第28話 模擬戦 後編

 レイチェルねーさんを背にして、ルーシーと向かい合っている。お互い相手を見据え静かに、だが鋭い視線を向けている。


(想定よりも数分は早いの。もう少しは手こずると踏んでおったが……)


 ルーシーの口角が少しだけ上がる。彼女の予想をほんの少しでも上回ったのが、心地よい気持にさせていた。


「ガアアアアア!!」


 前足と顔面を斬られたキメイラが怒り狂っている。その双眸そうぼうは、俺への憎しみを雄弁に物語っていた。


「少しうるさいよ……、お前」


 ルーシーの力によって再生されかけていたキマイラの体に向かって更なる斬撃を繰り出す。

 山羊と尾となっている蛇の首部分に一撃ずつ、ダメージを負っていた右前足部分に一撃を叩き込む。


「駄蛇、左斜め後方。拘束いけるな?」


「うるせーヘビ。見えにくくても蛇には、はっきりと分かるヘビ! 蛇の感覚を舐めるなヘビ!」


 駄蛇に指示を出し、ルーシーが姿を隠していたキメイラに巻き付かせ、動きを封じる。

 キメイラは最初から二体おり、姿が見える一頭と姿を隠しているもう一頭による攻撃を行っていたのだ。


「ねーさん、蛇が巻き付いている方を頼む」


「うん、分かったよ! はっ!!」


 ねーさんの一撃でキメイラの一頭が霧散する。それに合わせて――


「ひふみよいむなや――」


 祝詞を唱えて、キメイラを構成していたルーシーの魔力をこちらに引き寄せ、刀へと纏わせる。そして、霧散した見えない方のキマイラは再生することはなかった。

 おそらくはこれがこの模擬戦の趣旨であっているはず。

 つまりこの戦いはキマイラを構築していたルーシーの魔力を奪って、再生させないようにするのが解答となる。


「やはりお主には意図が筒抜けか。じゃから助言できぬよう拘束しておったのじゃが……」


「それにしたって……、あそこまで存在を薄くした使い魔を認識できる奴がどれだけいるってんだ!」


 感心しているルーシーに対し、即座に反論する。それに対して返ってきたのは、厳しい意見であった。


彌永いよながや神屋ならば、殺気を感じて対処するじゃろう。真司ならば視えるようになる物を作ってこよう。美弥ですら触れた瞬間に受け流せるであろうな」


 あの人達なら確かに可能だろうが、そんなのと一緒にされたら、この仕事をしているほどんどの人間の立つ瀬がなくなってしまう。


「そして……、こと戦いにおいて相手が自分の想定を上回っておったなど、負けた言い訳にもならん……と、お主達には教えておったはずだの」


 その言葉に苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべるレイチェルねーさんであった。


「そこの馬鹿娘は天性の能力に自惚れた挙句、鍛錬を怠っておったのじゃ。じゃから簡単に倒されたじゃろう? 自身の弱点をそのままにするなとも言っておったのじゃが……」


 俺みたいのと違い、ねーさんは最低限『視える』だけだ。それを克服しなかったのは確かに彼女の責任だろう。

 そして、この模擬戦の趣旨についてもだ。


「ねーさん、魔力を集めたりとか……できるよね?」


「……あたし、コウと違ってそこまで早くはできないの。同じくやろうとしても絶対的に時間が足りないから……」


 その言葉に冷たく返すルーシーであった。


「ほれ見い。鍛錬不足そのものじゃよ。これならば六年前の方がまだ動けていたわい」


 なーんか、ねーさんを全否定している姿を見てると、かなーり頭に来るな。


「ねーさん、このままでいいのか?」


「そうだね……。情けない姿ばかり見せてられない!」


 俺達はお互いに持っている武器を構えて、ルーシーと残ったキマイラを睨みつける。


「コウ、あたしがあのキマイラを相手するから……」

「伏兵がいた場合と、あの性悪相手の妨害工作なら任せとけ」


 俺達にとってはこの一言で十分。二人とも相手に向かって駆け出していく。


「まだやる気があるのなら、二人揃って揉んでやるかの」


 ルーシーはこきこきと首を鳴らした後、キメイラをねーさんの方へと向けて襲わせている。ねーさんはキメイラ攻撃を最低限の動作で避けて、トンファーでの打撃を叩き込み続ける。

