第54話 演劇中の戦い

 現在、ローラのクラスの演目である『旅の武士の珍道中~盗人から悪代官までバッサバッサ~』の公開中。体育館上のステージはライトで眩いばかりに照らされ、ステージに注視できるよう保護者席は真っ暗な状態だ。


「んで? オレぁ何すればいい?」


「もう少し待ってくれい。まずはローラがうまくやらんと話にならん」


 ルーシーと彌永いよながは、そう言いながらローラが自分の役割を果たすのを黙って見守っていた。






 


 体育館のステージ上で、ローラは武器を模した小道具を構えて、主役の子と向き合っている。

 彼女の眼は舞台上のクラスメイトの他に、先日の深夜の学校で対峙した分身体をはっきりと認識している。

 現在のローラは手に持つ小道具の他に、魔力糸発動用の篭手と稽古中にクラスメイトに破かれた後で、ルーシーが修繕した羽織をまとっている。舞台の時代背景が江戸時代あたりの日本という事で、衣装として着ていても違和感がないのだ。


「さーあ! そこをどけ! でなければこの刀の錆にしてくれる!」


 主役の子がセリフを言いながら小道具の刀を振りかぶる。それに呼応するように彼を守護している忍者霊の分身体もローラに対して、触手の様な腕を鞭のようにしならせて攻撃を繰り出していた。

 功の予想では、忍者本体は一番警戒しているであろう彼の元へ、そして分身体は少年の警護と、あの日に接敵した人物達と戦おうとすると考えていた。

 それは予想通りの結果となっている。


(コウの話だと……少しくらいはダメージがあるけど、大怪我するとかはないはず……)


 事前に打ち合わせをし、保護者席にはルーシーと前室長がいるという状況ではあるが、ローラにとっては単身では初となる対霊戦闘となる。


 ――いいか。相手の攻撃をかわすとか考えなくていい。あの分身体なら、ソイツ・・・の防御はどうやったって貫けないからな。


 ローラが思い浮かべたのは、打ち合わせの際に彼から聞かされた言葉であった。

 相手の触手がローラを薙ぎ払おうと猛スピードで迫る。しかし――


 バチッ!


 その触手はローラやルーシー達以外には認識できない障壁によって、いとも簡単に弾かれてしまう。


「その程度なんぞ、何のダメージにもならんわ。このワシが数種の防御術式を組み込みながら編んだ特製の対魔用羽織じゃからな」


「なあ……。あれ元は功のだろ? なんだかんだ言ってはいたが、ルーシーちゃんも昔のあいつは心配で心配で仕方なったってことか?」


「うっさいわ!」


 彌永いよながのツッコみに少しばかり声を荒げてしまったルーシーであった。 

 一方のローラは羽織の効果を目の当たりにし、安堵と共に心強く感じていた。


(これなら……、後は『糸』を使えば……!)


 ローラが即座に作り出せるのは、まだ糸一本――


「じゃがの。その糸一本舐めるでない」


 その糸は分身体の触手に絡みついた途端、それをいとも簡単に切断してしまう。


「おー!? ローラも前もって魔力を集めていたとはいえ、ここまでできるか。……いや、これは真司の作った篭手のおかげかの。腕一本動けなくすれば、上出来だったのじゃが……」


 そう。篭手に内蔵されているAIの判断により出力や最適な戦闘形態を調整している。


対策室うちの技術部門トップが作成してる装備を甘く見て貰っちゃあ困るぜぃ!」


 彌永いよながは勝ち誇って入るが、ある問題が発生していたのだ。


(糸をもっと……、速く作らないと……)


 ローラが魔力収斂しゅうれんを開始する。しかし、いくら天才と言える才能持つローラでさえ、まだ収斂しゅうれんを修得して一ヵ月と少し。同じだけの強度を持つ『糸』を瞬時に生成するには、絶対的に訓練の時間が足りていなかった。


