第21話 トンテンカン! ヘビ!?

 日本刀――刀剣でありながら、芸術品としての価値が高く、その神秘的な姿に魅了される者は後を絶たない。

 そして、その日本刀を産み出す刀鍛冶そのものが神事という一面を合わせ持つ。


「どうしたのじゃ? ローラ」


「……綺麗」


「あれで、すましてさえいれば整った顔つきじゃからな」


 今の俺は身を清め、真っ白な作務衣に袖を通し、鍛冶場へと歩いている最中だ。それを偽ロリ達が見守っている。


「おーい! ローラがの! カッコいいとか言うとるぞ」


「言ってない! 言ってないから!」


 俺はこれから鍛冶場に籠らなければならないというのに、外野が騒がしい。


「すまねえな……。面倒事を頼んじまって」


「いえいえ、構いませんよ。ただ……、お願いがありまして」


 今回、刀の作製を依頼した刀匠は彌永いよながさんの古くからの知人らしい。自身が持つ霊刀のメンテナンスをお願いすることもあるそうだ。

 ただ、今日は一人しか姿を見せていない。刀鍛冶は普通、弟子と共に打つはずだ。


「申し訳ありませんが、今回は鉄を鍛える工程をこの方に手伝ってもらいたいのですよ。弟子が夏風邪を引いてしまいましてな」


「いやいや、ちょっと待ってください。俺は……、そんなのやったことないですよ!」


「細かい部分はわたくしが行いますから、気にせず叩いてください」


 一瞬、彌永さんを見ると、気にするなといった目配せをしていた。あちらからの提案でもあり、無碍にするわけにもいかない。


「おれ……、コホン。わたしでよろしいのでしたら。どうかよろしくお願い致します」


 思わず、姿勢を正して言葉遣いも変えて、礼をしてしまった。自分の身内以外に鎚を任せると仰っているのだから、礼節を弁えなければ失礼になる。


「そこまで固くならずに。今回は、貴方に命を預けることになるかもしれませんからな。こちらこそ、どうかよろしくお願いします」


 あの骨に宿った怨念のことを言っているのだろう。ここまで信頼してくれたのだ。手を抜くわけにはいかない。

 鍛冶場へと足を踏み入れる。

 まずは神棚の前に立ち、二礼二拍手一礼。この場に御座おわす神へと敬意を表す。そうして、刀作りが始まった。


 熱せられた玉鋼を薄くのばし、水で急冷する。その薄い玉鋼を小割りと言って2cm四方程度の大きさになるように、叩いて割っていく。


 さて、ここからだ。


「ひふみ よいむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ そをたはめくか 

 うおえ にさりへて のますあせゑほれけ」


 骨の封印を解く前に祝詞を唱える。鍛冶場の外にいた三名にも、その様子が伝わったらしい。


「ほう……。気合が入っておるな。よしよし」


「久しぶりに見るが……、やるようになったじゃねえか」


 老人二人が鍛冶場の神気に感心している一方でローラだけ、頭にはてなマークが浮かんでいる。


「あー。霊視してみ? それで建物がどうなっているか、よーく視てみるのじゃ」


 その言に従い、ローラが覚えたばかりの霊視で鍛冶場を確認する。


「ふぇ? きらきら……? すごく綺麗な空気? みたいなのが建物の中に集まっていく……」


「どうじゃ? 中の邪気についても分かるか?」


「うーんと……、黒いのが……段々と薄くなってる?」


「そうじゃの。ここまでならば心配は無用かの」


 そこまでで、鍛冶場の中については手出ししなくとも良いと判断したらしく、ルーシーは彌永とローラにこう提案した。


「せっかくじゃから、三人で食べ歩きしようかの。スタンプラリーで景品も貰えるそうじゃよ」


「い……いいの?」


「何日もここにいるわけにはいかんしの。基本的にああいった場所は女人禁制じゃし」


 というわけで、お三方は地元商店街食べ歩きツアーを開催することとなった。

 一方、俺はというと、今度は骨を混ぜた鉄の鍛錬へと取り掛かっていた。事前に刀匠から指示を受けていた通り、熱せられた鉄を大槌で叩いていく。


――カン! カン! カン!!


