第7話 ローラが見たモノ

 彼が家を後にするのと同時にルーシーは同居人であり自身の子孫でもあるローラの部屋を訪れていた。


「ローラ。起きるのじゃ。ローラ!!」


 もう熟睡しているローラの体を揺らし、強引に目を覚まさせようとしている。


「う……、ううん? るーしー……、どうしたの?」


「眠いじゃろうが、行くぞい。功の後を追う」


「え~……。なんで……」


 目を擦りながら、ベッドから起き上がろうとするローラの手を取って、半ば無理矢理な形で外へと連れ出した。










 ルーシーに手を引かれ導かれた場所は、木々が生い茂る散歩コースもある少しばかり広い公園だった。

 暗闇の中、ローラが目を凝らすと、人影が棒の様な物を持って林の中を駆けまわってる。その人物の顔を一目し、思わず彼女は声を上げてしまう。


「コ……、んぐっ!?」


 それは日本に連れられてすぐに紹介された少年の姿。咄嗟に名前を呼ぼうとすると、ルーシーに口を塞がれてしまった。


「しっ! 静かにするのじゃ。相手はともかく、功の気を逸らすでない」


「だって……、コウ一人しかいないよ? 何してるの?」


 ローラにとっては不思議な光景だった。月明りで照らされた下に少年が一人で、時には手に持った棒を振りつつ、時には何かを避けている様な動作をしている。それはまるで流麗な舞を舞っている様にも見えた。


「お主にはまだ見えんか。だが……、? あそこには、お主が日本へ来ることになった理由と同質の存在がおる」


「あの……、変な声の?」


「そうじゃな。まあ、あの程度なら功だけでも、どうにかなるだろうて」


 そう言いつつも、ルーシーの手にはその背丈に不釣り合いな程の、長年使い込まれたであろう丈の長い杖が握られてた。その杖をローラは思わずまじまじと凝視してしまう。


「これか? 万が一の備えというやつじゃよ。功のやつがヘマした時の……な。そんな事になったら、おしおきコースで鍛錬やり直しじゃが」


 イタズラっぽく笑うルーシーだったが、更に説明を続ける。


「昨日、お主が気に入っていたハートマークの折り鶴。あれは猪目鶴いのめづるというての。あの模様、『猪目いのめ』には魔除けの効果があると言われておる」


「魔除け? 何で?」


 ローラは目を見開いて驚いている。


「お主の友人、千佳といったか。その娘か、家の誰かかは分からんが、良くないモノに狙われておったのよ。そして、ソレは今、功の目の前におる。あやつもその存在を察知して、お主の友人に猪目鶴いのめづるを渡すように仕向けていたのじゃ」


「あの折り鶴……が……」


「功の奴も、しばらく見んうちに、それなりに使なったの。ワシに比べればまだまだじゃが、狙われていた連中から化生けしょうを引き離してここへと誘導したのよ」


 次々と事の経緯を説明されていたローラだったが、咄嗟にでた疑問があった。


「……ルーシー……、家にずっといたのに、何でそんなに詳しいの?」


「ワシ、日本の家に住んでからは、お主が外出する時にはずっと様子を伺っておったぞ。家と学校程度の距離ならば軽い軽い。なにせ回線さえあれば地球の裏側も見通せる天才じゃし」


