第31話 ローラの方向性について

 ねーさんが自宅の結界維持を請け負ってから数日。毎日、真面目にこなしているようだったのだが、今日は朝から泣き言を言っていた。


「コウ、毎日四時間半は辛いよ……。少し手伝って……。ローラも魔力集めまだできないでしょ……」


「……ねーさん、すまない……。手伝ったりしたら、るーばあがハギス食わすって脅すんだ……」


 ハギスとは羊の内臓をミンチにして、麦や玉ねぎ、牛脂、ハーブと共に羊の胃袋に詰め、蒸すか茹でるかして食べる料理だ。

 羊の内臓を使っているだけにクセの強い味であり、子供の頃、るーばあとスコットランドに行った時にほんの少しだけ食べて、それ以上は無理かと思った料理なのだ。

 ちなみに……、るーばあはスコッチウィスキーに合うと喜んでいた。


「黙って集中するより、体動かしてた方が絶対いい!」


「俺だって最初は六時間くらいは掛かってたんだ。こっちはねーさんと離されてから、毎日やってたの。だから頑張れ」

 

 悔しそうに俺を見るねーさんだったが、これは本人にやってもらうしかない。

 話がついたところで、今度はローラが嬉しそうな表情で俺に近づいてきていた。


「コウ! 見て見て!」


 そう言いながら、ピンっと立てた自分の右手人差し指を、俺の目の前に差し出していた。


「……凄いな。収斂しゅうれんの訓練始めて数日で指先に魔力を集められるようになるって……」


「ふうむ……。功やレイチェルですら、約一ヵ月は掛かっておったのじゃが……。思っていたよりも、ずっと才があるのかもしれん」


 偽ロリの言う通り、基礎とはいえ少量の魔力を集めるにも修得にはそれなりの時間を要するはずなのだ。


「夏休みが終わってからでも……と思っておったが、ローラの方向性についても考える必要が出てきそうじゃの」


「……? 方向性って?」


 可愛らしく首を傾げながら、ローラがその疑問を口にする。


「まあ……、簡単に言うとローラが化生なんかとどうやってやり合うか。それによって、今後の訓練内容も違ってくる」


「そういうことじゃな。さて……どうするかの」


 今度は横で話を聞いていた駄蛇が偽ロリに質問をぶつける。


小僧金髪レイチェルはどんなのヘビ? まあ大体、蛇には分かるヘビが」


 駄蛇は元々がこちら側の存在なので、一緒に生活しているうちに俺達の事を観察していたのだろう。それでもこの言葉を出したのは、仲の良いローラが困らないようにとの配慮かもしれない。


「俺は刀による近接戦闘と神道の複合かな。系統的には怨念だの瘴気だのを持つ奴の浄化もできる。それと――」


「小僧、結界がかなり得意ヘビ。この家のみたいのだけじゃなく、相手の動きを縛ったりもできそうヘビ」


「そして、その周囲への『意思疎通能力』からくる並外れた収斂しゅうれんで行う強化バフもじゃな」


 それぞれ俺、駄蛇、ルーシーからの解説である。それを真剣な表情で聞くローラだった。


「そっか……、前にイヨナガさんのお家で自分は補助系キャラって言ってたのは……」


「まあ、攻撃も出来るけど本領は防御と補助ってとこだ」


 うんうんと頷くローラに対して解説を続ける。


「はーい! あたしは霊や化生を近接戦闘で『霧散』させるのが得意!」


「それは知ってるよ」


「それと、もう構築している術も壊せるし、実はルーがやってた使い魔使役もできるよ!」


 レイチェルねーさんの能力自己紹介に少しばかり目を見開いて驚くローラだった。おそらく、ねーさんが術を使う姿が想像できなかったのだろう。


「意外かもしれないけどな。ねーさんだって、一対多数にならないような手段は持ってるってことだよ」


「レイチェルって……、叩いたり蹴ったりするしかできないと思ってた……」


 その感想は仕方ない。基本ねーさんは、その能力由来で脳き……、ではなく力づくが得意なのだ。

 そして、この議題についての本題はここからだ。


「そうだの。ローラの場合はその能力、『実体化』を生かす。またはそれを使わずに術での霊体への干渉を行う……。それを選ばねばなるまいて」


「……『実体化』って対魔・対霊戦闘で生かせるもんなのか? 逆に厄介になる気が……」


 『実体化』――本来なら物質に干渉が困難なはずの化生や霊が肉を持つ存在と同じ土俵へと上がる。本来ならかなり上位の連中でしか不可能なものだ。

 それは化け物染みた、いや本物の化け物がその牙や爪を普通の人間へと突き立てることができるのと同意だ。

 俺の意見に偽ロリは頷きながら答える。


「確かにの。じゃが、それについて……、真司から提案されておったこともあったのじゃよ」


「月村さんから?」


 とても嫌な予感がする。


「それ、大丈夫だよな? 『実体化』を生かすなら、俺の知り合いの幽霊でも妖怪でも、こないだの狼一行でも協力を仰ぐとか――」


「ねえ、コウ? その幽霊さんって……、大怪我してしてるような人とかいる? ……何で目を逸らすの?」


 ローラさん、勘がとても良い。というか、背中に矢が沢山刺さった全身血まみれの強そうな鎧武者とかもいる。


「功の知り合いなんぞを実体化したら、もはや死霊使いネクロマンサーと変わらんな」


 ロリ婆のコメントを想像してみよう。戦場で奮戦し亡くなった傷だらけの猛者達と共に戦うローラの姿を。そんなのやったら見た目最悪、やってる事は完全に悪役なのだ。


「……絶対嫌だからね?」


「はい……。すいません……」


 ローラさん、笑顔だが目は笑っていない。その威圧感から思わず謝罪してしまう。


「そこで真司じゃよ。良くも悪くもワシや功、レイチェルも術者としての思考をしがちじゃ。それはそう生きてきた故、仕方ない事じゃが……、真司は違う」


 偽ロリの表情はいつになく真剣そのものだ。


「真司はワシらとは違う視点、手段。要は科学的な見地から対魔・対霊戦闘を行うスペシャリストじゃからな。経験が浅いローラにも良い方法を提示してくれるじゃろうて」


「……俺は凄まじく心配だが? あの月村さんだぞ?」


「蛇も心配ヘビ。あの人間はやべーヘビよ」


 るーばあの言う通り、かなり頼りになる人物である一方で、性格に難ありでもあるのだ。心配するなと言う方が無理というものだ。


「大丈夫じゃよ。それはお主が一番分かっておるじゃろ? 子供の頃は兄のように慕っておったからの」


 いくらあの人でも……、いきなりローラにおかしなことはしないはず。と思いたい。


「むー……。もしローラに変な提案したら、その場であの人を気絶させるからな?」


 くっくっくっ……と悪戯っぽい笑みを浮かべて、偽ロリはスマホで月村さんへと連絡を取っていた。


「真司か? すまぬが、これからそちらに行ってもいいかの? ローラの件じゃよ」


 ローラの件ということで、月村さんも用件を察したらしく、俺達は魔霊対策室へと赴くこととなった。

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