 まだまだ真っ赤に熱せられた鉄の塊ながら、これから刀へと転じていく息吹を……、あれ?


――カン! へびぃ!? カン!! へびびぃ!? カン! カン!!


 ……疲れているのかな? へびへび聞こえるぞ? いや! ここは集中して槌を振らねば!


――へび……。カン!! へ……び……。カン!!! へ……。カン! カン! カン!!


 よし。聞こえなくなった。いい感じだ。


「鍛錬はここまで良いでしょう。しかし……、箱を開けた瞬間に感じた寒気が今は全くありませんな。素延べの後は、わたくしだけでも大丈夫でしょう。彌永いよながさん達と合流されては?」


「いえ。何が起こるか分かりませんから、最後まで立ち会わせてください」


「真面目ですな。それではお願いしたします」


 そうして数日後、待望の新しい刀が完成した。少しばかり鞘から抜くと、日光を反射して輝く産まれたての刃金の周りに気を纏っているのが視える。霊刀や妖刀と呼ばれる刀と同じ状態だ。


「終わったようじゃの。どうじゃ?」


「とりあえず巻藁でも使って試し斬りしてみるか?」


 彌永いよながさんの提案に頷き、巻藁のある方へと向かう。


「サ……サムライだぁ……!!」


 巻藁の前で居合の構えすると、ローラが目を輝かせて俺を見守っていた。


「まあ、日本人じゃから……、侍には違いないか」


「だってだって! コウが本当にサムライみたいな構えしてる!!」


 ローラの興奮がこちらにも伝わってくる。

 そして集中力を最大限にまで高め、鞘から刀身を抜き放ち、巻藁を両断する。


「……!? えっ……。いつ刀を抜いたの?」


 彼女には巻き藁を斬る瞬間を視認できなかったらしい。数秒後、ゆっくりと巻き藁の上部分が切れ目に沿ってずれていき、ズサっと地面へと落ちていった。


「どうだ?」


「悪くないどころか、今まで持った刀の中で一番手に馴染みます」


「だろうな。それ関しては、ここのあるじに感謝しろよ。お前に合うようにわざわざこしらえた言わばオーダーメイドだからな」


 これには感謝しかない。


「何から何まで本当にありがとうございます」


 刀匠の先生へと頭を下げて、精一杯の礼を表す。


「こちらこそ、よい仕事ができました。ご助力感謝しますよ」


 そうして帰宅する前に、遠くからもう一度、頭を下げて鍛冶場を後にした。


「彼があの……、神屋かみや明澄あきずみの秘蔵っ子ですか。あの神気、凄まじいですね」


「いいだろ? やらねえぞ?」


「彼が刀匠になりたいのでしたら、歓迎しますがね」


 彌永いよながさんと刀匠の先生はそんな会話をしていたらしい。


 ところ変わって、自宅へ帰った俺はというと……。


「二人ともズルい!! 俺が鍛冶場に籠ってる間、食べ歩きって……!? しかもスタンプラリー制覇で景品貰ってくるとか!?」


「別にええじゃろ~。ローラの夏休みの思い出じゃよ」


「ご、ごめんね? コウも行きたかったよね?」


 ローラだけだが申し訳なさそうにしているので、ここまでにした方が良さそうである。


「今度は俺も行く!」


「あー。残念じゃな。もう開催期間は過ぎとるでな。次の機会にせい」


「なら蛇を置いていくと許さんヘビよ!」


「なんじゃ? 置いてきぼりは……、ん? なんか言うたか、功?」


「いや、なにも。語尾がヘビな変なの聞こえたのは俺だけじゃなかったか」


 謎の声の主を俺と偽ロリはきょろきょろと、辺りを見回して探していると、本日受け取ったっばかりの刀が入った竹刀袋の方から文句が聞こえてきていた。


「さっさと出せヘビ! 聞こえてるかヘビ!」


 俺とルーシーは顔を見合わせ、竹刀袋の方へと近づいて行ったのだった。

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