをからかうのは、もうおしまいとばかりの態度となってしまった。
「ルーシーさんから事情を聞いてはいたが……、ローラちゃんが基本の部分を修得できたと」
「でも……、ほんのちょっとです……。指先に少しだけ魔力を集められるくらいで……」
「なあに。数日でそこまで行けた人間を僕は知らない。自慢ではないが、僕は指先に集めるだけで半年かかっていた! そっち側の才能なんて、この中で一番ない!」
威張って喋ることではないだろうが、なぜか堂々としてるので、少しばかり引いてしまう。
その月村さんが意を決してローラへと質問を投げかける。
「さて……。ローラちゃんは……、デザートイーグルを撃てるかな?」
「撃てるわけないだろ。馬鹿かあんたは! んなもん撃ったら、ローラが反動で転んじまうわ!」
月村さんの突拍子もない質問にローラが答える前に、俺が一秒経たずに返答してしまう。
「馬鹿っていうなよ……。念のための確認ってだけだ。この娘の『実体化』能力を生かす一つの方法ってだけだぞ?」
「実体化した敵さんを物理的に攻撃するって事か? 確か昔、9mmパラベラム弾だって豆鉄砲みたいな効果しかなかっただろうが」
あまりにも馬鹿すぎるやり取りに少しばかりイラつきながら、突っかかってしまう。
「……わたし、銃なんて触ったこともないよ……」
「ほれ見ろ。そんな話題を振ったりするから、落ち込んじまったろうが!」
話題の振り方が悪かったかなーみたいな顔した月村さんだったが、一瞬目を閉じた後、真剣な眼差しで自分の机の上から、アームサポーターというかそれより丈夫そうな篭手の様な物をローラへと差し出していた。
「サイズはこれから合わせるが、とりあえず利き腕に装着してみてくれないか?」
促されるまま、右腕に篭手を装備するローラであった。
「それで魔力を集める要領で、その篭手にも魔力を込めてみてくれ。まだ
俺もその篭手に触れながら収斂を行うと――
「これ……、魔力の糸?」
「おい……、これ!?」
「うっそー!?」
ローラだけではなく、俺やレイチェルねーさんも驚きを隠せなかった。なぜならこの魔力で編まれた糸には見覚えがあったのだ。
「ワシの
少しばかり声のトーンが下がったルーシーが月村さんへと詰め寄る。盗用だなんて言ってるくらいだ。これから喧嘩にでもなったりしたらマズい。
だが、その心配は杞憂だった。
「いやー! やるのぉ真司! 教えてもいない術式を再現するとはの! お主のことじゃ。篭手に術式を仕込んだだけではないじゃろ?」
「ええ、初心者でも扱えるように篭手そのものにも、ある程度の判断能力を持たせてあります。それは功の刀に宿った駄蛇君を参考にさせてもらいました。といってもAIの様な物なので、機械的な判断ですが」
偽ロリ、めっちゃ喜んで月村さんの背中をバンバン叩いている。
「ローラちゃん、ちょっと糸を束ねるようなイメージで、それも実体化してみてくれ」
その言葉にローラが従い、出現している糸を束ねていく。おそらくは月村さんが説明していた補助も入っているはずだ。糸が折り重なって縄と言って良いくらいの太さになってから、左手でその縄を触れて実体化させる。
「なんか、鉤爪みたいのがロープの先っちょについてるな?」
「ローラちゃん、この本に引っ掛けてみてくれ」
ローラがうんうんと頷き、月村さんが手に持った本に鉤爪を掛けるとモーターが高速回転しているような音が室内に響き渡っていた。
その本がローラのもとへと引っ張られる。
何この格好いい装備。
「どうだ? 小型だが、成人男性一人くらいは引き寄せられる出力の新開発小型モーターも内蔵だ」
「月村さんって……紙一重で天才だったんですね! 普通のワイヤーので良いから俺にも作ってください!」
「なあ? それ褒めてる?」
ちょっとだけ不満げな月村さんだったが、この
「
「そしてローラちゃんの『実体化』と合わせれば物体に干渉して……、緊急回避が必要になった際は、木の枝にロープを絡ませてモーターで自分を引き上げたりなんてのもできる」
続けて月村さんからも説明が入るのだが、
「まあ、これは言わば補助輪みたいなものだ。ローラちゃんの練度次第では無くても同じことができるようになるだろうさ」
「補助輪って言う割には……、力が入ってますね?」
「そりゃ……お前、ローラちゃんが来てからというもの、面白い話ばかりじゃないか。そんなの聞いたら力も入る」
面白い話……ね。
「功の奴が霊視の教え方を知らなかったとか、霊視を覚えたローラちゃんの面倒でドギマギしてたとか、功の刀に駄蛇君が宿ったとか――」
「この組織には俺のプライバシーは無いのか!?」
「違うぞ! みんな……、特に昔からの知り合いはお前が可愛くて仕方ないだけだ!」
「おい、目を逸らして笑いを堪えてるのは、からかって面白いってだけだろうが!」
――と、こんな感じで俺と月村さんの口喧嘩が勃発してしまったのであった。
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