第86話 演習後の意外なおさそい

 突然の偽ロリ使い魔襲来での対魔模擬戦闘を終え、室内へと戻ってきた俺達を偽ロリ達、特に彌永いよながさんは怪訝な表情を浮かべながら見ていた。


「なあ……。アイツら……どうしたんだ? お互いそっぽ向いちまって」


「あ……。前室長、お疲れっす。その……月村さんと功のやつ……、ちょっとした口喧嘩になってしまって……」


 忍から事情を聞き、もしかしたら先ほどの模擬戦でもっと煮詰めた方が良い部分があり、その件で口論にでもなってしまったのか……と彌永いよながさんは考えてしまったらしい。

 それはおいおいにするようにと、なだめるため彼が近づいた時、またしても俺らの口喧嘩が始まってしまった。


「あんな簡単に結界撃ち抜かれるとか……屈辱だ……! もっと結界を頑丈に張れるようにしないと!」


「は? あれ以上、頑丈にして威力減衰しすぎたらどうする気だ? 敵が倒せないだろ!」


「結界術師としてのプライドの問題ですよ! もし撃ち抜けなくなったら威力上げる調整すればいいでしょ!」


「威力上げたりして、またお前がムキになって今みたいな事を言い出したら堂々巡りだろ! 大体、そんなのやり続けたら過剰威力にしかならない!」


 などなど、戦術や戦略での口論ではなく、子供っぽい口喧嘩が勃発してしまっていた。

 それを目の当たりにした彌永いよながさんがプルプルとお怒り爆発寸前となっている。


「おーい……。馬鹿者共、ちょっとこっち来い。ここじゃなんだから、ゆっくり時間かけて説教してやる……!」


 そのお言葉と共に、俺と月村さんは前室長に首根っこを引っ張られて別室へと連れ去られてしまった。


「あーあ……。彌永いよながも誉めてやろうと思っておったはずなのじゃが……、何でこうなるかの……」


「何気に凄い事してるのにねー……。終わり悪ければ全て駄目になっちゃった」


「うむ。功の結界と部隊の連携による足止め。相手が手出しできぬ真司の長距離高威力の狙撃による撃破。うまいこと嚙み合っておった」


 そんな感想を漏らしていた偽ロリに権田原さんも聞きたいことがあったらしい。


「敵さんの追加でも来るかと警戒していたんだがな。それもなく思ったよりはあっけなかったぜ」


「レイチェルに追加を頼もうかとも思ったのじゃが……、あの装備であそこまで警戒させては、それも意味をなさんからの。出したところで、すーぐ撃破させてしまったじゃろう」


「じゃあ、俺らの動きも及第点ってとこか」


「そうじゃの。さっきまで彌永いよながは上機嫌じゃったからの。それが証左じゃ」


 その答えに満足そうな表情を浮かべる権田原さんであった。








 それから二時間ほど経ち、俺と月村さんは前室長のお説教から解放される。


「ったく……、こちとら感心してたってのに、あんなガキみたいな事しやがって……」


「「すいませんでした……」」


 俺達の項垂れながらの謝罪で、彌永いよながさんは頭をかきながら部屋から立ち去っていった。


「まあ……、今日で演習も終わりだ。僕は帰ったらクリスマスプレゼント用意してサンタコスプレの準備もしなければな」


「真也のためにそんなのもするんですか?」


「お前だって子供ができれば分かるようになる。それよりも……だ」


 月村さんの声のトーンが下がる。さっきの戦闘での指摘でもあるのだろうか……と、少しばかり緊張してしまった。


「お前……、プレゼントは用意してるのか?」


「何で?」


「何でって……、お前……ローラちゃんやレイチェルに何も渡さないつもりか?」


 俺の去年までのクリスマスといえば……?