 一方の俺は、ねーさんが霧散させたキメイラの魔力を奪う事に集中していたのだが、あちらもそれはお見通しとばかりに、魔力を自分の方へと吸い込んでいく。


「功、お主は鍛錬を怠ってはいなかったようだがの。ワシと張り合うにはあと最低二十年は時間が足りん。今回はワシの勝ち――」


「いや、俺の勝ちだ」


「……? お主、刀はどうした!?」


 今更、気付いたってもう遅い。


「蛇の力を借りるからには、ちゃんと報酬を払うヘビ!」


 さっき、ねーさんがキマイラの相手をしている状態でルーシーの視線がそちらに向いている隙にローラの方へを向けて刀を投げていた。


「ローラ! 蛇に触れろ!」


「へ? うん!」


 ローラに触れられた駄蛇は実体化する。その蛇の体はローラのいる位置から真っすぐにルーシーへと向かい、その体に巻き付いた。

 そして、彼女が持っていたキメイラを呼び出した魔法陣が書かれていた紙を噛み千切ちぎる。


「!? ガァ!!?」


 自身が召喚された陣が破かれ、何が起こったかも分からないといったキマイラはそのまま消えてなくなっていった。


「……お主、ローラの実体化能力で紙に書かれた召喚陣を蛇に破かせるのは反則じゃないかの!?」


「えー? 知らないなあ? だって相手が自分の想定を上回るのは負けた言い訳にならないって、るーばあも言ってたし!」


「ローラを参戦させるのはルール違反だと言っておるのじゃ!」


「駄目とは言われてねーから」


 その回答にぐぬぬと悔しそうな顔をする偽ロリであった。


「召喚用の陣もなくなって、周りにも何もなし。ミッションクリアでいいよな?」


「はあ……、まあええじゃろ。ここまでやればレイチェルにもいい薬になっただろうて」


 溜息をつきながら、嫌々といった感じではあるが、模擬戦はこれにて終了となった。







 今回のルーシーによるレイチェルねーさんお仕置き模擬戦。それを行った魔霊対策室の演習場をモニターしていた面々の姿があった。


「あの人が……室長のお気に入りか……。ちょっと可愛いね。それにあの眼、いや感覚かな? 凄いわ。そのうちちゃんと会えるといいな」


「けっ! 大したことねーよ……、あんなの」


「ふーん、あの姿が見えなかった方の使い魔……、あんたならどうにかできるの?」


「がっ……。気合で何とかする!」


 その若い二人に声を掛ける一人の男――月村真司の姿があった。


「二人共、面白いものが見れたみたいだな。さて、僕の技術と君達の鍛錬の結晶、あの人達に通用するか楽しみだ」


「嬉しそうですね、月村さん」


「ああ……。ルーシーさんもだが、その末裔たるあの子達。魔女の末児すえご達も僕にとっては超えるべき壁みたいなものだからな。二人も協力して欲しい」


「「はい!」」


 その二人は月村真司の頼みを真摯な眼差しで受け止め、その決意に賛同していた。







 ところ変わって、お家に帰宅した俺は居間の隅に体育座りで蹲っていた。


「俺……、もうお婿にいけない……」


「あー、あの動画面白かったヘビ。そして、くりーむあんみつ十個ごちヘビ!」


「も~! コウの子供の頃、甘えん坊で笑顔が純粋でかわいいかわいい!!」


 あの模擬戦の最中、俺はねーさんの所に向かうのに夢中でローラからスマホを奪うのを忘れてしまい、『功のちょっと恥ずかしい思い出 永久保存版』を全て見られてしまっていた。その現実に耐え切れずにいたのだ。

 ちなみに駄蛇のクリームあんみつ十個は協力させた報酬である。


「なーにを落ち込んでおる? そんな事を言うのならばローラに貰われると良いじゃろ?」


「ふ……ふぇ!? わたしがコウとけ、けけっ……!?」


 そんな冗談を言って俺を慰めようとしているらしいルーシーだったのだが、今度はレイチェルねーさんが隣に座って話しかけて来た。


「コウ、さっきはありがとね。ちょっとカッコよかったぞ」


「そりゃどーも。本来なら、ねーさんは俺より戦闘向きなんだから、しっかりしろ」


「あはは、面目ない。けどさ、さっきの貰われろって、あたしでも良いでしょ? 昔、約束したし」


 からかう様な顔でそんな事を提案してきたレイチェルねーさんだったが、俺にはそんな約束の覚えは全くもってない。


「あー……。これの事かの?」


 そうしてスマホを取り出した性悪ロリは模擬戦の時とは違う動画を流し始めた。


『じゃあ、僕! 大きくなったら、おねーちゃんと結婚する!』


『うんうん。コウが大人になって格好よくなったらね!』


 何これ?


「これはの、『功のもうちょっとだけ恥ずかしい思い出 永久保存版』じゃよ」


「どんだけあるの!? その永久保存版!?」


「恥ずかしさのランク分けで……、とおくらいかの?」


 一番上はどれだけ恥ずかしいだよ、それ! もう罰ゲームじゃねえか!


「るーばあ……、その動画、今すぐ消せ! 即座に消せ! でないとスマホごとぶっ壊す!」


「できるもんならしてみい。これはワシにとっても大事な思い出じゃからな。バックアップも欠かしておらんぞ」


 この二百歳オーバーのくせに現代技術に染まってるロリ魔女があああ!?


「ルーシー……、その動画も見ていい? それに映ってるコウも可愛いでしょ?」


「そうねー、あたしも昔の思い出に浸りたいな~。良いでしょ?」


「蛇も見たいヘビ! 面白そうヘビ!」


 俺以外の女性二人と一匹の駄蛇は、その動画を見たがっていたが俺が全力で阻止したことにより、それは叶わなかったのだった。

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