第27話 模擬戦 前編

 都内のとあるビルの一角。『魔霊対策室』本部の地下。地下深くにあるとは思えない広大な空間が広がっている。

 霊と人の諍いを解決する組織であり、人に仇なす存在に対抗する者達で構成された武装組織でもある。

 当然ながら俺こと坂城功もその一員であるのだが――


「ねえ、るーばあ……。何で俺は演習場に来てすぐに拘束されているのですか?」


「んー? まあ……、お主は今回ミスしたわけでなし、いきなり実戦形式でしごくのも違うじゃろ?」


「だったら拘束も違うんじゃ……」


 はい。その武装組織の一員であるはずの俺は、演習場へと足を踏み入れたその瞬間、齢二百歳オーバーの現代において世界最強クラスの魔女から魔法で拘束をされてしまったのだ。

 今、俺の体には普通の人間には見えない縄の様な物が何重にも絡みついている状態だ。


「なに。しごくのはレイチェルだけじゃが、助太刀は好きにせい。ただし……、その拘束を自力で抜けた後での」


 だったら俺、このままでいようかな。などと考えてしまったのは、はっきり言って甘かった。


「での、ローラよ。ワシらの模擬戦だけじゃと退屈じゃろ? 暇つぶしにこれでも見ておると良い」


 一緒に連れて来たローラ(とついでに駄蛇)へ、ルーシーはスマホを渡して動画を再生。そこから、とてもとても懐かしく聞き覚えのある声が響き渡ってきていた。


『ごめんなさーい!? うえええええん!?』


『おー。布団にオーストラリア大陸がくっきりと! おねしょも馬鹿にできんの』


 おい!? これって!?


『るーばあ! るーばあ! ちょっとま……!? いたいよおおおお!?』


『あー。すまぬの。転んでしもうたか。ほれ、おぶってやろう』


『えへへ……。るーばあ、だーいすき!』


 動画の内容を察した俺は思考がフリーズしてしまった。そんな状態の人間へと容赦ない追い打ちが掛けられる。


「ローラ、これはの……。『功のちょっと恥ずかしい思い出 永久保存版』じゃ。少しばかり年をとって、お兄さんぶってはおるが……ほんの十年前はこんなのじゃった。これはこれで可愛らしいから特別に見せてやろう」


「ぎゃーーーーー!? 見るな! ローラ!! 見ないでくれ!!」


「無視してよいぞ。というか、ローラには操作できんようにしてあるからの。堪能すると良い」


 ローラと駄蛇……、特にローラはちょっと申し訳ない顔になりつつ、昔の俺の動画を興味津々といった感じで見入ってしまっていた。


「わたしより年下のコウ……可愛い……」


「これがあの冷血小僧になるヘビ? 人間の成長は無常ヘビ」


 拘束されながら羞恥に悶える俺へ、性格悪偽ロリルーシーはチラッと目配せする。


 (お主の考えそうなことなぞお見通しじゃ。動画を止めたかったら、はよ拘束を解くのじゃな)


  そうしてルーシーは距離を置いて、レイチェルねーさんと向かい合う。


「さて……、覚悟は良いかの? バカ娘」


 相対するねーさんは無言。緊張した表情と雰囲気だけは伝わってくるが――


「トンファー? だよね?」


「ああ。ねーさんの武器だ。あの人、接近戦が得意でな」


 それだけでも無いのだが、ルーシーは魔法的な紋様が描かれた一枚の紙を取り出す。


「ほれ。今日の相手はコイツじゃよ。可愛がってやれい、キメイラ」


 その紙から獣が姿を現す。

 ――キメイラ。キメラ、カイメラとも呼ばれる。獅子の頭に山羊の胴体、蛇の尾を持つ。これはルーシーの魔法によって作り出されたものとはいえ、外見通りの凶暴さを備えている。