 ついでに言うと、功が犬霊に思いっ切り噛みつかれていた時は、爆笑しそうになったと教えようとしたが、そこはぐっと堪えて化生けしょうと少年の戦いを見守っている。








 現在、俺の目の前にいるのは、狼を巨大にしたどす黒い毛並みを持つ獣型の化生だ。ここ最近はこんなの見るのも珍しい。かなり大物と言える。


 どうせ偽ロリは家で俺の事をいるんだろうな。これで失敗したら、何言われるか分かったもんじゃねえ。


 そんな事を考えるのも束の間、化生は俺に向かって体当たりを繰り出す。強靭な四本足での突進は人間のそれとは比較にならずに、防御ごと吹っ飛ばされてしまう。


……こんな時は、自分の生まれつきの能力が恨めしい。


 霊なるものに当たり前のように触れられるのは、裏を返せば見かけ通りの巨大質量分のダメージを受けてしまうのと同義なのだ。

 藤田さんの家の犬の霊でさえ噛まれてしまえば痛みは感じるし、傷ができなくとも体に痕ができるくらいには影響がでる。

 それよりも目の前の存在には問いたださなければ気が済まないことがある。


「おい、そこのまっくろ犬! てめえ、自分よりも小さいワンコをいたぶりやがったな! あのワンコ、お前から飼い主守ろうとしてたってのに!」


 俺の怒り交じりの問いに、化生は馬鹿にしたような笑みを浮かべる。つまるところ、それがどうしたといったところだろう。


「……もういい。てめえはここで消えろ!」


 刀を握りしめ集中し、ヤツの四肢を両断すべく地を蹴り突進する。あちらもそれを向かい打つべく、姿勢を低くして迎撃……、否、俺をそのまま嚙み殺すべく、そのあぎとを開き鋭い牙をあらわにする。

 どう考えても俺の様子を伺い、対策を立てて狩る知力を持つ者の行動だ。


 知性もそれなりにある。本能に従うだけじゃないかなり高位な個体か。


 相手の行動パターンから、どういった思考をしているかを読み取っていく。その牙を最小限の動きで躱し、続けて横に薙ぎ払われる前足と爪を刀で受け止て相手の間合いギリギリの距離を保ち、居合の構えを取る。


「来いよ。小さいわんこは襲えても、俺は怖いってか? とんだ臆病者だな。犬らしく負け犬の遠吠えしながら逃げていいぞ。俺は追わねーから」


 その一言もちゃんと通じていたらしい。あちらは挑発されたと認識していたようだが、プライドがそれを許さずに、俺を噛み殺そうと、その巨大な牙を突き立てていた。


「なっ……!?」

「遅えよ」


 一瞬だけ人語を話したような狼だったが、奴が噛んでいたのは俺があちらの攻撃を防ぐために振るった鞘に収まったままの刀であった。


「『縛魔ばくま綱絞繊こうこうせん』」


 そのまま相手を縛る縄の様な形の術で、奴の口を開けなくする。


これで牙は封じた。あと残されているのは爪だけ。一つずつ潰していく。


 狼は口を固定され、俺はその口に咥えられている状態の刀を鞘から抜き放ち、奴の残された武器つめを無力化すべく刀を振るう。

 しかし相手も俺の狙いは理解していたようで、死に物狂いでそれを阻止しようとしていた。

 これは少し時間が掛かるかと思われた、その瞬間―—


「ガルルルルルル!!! ガウウ!!」


 それは先日、俺に噛みついてきた藤田さん家の犬霊だった。凄まじい勢いで化生へと接近し、喉元に喰らい付いている。体格差があるとはいえ、不意を突かれてしまったらしく、一瞬動きが止る。

 おそらく、藤田さんの家から逃走してきた化生を追って、ここに来たのだと思われる。


「ほんとに大した奴だよ、お前。霊にこうなっても、まだ藤田さん達を守ろうとしてんだから。本来はお前らの喧嘩だろうが、ここは俺が止めを刺させてもらうぞ!」


 その言葉と共に、化生を渾身の力を持って、斬り伏せる。


「ガアアアアアア!? ギィイイイイイイイイイ……」


 断末魔と共に、目の前の化生は塵と化す。それと同時に――


 パキィと音を立てて、持っていた刀の刀身が真っ二つに折れてしまった。


「結構使ってたからな……。これ、良い掘り出し物だったけどなあ……」


 折れた刀を鞘へと戻し、竹刀袋へと入れる。


「さて最後の仕上げといきますか」

 

そうして、勇気ある協力者わんこを送る準備を始めていた。

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