第30話 頑張るお姉さん、怒るローラ

 坂城&ウィザース家の結界――この家はルーシーの持ち家とはいえ、常時住み込んでいる俺が結界の維持をしている。

 それを無茶ロリルーシーの提案で、レイチェルねーさんとローラへ任せる事となったのだが……。


「ほれ! もう功が結界を解いてから三時間は経っとるぞ。早よ再構築せねば夕方どころか徹夜になってしまうぞい」


「あと一時間か二時間くらい待って! それでどうにかできるはず!!」


 ねーさん頑張れ。


 心の中で応援するも、それよりも気になっているのは、一応ではあるが収斂しゅうれんができるねーさんとは違い、全くのド素人なのにこんなのをやらされているローラの方だ。


「ええと……、目を瞑って集中しながら……、感覚を外に向けて光の粒を集めるように……」


「ローラ。最初から魔力を集めようとするな。とりあえず力を抜いて体を楽にして、魔力を感じることに専念する」


 流石に指導もなく、いきなりやらせるのは酷過ぎるので、俺のアドバイス付きということになっている。


「ローラは夏休み中に少しでも魔力を集められるようになれば、それでええ。その後は毎日続ける事が大事じゃからな」


「そうなの?」


 ローラの疑問も最もだろう。今回に関しては、ほぼ全てレイチェルねーさんの基礎訓練という意味合いが強い。


「ローラ、基本ってのは一気に身に付くものじゃないんだよ。少しずつ積み重ねていくしかないんだ」


「その通りじゃ。基礎に卒業なし。そして怠れば痛い目を見るのじゃよ」


 俺と偽ロリの意見が合致する。これは今までの経験からくる純然たる事実なのだ。







 俺が自宅の結界を解いて四時間半後。ようやくレイチェルねーさんが結界再構築を達成した。


「この家の結界で四時間半……。術者としては平均的な実力と言ったところかの」


「どう……! これでもちょこちょこ訓練はしてたんだから! でも、この家の結界おかしくない!?」


 実をいうと、坂城家の結界は庭に妖怪や霊が入るとトラップで動けなくなり、家の中に無理矢理入ろうとすると、城壁のごとき頑強さで侵入を防げるのだ。

 それをお家の敷地全てに展開している。普通に考えたらここまではしないのだが、いかんせん俺の生業が生業なので、万全を期す形をとっている。


「これ……、並の術者なら三~四人で分担するくらいの結界でしょ!?」


 レイチェルねーさんの文句を耳にした偽ロリは、俺の方を向き指示を出す。


「功。結界を解いて、今度はお主が再構築せい」


 ロリ婆の指示通りに結界を解いて、今度は俺が収斂しゅうれんを行う。数十分後、愕然としているレイチェルねーさんの姿があった。


「ふむ。四十五分と言ったところか。お主、周囲への『意思疎通能力』使わずにやると、どのくらいじゃ?」


「んー……? 大体、今の倍はかかるかな?」


 俺とねーさんの違いに目を見開いて驚いているローラだったが、ルーシーへと質問が飛ぶ。


「ルーシーだと、どのくらいなの?」


「ワシ? 五秒かからんな」


 流石は二百歳オーバー。格が違った。


「そんなのだから、こないだの模擬戦で、ねーさんが霧散させたキメイラを即座に再生できるのか……。力技すぎる」


「力技とて研鑽を重ねた技には違いあるまい。功もあと百年頑張れば一分切れるようになるぞい」


「寿命迎えるわ!」


 俺達三人がワイワイやっている隣で、ねーさんは不満げな表情を浮かべている。


「コウに負けたああ!? しかも圧倒的に!?」


「先日の模擬戦、功と同程度とまではいかずとも、それなりに収斂しゅうれんを研鑽しておれば、お主の勝ちであったのじゃよ。ワシも魔力を集めるのは手加減しておったしの」


「ぐぬぬ……」


 今度は涙目で悔しがっているレイチェルねーさんが、俺を見てこう言った。


「昔は……、あたしが隣にいてコンビを組んでたのに……」


「そうじゃな。だからこそ、ワシはお主ら二人を引き離したのじゃよ」


 真剣な表情のルーシーは、懐かしむようにレイチェルねーさんへと語りかけた。


「お主ら二人はの。対魔・対霊戦闘においては相性が良かった……。いや、良すぎたのじゃ」


「良すぎると悪いの?」


 首を傾げながらローラが疑問をぶつける。その疑問は、もっともだろう。


「こやつら二人はの。レイチェルが相手を霧散させて魔力を作り、その場で功が魔力を集め、自分達や仲間の強化をしておった。こと戦場において、この二人が揃うということは、となるのじゃよ。それこそ、自身の実力以上……にの」


