第57話 再会

 キーンコーンカーンコーン!


 金曜日の授業が終了するチャイムが学校に鳴り響く。そのまま部活へと赴く生徒、まっすぐに帰宅する生徒、どこかに寄って遊んでいこうかと相談する生徒。

 それぞれが散っていく最中、俺は校舎から立ち去ろうと自然と早足になってしまう。そんな中――


「あっ! 坂城くーん! どこかに行くって聞いてたけど、もう出発?」


「藤田さんは耳が早いなあ。ああ! これから出発だ!」


「千佳から聞いたんだよ。……張り切ってるね? どうしたの?」


 ローラから千佳ちゃんへと今回の話が伝わっていたらしい。

 

「強いて言うなら……、今の俺は無敵なんだ!」


「意味分からないから!」


 ペシっと藤田さんのツッコミがオレの胸へと衝撃を与える。無論、この程度は痛くもかゆくもないのだが、最近は彼女にツッコまれる事が多い気がする。


「知り合いの神社でやるお祭りの手伝いだっけ?」


「うむ。お土産は霊験あらたかなお守りとか破魔矢とか御朱印帳とか絵馬を買ってくる……かも?」


「かも?」


「それよりも大事な事があるんだ! じゃあ!」


 駆ける様に校舎を後にして最速にて自宅へと到着。前もって準備していた宿泊セットを、昼間に偽ロリが借りて来たミニバンへと積み込む。


「……なあ? 何で三人とも一人当たりの荷物量が俺より多いんだ?」


「女の子は色々と必要なのが多いんだよ~。ねー!」


「その通りじゃよ。全くこれだから独り身は困るの。だから三列目にも大量に詰め込めるようミニバン借りて来たのじゃ」


 ねーさんの返答に合わせて偽ロリが俺を批判する形となってしまう。


「まあ良い。皆、早よ行こうかの」


 偽ロリ含む全員が車に乗り込み、現地へと出発していった。








 数時間後、師匠せんせいの実家である『須埜すや神社』へ到着。下校後、すぐの出発だったとはいえ、もう辺りは真っ暗になてしまった。


「ここ数年、こっちには来てないからな。ほんと久しぶりだ……」


 車から降り、神社の敷地内にある家屋へと向かう。以前は古民家といった風貌であった家屋も最近リフォームしたらしく、綺麗な住宅へと変わっていた。

 前もって到着時間を連絡していたものの、夜遅くなって待たせてしまっているかもしれない。

 問題はそこだけでなく……。


「みんな……、とりあえず俺の後ろにいて欲しい」


「なんで?」


 ローラが首をかしげながら、聞き返して来た。ここはちゃんと説明した方がいいだろう。


「玄関の扉を開けた瞬間、羽衣ういが一撃入れてくるかもしれない」


「あー……。うん。あるかも……。あの娘、コウへの対抗心が凄いから……」


 流石はねーさん。俺の想像をうまいこと言語化してくれた。この中では事情を察せないローラのみ困った表情を浮かべているので、のじゃロリが解説することにしたらしい。


「まあの……。アレじゃ。功が幼い頃、まだ比較的時間に余裕があった神屋が世話を焼いておっての。実の娘からすれば、あまりいい気分ではなかったろうて」


「自分のパパを取られちゃった感じ?」


「うむ。あの娘には悪い事をしてしまったかもしれんの」


 その解説を聞きながら、羽衣ういの事を思い出す。

 ぱっと見では髪も短くて男の子のようであり、俺が師匠せんせいに連れられて、この場にいた時期は毎日のように竹刀片手に猪もかくやといった猛突進で唐竹割りを繰り出してくる娘だった。

 そして先日の無駄に力が入っているメールを思い出すと……。


「白刃取りできるように構えとくか……」


 羽衣ういの一撃を受け止めるために準備をしてから、玄関の呼び鈴を鳴らすとインターホンから師匠せんせいの奥様の声が聞こえてきていた。すると……。


 ドタドタドタ!


