変わる世界のエトセトラ

第9話 人にものを教えるのは向き不向きがある

 さて、先日の化生けしょうとの戦いを経て……、とはいうが別にローラは戦ってはいないし、あの子の詳しい事情も聞けてはいないが、たった一つだけおロリ殿ルーシーから教えられたことがあった。

 

――その犬霊に噛まれてできた傷……、ローラによるものじゃよ。

  そして――


 ルーシーからの説明を聞いて俺自身も頭を抱えてしまっていた。厄介ごとなのは、あの破天荒偽ロリルーシーが来た時点で察してはいたものの、これからどうすれば良いのかを考えていかなければならない。

 とはいえ、まずはローラに人ならざるものについて教えていくのが最優先となる。一番最初にすべきことは――


「――というわけで、まずは霊やそれに類するモノを見れるようになろうかの」


 これが妥当なところだろう。そういったものを認識できるか否かは、それだけで大きな違いがでてしまうものなのだ。

 本日は土曜日ということで、ローラの訓練に一日付き合うという約束だ。


「では! 功よ。手取り足取り教授してやるがいい!」


「自分でやるようなセリフ言っといて、俺に丸投げかよ!」


「人に教えるのも勉強のうちじゃよ。若いうちの苦労は買ってでもしろと言うしの」


 実はやりたくないだけじゃなかろうか。そんな考えが頭を過ったが、とりあえずローラの方へと向き直る。

 ローラも真剣な表情で、かなり緊張しているらしく体に力が入っているのが一目見ただけで分かってしまう。


「じゃあローラ……まずは……」


「うん」


「まずは………………………」


「コウ? どうしたの?」


「………………………………………………………………………………」


 思わず無言で首をひねってしまう。それだけに飽き足らず、腕を組んで悩んだり頭を抱えてみたのだが、俺はある重要な事実を認識してしまった。


「……なあ、よく考えてたら俺……、物心ついた時には幽霊とか普通に見えてたから、……、全くわからない……」


 その一言を聞いたルーシーが苦言を呈する。


「……はあ。なっさけないのう……。これだから近頃の若いもんは……」


 仕方ないといった表情で今度はルーシーがローラと向かい合い、説明を始める。


「まずは、チャンネルを合わせるようなイメージでグルグルとやってみて、合わせたらアンテナをピーンと張って、モヤモヤ~っと見えてくる感じじゃな」


「意味わかんねーよ! チャンネルグルグルってなんだよ!」


「昔のブラウン管テレビはそうやってチャンネル合わせとったぞ!」


「いつの時代だよ! いつの!!」


 こんな感じのルーシーと俺の口喧嘩を見ていたローラは数年後にこう語る。


 ――この人達、色々とダメなんじゃないかと思ってしまった……と。








 ローラに霊視を教えてるのは、俺達では無理という結論に一時間程の口喧嘩の末、ようやく気付き、ある場所へ訪れることになった。

 目の前には、今時珍しい古民家の様な雰囲気の一軒家が立っている。門を潜り、玄関先で叫んでみる。


「おーい! 彌永いよながさーん! 生きてますかー!!」


「……お主……、少しは年上に敬意を払った方がよいと思うぞ……。訪ねてきて開口一番でそれどうかと思うぞい」


「いやー、ほら。最近、独居老人の孤独死とか問題になってるし……。一応心配で」


 俺とルーシーが少しばかり会話していると、家の奥からこちらへ向かってくる足音が聞こえてきた。着流し姿で白髪の短髪、顎に髭を蓄えた老人が目の前へと近づいてくる。


「……ったく、久々に顔見せたと思ったら、ご挨拶だなぁ! おい! ……って!? ルーシーちゃんじゃねえか。何年ぶりだ!?」


「うむ。久しいのう。あの時以来じゃから六年ぶりといったところかの。相変わらずの男前じゃな」


「よしてくれ。もう六十過ぎた爺さんだぜ、オレ」


 こちら、彌永いよなが史朗しろうさんといい、俺こと坂城功の師匠せんせいの元上司だ。この人からも色々と教わったので、ある意味、第二の師とも言える存在なのだ。

 そしてルーシーとも二十代の頃からの付き合いらしい。

 俺達は事の経緯を説明すると、彌永いよながさんはローラを一目しながら一言。


「――で、オレんとこに来たと」


 俺とルーシーはお互いに目を見合わせて、文句を言いあう。


「うむ。まさか功のやつが、ここまで教え下手だとは思わなんだ」


「まさかロリ婆が、あんな電波な教え方するとは思わなかった」


「もうやめろよ? 話が進まねぇから」


 彌永いよながさんが頭を抱えながら、俺達に注意を促していた。


「まあいい……。どうせ引退して暇してんだ。そこの嬢ちゃん……、ローラつったな? ちょっとこっちに来な」


 手招きされたローラは彌永いよながさんの近くに行き、ちょこんと座る。初対面の人間だからか少しばかり緊張して顔が強張こわばっている。


「そう……緊張すんな。別に取って食ったりはしねえからよ。それと功、お前ぇもこっち来い」


「……? なぜ?」


「良いから来い」


 とりあえず指示通りにローラの隣に座ることにする。


「とりあえず、お前ら二人の視覚。特に功の視覚を嬢ちゃんの方にリンクさせる。要はコンタクトレンズみたいなもんだ。功が普段見てるものを、嬢ちゃんにも見せるようにピントを合わせるようなもんだな」


「……俺はコンタクトレンズ替わりですか?」


「そんな不満そうな顔すんな。初心者に対してよくやる補助役ってだけだからよ。二人とも手ぇ繋いで、目をつむれ」


 俺とローラは言われたとおりにする。


「功、お前は繋いだ手から嬢ちゃんに意識を向ける。んで、嬢ちゃんの目を使って物を見るイメージしろ。嬢ちゃんにも適性はあるはずだから、そう難しくはねえ」


 とりあえず、その通りのイメージを固めてみることにする。


 ……ローラの手から目まで自分を繋げてみて、視覚を貸すような感じが良いのか?


「……なんだ。もっと時間かかるかと思ったが、一発でできたじゃねえか」


「どこぞの若作りより説明が的確だっただけですよ。なあルーシー?」


 どうやら、そのリンクとやらはうまくいっているらしい。ちなみにルーシーは少しばかりいじけている。


「うし! なら少し外を歩いてこい。まだ、ピントは合ってないだろうが、見え方に変化はあるはずだ。ついでに買い物も頼む」


「なら、これも買ってくるのじゃ。お駄賃もやるからの」


 老人二人の指示のもと、俺とローラは、その『変化』とやらを確認しつつ、商店街までの買い物へと繰り出すのであった。

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