第10話 所有武具のご相談

 二人からの買い物を終え、彌永いよながさんの家へと戻る。俺は両手に買い物袋を握りしめ歩いている。結構重い。


「そういやローラ、なんか見えてるのか?」


「んー……。まだそこまでは……。ただ、モヤ~っとしたのがいるような……、いないような……?」


「そんなもんなのか? あの辺のカイゼル髭とか、飛脚っぽいのとか、鎧武者とかは?」


「そんなにはっきり分からないよ……。飛脚ってなに?」


 まだ日本独特のものは知らないか。仕方ない。


「飛脚ってのは――」


そんな説明をしながら歩いていたのだが、俺的にはできれば、このまま彌永いよなが邸へ戻るよりバックレて自分の家に帰りたい。


「ローラ……、相談なんだが……、今日はもう家に戻らないか?」


「何で?」


 可愛らしく首を傾げながら疑問をぶつけてくるローラだった。


「このまま彌永いよながさんちに戻ると凄まじく面倒なことになるから」


「だからそれは何でなの? それに買い物頼まれたし、自分のお家に帰るのはそれを届けてからじゃないとダメだよ?」


 それはそれでド正論なので反論できない。そして、バックレたら後で絶対怒られる。


「はあ……。仕方ない。一応あの人に相談したい事もあるし、すぐに戻れるように頑張ってみるか……」


 彌永いよなが邸へと到着し、重苦しい気分のまま老人達のいる居間へと行くと、陽気な笑い声が響いていた。


「おっ! 帰ったか! こっちはルーシーちゃんと一杯やってるぜい!」


「功、お主、普段は家で飲ませたがらんからの。こういう時に飲み貯めしておかねばな! ぷっはああああああ……。幸せじゃなあ……」


 二人とも酒が注がれたコップ片手に顔を赤くして、すでに出来上がっておりました。


「……んっと?」


「ローラ……、この二人、顔を合わすと大体こうだ。今は夕方だからまだ良い方だが、場合によっては昼間から飲んでるときもある」


 ルーシーと彌永いよながさん、付き合いが長いだけでなく、飲み仲間でもあるのだ。そうして買い物袋の中身は大体が酒のつまみである。

 こうなるのは覚悟してきているので、もう諦めるしかないのだが、この二人がこれ以上酔う前に色々と話しておきたいことがある。


「すいません。俺からも相談したいことがありまして……」


「なんだぁ? 女の口説き方か?」


「違います」


 酔っぱらいのペースに付き合ってはいられないので、単刀直入に用件を話す。


「実は……、これなんですが……」


 俺は持ってきていた竹刀袋から、自分の刀を取り出し二人に見せてみる。先日、狼型の化生と戦った際に刀身が折れたものだ。


「こりゃ駄目だろ。他のねーのか?」


「無いからこうして相談してます。こう……、国家権力的な伝手つてでどうにかなりませんか?」


 俺の言葉にいち早く反応したのはローラだった。


「国家権力?」


彌永いよながさんは、人に悪さする化生とか霊とか、そういったモノへの対処をするための組織で室長だった人なんだ。名称は、『魔霊対策室』。……まあ、公式には存在しない部署だけど」


「ちなみに今は功の師匠が室長をしておって、ワシやローラの入国や生活での手続きでも色々と骨を折ってくれたんじゃよ」


 俺の説明にルーシーも補足をしている。


「……ってことは……、コウもそこで働いてるの? でも普通に学校も行ってるよね?」


「こいつぁな、高校中退して最終学歴中卒で就職とか嫌だ~つって、駄々こねてんだよ。あそこはそんなん関係ねえってのによ! まっ! 若いうちは学校通うのも悪かねえが」


 なんか、ローラに対して俺の現状説明になってきてる。


「それでも、こいつは腕はそこそこ良いから、どうしても人手が必要な時とか、こいつが自分で見つけたタチ悪いのとかを対処してもらってるわけだ」


「それよりも……、刀の方ですが……心当たりありません? 曰く付きで所有者が手放したがっているようなのがあれば格安で手に入るのですが……」


 困ったことに、物の怪の類を相手するには普通の武器じゃなく、そういったモノと戦って残っているものとか、怨念が籠っているとか、そんなのじゃないと相手を斬れない。


「大体が古いもんになるからなぁ……。そういった物は歴史的価値も高えから難しいぜ?」


「童子切とか薄緑とか……、無理ですよね?」


 俺の何気ないセリフを聞いて、おロリばばルーシーがバンっとテーブルを叩きこちらを睨む。

 未熟者のくせにそんなのを所望するなぞ百年早いとか言われるのだろうと覚悟する。だが、ルーシーの口から出たのは予想外の言葉だった。


「功……、一つ言うておく。万が一……、いや億が一、そんなのが回ってきて、また折ったりしたら……、ワシはあの家を売り払ってローラと一緒に夜逃げするからの!」


「おい、何言ってる!?」


「当然じゃろ。国宝どうじきり重要文化財うすみどりにどれだけの価値があると思っておるんじゃ。そんな物を壊したりしたら借金まみれになるわ!」


 ルーシーはその勢いのまま、ローラに手招きし近くに呼び寄せて座らせた。


「よいか? ローラはあんなのを旦那にしたらいかんぞ? 愛があれば良いなどと言う輩もおるが……、まあそれ自体は否定せん。しかし、『衣食足りて礼節を知る』とも言うからの。食うや食わずでは礼節どころか愛などと言っている余裕もなくなるものじゃよ」


 ローラさん、ルーシーの熱弁に圧倒されたのか、黙ってコクコクと頷いている。


「ほれローラもこう言うてやれ!」


 偽ロリがローラに何やら耳打ちをしている。そのすぐ後にローラが棒読みで俺の批判を始めてしまった。


「コウ、サイテー。ロクデナシ。カイショウナシ」


 俺……まだ何も悪いことしてないよね?


「子供に何言わせてんだ! このロリ婆!」


「借金まみれになる前に救ってやろうという老婆心じゃよ」


 酔いながらドヤ顔してるルーシーにイラついていると、今度は後ろから思いっきり肩をバンバンと彌永いよながさんに叩かれる。


「もし本当にそうなったら、お前は魔霊対策室あそこで一生ただ働きな!」


 もう……泣いていいですか……、俺。


「冗談だ。ちょっとやり過ぎたか……。そんな泣きそうな顔すんなよ。刀に関しちゃオレからも、方々に当たっといてやる」


 ……と、元室長からのお言葉で何とか心の平静を保っている俺なのであった。

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