「まあ……。こんなところかの。腕一本削げば十分じゃて。それに……ローラに気を取られ過ぎじゃな」


 ルーシーは自身で複数の『糸』を作り出し、舞台上の分身体へと絡ませて動きを封じる。


「むう……。やはり年取ったかの? 若い頃ならば、ここからでも輪切りにできたのじゃが……」


「嘘こけ! 下手に実力を出すと周囲に影響が出かねないからだろ?」


 彌永いよながの言う通りで、ルーシーは普段から自分の力が漏れ出ないように魔力を使う際はかなりセーブした状態で能力を行使している。


「ほれ。引っ張り上げるぞい」


 ルーシーの掛け声に呼応するように、彌永いよながは自分の利き腕を手刀の形にし、そこに魔力を収束させる。その腕は鋭い一太刀と同義の力を持つに至っているのだ。

 彌永いよながは、自分の真上にまで接近してきた分身体を目の端で一瞬だけ確認し――


 音もなく周囲の人間には目視できない、神速の手刀を以って一刀両断にした。


「ひゅ~。怖い怖い。腕は鈍っておらんの」


「この程度なら素手だろうと、お釣りがくらぁ」


 その様子を遠目から見ていたローラは驚きを隠せなかった。二人が来ていたのは知ってはいたが、ここまで軽く倒せるものなのかと目を見開いている。


「さーて。功からの頼みは果たした……。あとは、ゆっくり見物といこうかの」


「あの主役の子。アクロバットな事しやがるな。今時の小学校って演劇もレベル高けえ!?」


「あれの。功が仕込んだらしいぞ」


 などなど、年寄り二人はローラのクラスの演劇を楽しんでいましたとさ。











 所変わって、幻の四階にて本体である忍者霊さんを尋問している俺達であった。


「ひゃはははは! やめ! やめてくれ!」


「だが断る! 死んでると大変だよな。自分で舌嚙み切っても、頸動脈を断っても死ねないから。これだってアンタが観念するまで続くぞ?」


 ひたすら、ただひたすらに忍者霊さんがを上げるまで足裏をくすぐっているのだ。


「功に悪魔の角と羽が生えてるように見える……」


「いつまで続くんだろう……?」


 忍と美里さんは小一時間継続している尋問くすぐりを呆れたような顔で見守っている。


「なあ……? アンタ、あの子の先祖? それとも縁ないけど守護霊している? この辺には、特に学校には危険人物きけんなかいいは、いないはずなんだけどな」


「貴様……、それだけの力を持っていて気づいておらぬのか!? この近辺――」


「予想はつく。アンタが危険視してるのが何なのか……は。俺も戦った事がある」


「……!? まことか?」


 忍者の顔が途端に真剣なものへと変貌している。


「今のところは害にならないのも保証する。だから、学校で狼藉は止めてもらえないか? 少なくとも七不思議達は連中とは無関係だから」


「……証拠はあるのか?」


「じゃあ、これから見に行くか?」


 ……と、俺は忍者さんを拘束したままの状態で、またしてもズルズル引きずって行った。そして、後ろでポカンとしている二人へと振り向く。


「あ。用事ができたから、今日はこれで解散で。もし演劇見たかったら、行くのも良いと思うぞ」


「おい! お前も見に行っても良いんじゃないか?」


 忍がそんな提案をしてきたが、拘束されてる忍者を引きずる俺をローラが舞台上で見つけて、失敗でもしたら可哀想だ。


「……俺はいい――」


「うん! 功くんも行こうね。ローラちゃんだって見て欲しいと思ってるよ」


「美里さん? 襟を引っ張ると苦しいから!」


 『視える』人からは、忍者霊を拘束して引きずっている俺を更に襟を掴んで引っ張て行く美里さん……というカオスな光景が繰り広げられている。

 そうして四階から体育館へと到着する。すると演劇は丁度佳境へと突入していた。


「……楽しそうにやってるな」


「ね? 見に来て良かったでしょ?」


 美里さんが満足そうな表情でニコニコしている。


「俺って……、やっぱりこっち側・・・・の人間なのかな……」


「……?」


「ごめん。なんでもない。来てよかったかな」


 現在、俺達がいる保護者席では周りはよく見えないし、ステージからも保護者席は暗すぎて様子が分かりにくくなっている。


 俺は生まれながらに闇の中ゆうれいの視野で生者の世界を見る人間。ローラは光の中で闇を知らずに生きてきたはずの少女。

 

 やっぱり、あの子にはあっち側が良く似合う。


 そんな事を思い浮かべながら目を閉じてしまう。すると突然、忍に肩を組まれてしまった。


「なーに暗い雰囲気出してんだよ! 見ろよ! 俺らが教えた殺陣たてで拍手喝采だぜ。もっと喜べよ!」


「だな。終わったら、みんなを誉めてやんないと」


 俺の言葉に同意するように、忍がニッと笑う。

 そしてローラのクラスの演目が終わった後で、担任の先生が用意してくれていたジュースとお菓子での打ち上げで盛り上がっていたのであった。


 なお、打ち上げにも同行してしまった忍者霊さんはというと……。


「済まぬが……、いつになったら目的地に連れて行ってくれるのだ?」


 などと言いながら床に転がっていましたとさ。

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