 クリスマスイブでも緊急の案件で北海道の吹雪の中、雪の怪異への交渉したり……。

 クリスマス当日でも帰り道の途中、青森の八甲田で怪奇現象が起きてるから向かえとか……。


「月村さん、クリスマスって何でしたっけ?」


「……割とひどい組織だよなぁ対策室」


 真顔でクリスマスとは何たるかを月村さんに問うてしまった。


「今年は余程の緊急案件が入らない限り大丈夫なはずだから、帰ったらプレゼントを見繕うこと。特にローラちゃんなんてまだ子供だからな。そういうのはちゃんとした方が良い」


「それフラグになりません? 空飛ぶソリに乗ったサンタさんが不時着したから、救助しろとか言われてもやりませんよ……」


「むしろ、そんな案件が入ったら僕が行きたいくらいだ。助けついでに息子のプレゼントをお願いして、色も付けてもらおう」


 サンタさんを助けてプレゼントを強請ねだる大人とか、そんなのでいいのだろうか……。

 

 そんな会話をしていたのだが、重要な事実に気が付いてしまった。


「月村さん……、女の子にクリスマスプレゼントってどうすれば良いんですか?」


「それは……二人の好きな物でいいんじゃないか?」


「ねーさんの好きな物……、おいしいご飯? ローラは……何だろう?」


 その一言で月村さんの顔は引きつってしまっていた。


(これ……、どう考えても僕らの責任だよなあ……。情緒面がお子様すぎる!? もっと……こう……デートとかしてやっても良いんじゃないか!?)


 何かを言いたげな月村さんが俺の両肩をバンっと叩き、鬼気迫る雰囲気でこう言い放った。


「そういうのは自分で悩み抜くものだ。とりあえず頑張れ!」


「は……はあ……」


 月村さん、それだけ言うと退室していった。









 その数時間後、無事に自宅へと着いた俺達であったのだが、郵便受けに何やら封筒が入っていた。それを確認すると――


「ひゃほおおおおい!!」


「ど……どうしたのじゃ!? おかしな呪いでもかけられてしもうたか!?」


 偽ロリですらドン引きしていた俺の奇声の理由を探るべく、手に取っていた封筒をねーさんがぶんどっていた。


「これ……、前にルーとコラボした芸能事務所から……? 中身はライブチケット……」


「いきなり何する!?」


 俺の苦情をスルーし、ねーさんは中に入っていた手紙を読み始めていた。


「その節は大変お世話になりました。皆様分のクリスマスライブチケットを送付させていただきますので、もしご都合がよろしければ――」


「抽選も当たらなかったんだよ! 今回は諦めてたのに、これは天啓か!?」


 玄関先で小躍りする俺に対して、痛い者を見るような瞳で偽ロリが口を開いていた。


「ワシはパス。クリスマスは彌永いよながと飲む約束しとるんじゃ。たまには子供達だけで行くのもええじゃろ。もう大人のレイチェルもおるしの」


「そっか……。一枚余っちまうけど、仕方ないか」


 実際、偽ロリが老婆に見えているあちらの方々には、前に寄る年波で足が弱っていると言っている。大人数が集まる会場に行くのは不向きだろう。

 チケットがあるとはいえ、無理強いする気はないので、ねーさんとローラにどうするかを確認する。


「俺は当然行くけど、二人は?」


「当然なんだ……。あたしは行くけど……、ローラは?」


「わたしも行こうかな。行ったことないから……」


 とりあえず三人とも行くことになったのだが、ねーさんが不吉な笑みを浮かべていた。


「ねーさん? 途轍もなく嫌な予感がするのですが……」


「コウがはしゃぎ過ぎないように、保険をかけておこうと思ってね?」


 ねーさんがスマホを取り出し、どこかにメールを送信しているようだった。やっぱり嫌な予感しかしない。

 そのメールを打ち終わるとほぼ同時に俺のスマホのメール着信が鳴り響いていた。


『兄様へ。レイチェルからお誘いがありましたので、明日の朝一番の電車でそちらに向かいます。羽目を外し過ぎないようにしましょうね』


 羽衣ういから送られてきたメールは、とても丁寧な文章だったにも関わらず、どす黒いナニカがにじみ出ているような仰々しいものを感じてしまう。


「ね、ねーさん……、なんてことを……」


「節度を持って楽しんで来ようね。最前列でキレッキレのオタ芸とかしないで」


「お……俺が何したってんだ!?」


「そうだねー。せっかくのクリスマスに……他の女の子に目移りしそうな人に、ちょっとしたおしおき」


 よくよく顔を見ると、ねーさんの眼が笑ってない。俺……ヤバい事しちまったのだろうかと、部屋に戻った後で月村さんにメールをしてみたのだが、返ってきた返答は、辛辣なものであった。


『とりあえず、針のむしろ状態でライブ見ながら反省しろ』


 そのメールで、今の俺はヤッバイ状態なのだと再確認したものの、鋼鉄の意思を持って、ライブに赴く決意を固めていた。

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