「グルルルル……」


 唸り声をあげながら、キメイラはレイチェルへと襲い掛かろうと足を踏みしめる。しかし――


「相手を睨んでいる暇があったら……、攻撃の一つでもしたら?」


 スッと音もなく移動していたレイチェルねーさんの右腕で高速回転していたトンファーがキメイラの頭部に激突した瞬間、頭を消し飛ばしていた。


「すご……、でも……? ライオンさんの頭が塵みたいに……」


「気付いたか? あれがねーさんの能力でな。触れた霊体、または術を構成している力を塵にして霧散できる」


 俺達の会話を聞いていた駄蛇が興味深そうに質問をしてきた。


「もしかして……、海の向こうの國で結界ぶっ壊したとか……、そういう事ヘビ?」


「多分……、自分の能力でやっちゃったんだと思う……」


「うわー。おっかねーヘビ……」


 その答えにドン引きしていた駄蛇であった。

 しかし、これで終わるかと問われれば、当然そんなことはなく――


「……ほれ。その程度で仕舞いとは思ってはいないじゃろ?」


 ルーシーの言葉に合わせてレイチェルねーさんの目が真剣な物へと変わっていく。塵にしていたキメイラの頭部分が瞬く間に元に戻っていたのだ。


「ひゅー。あれだけのダメージを瞬時に治したヘビ。銀髪もやるヘビね」


「ねえねえ! コウ! あれってあんなにすぐにできるものなの?」


 ローラの疑問も最もだ。確かに普通なら致命的なダメージだ。


「ローラの考えている通り、普通なら無理。あのロリばーさんが規格外すぎるだけだ」


 だが……、おそらくはこの模擬戦の趣旨はキメイラを力尽くで倒すことではないはず。というか、あんなの繰り返していたって絶対に倒せない。


「ねーさん! それだけやってたら駄……くっ!?」


 助言を飛ばそうそすると、余計に拘束が強まるってか……。なら! こうするだけだ。


「ひふみ……、えっ!?」


 祝詞を唱えても何の変化も起きない!?


 俺が違和感を感じていると、偽ロリは少しばかりこちらを向き、あっかんべーをしていた。


「あんの婆さん! ねーさんの味方したのを根に持ってやがる。この拘束も……俺の術を封じるためだってか!」


 段々とムカついてきたな……。


 頭に血が上ってきていたのだが、俺の気を散らすのが近くから聞こえてきている。


『るーばあ……! 一緒に寝て!!』


『なんじゃ? 怖い夢でも見たかの?』


『妖精さんが僕を連れてこうとしてきたの!』


『そうかそうか、それは怖かったの。ほれ、隣においで。いさ――』


「お願いだからもう終わって! その動画!!」


 『功のちょっと恥ずかしい思い出 永久保存版』が延々と流され続けている。


「うわー……。小僧甘えすぎヘビ。へ~びびびび!!」


「コウがこんなに甘えん坊だったなんて……。か~わいい~」


 そんな俺の望みは叶うことなく動画は進んでいるが、一方ルーシーとレイチェルねーさんの方はというと、ねーさんが攻撃してはキメイラが再生するのを延々と繰り返している。

 最初は優勢かと思われたレイチェルねーさんだが、疲労の色が出始めている。


「レイチェル……、本当にたるんでおるの。ここまでとは思わんかったぞ?」


「ぐっ!? ルー! これズルくない!? 普通……こんな再生速度なんてありえない!」


 ねーさんの言うことも分からなくはない。通常の相手なら、ねーさんの能力で一撃入れるだけで終わってしまうのだ。


「ありえない……か。そんな事を言っておる時点で、お主の負けは決まっておるよ」


 落胆した表情のルーシーだったが、その視線はねーさんの後ろに向いている。そして、その意味を理解しているのは、術者本人以外には俺しかおらず――


「ねーさん! 後ろ? がっ!?」


 助言をしたことで、俺の拘束が更に強くなる。ぎゅうぎゅうと筋肉が締め付けられる音まで聞こえている。

 そう、俺の助言は遅すぎた。ねーさんは自分が意識していない場所から攻撃を受けてしまい、吹っ飛ばされてしまう。


「ぐっ!? でもこのくらい!?」


 空中で一回転しながらも、どうにか体勢を立て直していたレイチェルねーさんにキメイラの追撃が迫る。


(さっきの攻撃は!? そういうこと?)


 レイチェルは視線を四方八方へと向けながら思考を張り巡らせている。


(向かってくる敵だけに集中したら駄目だ。死角にも気を配らないと……)


「お主の考えなんぞ、手に取るように分かるわい。誰が戦い方を叩き込んだと思うとる?」


 キメイラを正面から迎撃したその刹那、ねーさんは死角からではなく真正面からの見えない攻撃にダメージを受けてしまっていた。そのせいで片膝をついて蹲ってしまう。


「さて、仕舞いにしようかの。終わったらゆっくりと説教じゃな」


 冷たい目をしたルーシーが、そう言い放つ。ねーさんの正面には牙を剝き出しにしたキメイラ。それを目撃していたローラはこれから起こることを想像してしまって一瞬だけ目を背けてしまう。しかし――


 キメイラの牙はレイチェルに届くことは無かった。


「おい、この性悪。少しばかりやり過ぎじゃないか?」









 ――チン!


 鍔鳴りの音が聞こえた刹那、キメイラは前足二本と顔面に刀で斬られた傷が出来上がり、それがキメイラの突進を妨害していた。レイチェルは自分とキメイラの間に割って入っていた少年の背を呆然と眺めている。

 一瞬で三回の斬撃を放っていた少年は、鋭い目つきでルーシーを見据えていた。


「拘束を解いたら助太刀は好きにしろって言ってたな? なら、こっからは俺も参加させてもらう」


 そう宣言して、刀を構える坂城功の姿があった。

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