「ちょま!? 準備が!? 間に合う!?」


 なんか……、慌てた声で玄関に向かっている足音が聞こえる……。


 鍵は開いているらしいので、最大限に警戒しつつ一気に扉を開ける。多分、その刹那に俺の頭部へと竹刀を振り下ろすか、狭い玄関でも問題ないよう突きが来るはず。


 そんな俺の予想とは全く違う光景が目の前には広がっていた。この状況は現実なのかと、つい駄蛇の体をつねってしまう。


「いでーヘビ!? いきなり何するヘビ!?」


「ふむ……。痛いという事は、夢じゃないな。実はまだ車に乗っていて居眠り中の夢かと疑ってしまった……」


「てめーの頬でやれヘビ! 蛇が何したヘビ!?」


 当然ではあるが、駄蛇から苦情が飛ぶ。とはいえ駄蛇ならば問題はないだろう。


「なになに? どうしたの?」


 ねーさんが俺の後ろから爪先立ちをして、目の前の光景を注視する。


「……誰? ってか綺麗な着物ね~」


 そう、目の前の少女はこれからお見合いでもするかのように着物で、三つ指を立てて出迎えてくれていたのだ。


 そして、俺の方を向いた後でにっこりとした表情を見せる。


「ようこそ、おいで下さいました。兄様」


 目の前の着物少女が俺を兄様と呼んでいる。しかし、俺をそんな丁寧に呼ぶ人間は存在しないはずだ。

 着物もることながら、艶やかに流れる長い黒髪と、その所作は大和撫子と評して差し支えないだろう。

 俺が目の前の少女の姿を見て呆けてしまっていると、あちらが微笑みながら自己紹介をしてくれた。


「お忘れですか? わたしです。羽衣ういです」


 羽衣うい? 俺の記憶の中にある羽衣ういは……。


 ――功にい! 覚悟おおーー!! と、叫びながら竹刀を振り下ろしたり。

 

 ――裏山行って虫取り勝負! と、男の子さながらの服装と腕白わんぱくさで山を駆けたり。


 ――女なのに生意気と言った近所のガキ大将に喧嘩を売って相手を泣かせたり。


 はて? 自分の記憶に自信がなくなってしまったぞお?


「あの……、羽衣ういを忘れてしまいましたか?」


 目の前の少女が不安げな表情を浮かべてしまう。


「あ……。いや、覚えてる。ただ、昔のイメージとは違ってたから、びっくりして……」


「わたし……女の子っぽくなりましたか?」


「うん。綺麗になって見惚みとれてた……」


 俺と羽衣ういの二人が玄関で話し込んでいると後ろの偽ロリに背中を叩かれてしまう。


「なーにデレデレしとる! まったく数年経てば、別人のようになるなんぞ珍しくなかろうて」


「デレデレしてねーし! てめえが変わらなすぎなだけだし!」


「そんな……、いつまでも若々しく格好いい美女などと褒め過ぎじゃよ」


 誰もそこまで言ってねえ。


 玄関先でワイワイ騒いでしまったのが悪かったようで、師匠せんせいの奥様もこちらまで顔を出してくれた。


「こら。羽衣うい、早く上がってもらいなさい」


「はーい。ごめんなさい。では、ご案内しますね」


 羽衣ういが先導する形で俺達が泊まる部屋に行き、荷物を置いてから奥様へと挨拶に行く。


「数日、お世話になります。こちら、つまらない物ですが……」


「こちらこそ、夫の無理を聞いていただき、ありがとうございます」


 来る途中の高速道路のドライブインで購入したお土産を差し出しながら、挨拶をする。あちらも丁寧に返してくれた。


「ところで……、じっさまは? ぎっくり腰と伺いましたが。もしよろしければ診てみますが……」


「そんなにかしこまる必要はありませんよ。お義父さんはもう眠っていますから、明日にでもお願いしようかしら」


 さっきの羽衣ういとそっくりな笑顔を向けてくれる奥様であった。


「夕飯は途中で済ませて来たと伺っています。でしたらお風呂に入って今日はもうお休みになって下さい」


「……お宅はリフォームしてますけど……、もしかして風呂は?」


「少し手を加えましたけど、お風呂自体はそのまま残してますよ」


 いよっし! 


 思わず心の中でガッツポーズをする。このお家の風呂は普通のものではない。それは偽ロリやレイチェルねーさんも知っている。

 男は俺一人だし、おそらく長湯になる女性陣が先に入ってもらった方が良いだろう。









 俺の勧めで先に入浴することになった偽ロリ達はというと――


「ここの温泉も久しぶりじゃあ~」


「あいっ変わらず贅沢よね~」


「お家の中に温泉があるの!?」


 そう、この神屋家の敷地内には、どのくらい昔からなのかは定かでないが温泉が湧き出ているのだ。浴槽は5人程度が余裕で入れるスペースもあり洗い場も広く、温泉旅館さながらの設備である。


 その一方。羽衣ういと俺は居間で色々と雑談をしながら、偽ロリ達の入浴が終わるのを待っていたのであった。

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