 その時、ローラが思い出したのは先日の模擬戦での見えていなかった方のキマイラを倒した瞬間だった。

 敵を倒したそばから、しかもレイチェルの能力であれば、ほぼ無制限に霊体や化生を魔力へと変えることができるのだ。


「あのまま行けば、お主ら二人は互いに依存しすぎるかもしれぬと……。そう考え、それぞれの足りない部分を鍛えさせるために、離したのじゃが……」


 偽ロリのお顔が段々とおこになっている。これはお説教する時の雰囲気だと察してしまった。


「見事に期待を裏切ってくれたの! この馬鹿娘は!!」


「だって! だって! 霧散させた方が楽なんだもーん!」


「じゃから、訓練やり直しじゃよ。功を見い。鍛錬を続ければ、どうなるかは分かったじゃろ?」


 渋々ながら納得して、ねーさんは……はぁいと返事をしていた。


「ちなみに……俺とねーさんが戦った場合、相性が悪すぎて俺が負ける。まあ、俺に限らず、大体の術者はあの人と相性が悪い」


「ほう……。そうなのかヘビ?」


「今のコウでも?」


 駄蛇、ローラとも意外といった顔をしている。


「術を構築したそばから、ぶっ壊されるからな。体術主体なら、今はどうだろ?」


「今度、美弥の実家の道場にでも行って、体術で対戦してみるもの良いじゃろ」


「……ねーさんより体格良くなってて負けたら、それはそれでショックだ……」


 体術対決に関してはおいおいとして、夏休みの間は俺が結界を維持する必要はない。なら、他にやれることがある。







 その夜、ベッドの上で胡坐あぐらの姿勢で目を閉じ、瞑想をしながら収斂しゅうれんを行っていた。すると、部屋のドアをノックする音が聞こえて来たのだ。


「どうぞ」


「おじゃまします……」


「なーにしてるヘビ? 結界を張る必要はないヘビよ」


 姿勢はそのままに返事をすると、ローラと駄蛇が部屋に入ってきた。最近、駄蛇とローラは一緒に動画や本を見ることが多い。もうペットのような扱いだ。

 おそらく駄蛇刀を俺に返しに来たのだろう。


「そのガラス玉みたいの何ヘビ?」


「あ……、その玉に魔力が集まってる……」


 ローラもかなり霊視には慣れてきているらしい。俺の前に置いていた道具に集まる魔力についても、ちゃんと視えるようになっている。


「これは、魔力を貯めておける道具でな。こうしていざって時に解凍して使える魔力ストックを作ってるんだ。ねーさんが結界担当してくれる間は、これをやって備える」


「小僧は思っていたよりもずっと……すといっくヘビ。そこまでしなければならないヘビ?」


「一日一回は収斂しないと落ち着かないんだよ。もう習慣だからな」


 るーばあの指導でもあるが、これに関しては毎日毎日コツコツと積み重ねていくしかないものだ。


「コウ、わたしも一緒にやっていい?」


「ん。構わない。自力で魔力集めはまだきついかもだから、俺が集めたのを感じ取れるように集中した方が良いかもな」


 それを聞くとローラはベッド上に乗っかって、俺の隣に座って目を閉じてしまった。

 そのまま俺達はしばらく無言だったのだが……。


「へーびへび……。退屈ヘビ……。こいつが卵みたいに見えてきたヘビ。ごっくん」


 駄蛇が良からぬことをしようとしている。咄嗟に目を開けると、魔力を貯めるための『包気晶ほうきしょう』を丸飲みにしていた。


「てめえは何してやがる! つーか吐き出せ!!」


 実体化している駄蛇を逆さまにして、ブンブンと揺らしても全く吐き出すそぶりはない。というか、今までの生活で疑問を感じていたことがる。


「なあ……、お前、今まで食ったり飲んだりしたのってどうなってるんだ? 実体化解除されても、漏れたりしないよな?」


「蛇にも分からんヘビ! おそらく謎の蛇空間にでも行ってるヘビ」


 分かんねーのかよ。それよりもコイツのやったことは万死に値する!


「俺がガキの頃から、余裕があれば貯めてた神気返せ! あといくつかはあるが、貴重なんだぞ、それ!」


「えー。どうやったら吐き出せるか分からんヘビ。諦めろヘビ」


「よし。ローラに実体化してもらった後で、月村さんに解剖してもらおうか! それで取り出す!」


「おい、あのヤベー人間呼ぶの止めるヘビ! 恨むヘビよ!」


 俺達の口喧嘩をローラがかなーり強い口調で止めにかかってきた。


「へびさん! 悪い事したら、ごめんなさいだよ! めっ! コウもへびさんを解剖はダメ!」


 ローラのあまりの圧力に俺と駄蛇は目を合わせてしまい、目の前の少女に頭を下げてしまう。


「「ごめんなさい(へび)……」」


 謝罪後、再び目を見合わせた俺達は、コソコソ話をしていた。


「なあ……。前々から思ってたけど……、ローラって怒ると怖いよな?」


「蛇もそう思うヘビ。大人しそうに見えてかなり芯の強い娘っ子ヘビ……」


 もしかすると俺達三人の中で、あのロリ婆さん似ているのはローラなのではないかと、そう思ってしまった夜であった。

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