エピローグ2 最弱勇者はまた、オークに追い掛け回されています

それから、さらに数か月が経過した。

トエル帝国から遥か南にある、小さな森で、



「うおおおおおおお! やばいやばいやばい!」


ワンドは十数体のオークに追い掛け回されながら森を走っていた。



「ワンド、はやく! そこの道を右!」

「すみません、魔力がもうないので、頑張ってください!」


トーニャとリズリーは木の上に逃れながらワンドに声をかけていた。



「くそお……あと少し……よし、着いた!」



そしてワンドは、あらかじめ相談していた場所に到着した。

茂みに潜んでいるもう一人の仲間に叫ぶ。




「囮作戦は成功だ! ……手を貸してくれ、ゼログ!」

「ああ、任せてくれ、ワンド!」




……ゼログだ。

彼は聖剣をひゅん、と鳴らすと目にもとまらぬ速さでオークの間を駆け抜けた。



「ブ……ヒ……」



そしてオークたちは、バタバタと気を失い、その場に倒れこんでいく。

傷一つ与えずに、これだけのオークの意識だけを奪う真似は、ゼログにしか出来ない。



「流石だな、ゼログ!」

「ああ、お前こそよく頑張ったな!」


そう言ってゼログとワンドは互いに腕をぶつけ合った。




今回の依頼は、オークの捕縛だった。

ワンドたちはオークを縄で縛りあげると、祝杯とばかりにキャンプを始めた。



「はあ……今日は本当にヤバかったよなあ……」

「ハハハ、大丈夫か、ワンド?」

「ゼログの方も……というか、胸の傷はもう大丈夫なのか?」

「ああ。……あの時は悪かったな、ワンド」

「まったく、お前の亡骸を教会まで運ぶの、大変だったんだからな?」



ワンドはそう言いながらも、表情は達成感にあふれていた。



……実はゼログは、ワンドにとどめを刺される直前、こう言っていた。



「私が死んだ後は、教会に亡骸を運び、蘇生の手続きをしてほしい」


と。

幸い、その教会の地図はゼログのポケットに入っていた。

ワンドがその教会に行くと、その神父はゼログの亡骸に対して祈祷……この世界で一般的に行われているものだが……を行った。



すると、ゼログは蘇生し、息を吹き返したのである。

無論『魔王の魂』は消滅したため、ここに居るのは『魔王ゼログ』ではなく、ただのゼログだ。


その時のことを思い出し、トーニャは尋ねる。


「けどさ、ゼログ。死んだのによみがえるなんて、私たちの世界じゃありえないよ。ゼログってどこの世界の転移者なの?」

「……そういえば伝えていなかったな」



そういうとゼログは、誇らしげに胸を叩いて答えた。



「私は……『レトロゲーム』の世界の出身者だ。と言っても分からないとは思うが……皆とは全く違う理で生きているんだ」



転移者は、必ずしも『現代日本』の出身とは限らない。ゼログのような『ゲーム世界』の出身である転移者も存在する。


ゼログに状態異常が効かず、魔法に詠唱が存在しなかったのは、レトロゲームの世界には『魅了』『沈黙』をはじめとした状態異常が存在しないためである。


また、レトロゲームの時代には『剣技』が使えるものは多くなかった。その為前衛はもっぱら『通常攻撃』だけで戦うものだったことが、ゼログが剣技を扱えない理由だ。


そして圧倒的な力を持っていたのは、この世界とは『強さの単位』が全く異なることに加え、彼が『一人旅勇者』だったため、器用万能にならざるを得なかったためである。


極めつけに『戦いによる死亡』であれば、教会での祈祷によって蘇生できるのも、彼がレトロゲームの世界の出身であるためだ。


「へえ……レトロゲーム……か……」


とはいえ、そもそも『レトロゲーム』という言葉自体が分からないワンドはよくわからなそうにそう答えた。

そしてゼログは少し意外そうな表情を見せた。



「けど、良かったのか、ワンド? 折角お前のために、英雄の座を用意したのだが……」

「ああ。正直俺は英雄なんて柄じゃないよ。そもそも、実力もないのに英雄って名乗るのも好きじゃないしな」

「そうだったのか……」

「後さ、正直お前がくれたいろんな功績だけど、あれも結構迷惑だったんだよ。お前は良かれと思ってやったことなんだろうけどさ」

「ああ。お前の話を聞いて驚いたよ。てっきり、喜んでいると思っていたからな」



ゼログにとっては、ワンドに富と名声を与えることこそが、ワンドに出来る最大限の恩返しのつもりだった。

だからこそ、蘇生後に自身の行動が『有難迷惑』だと知った時には、流石に少し落ち込んだ表情を見せていた。


だがワンドは、フォローもかねてゼログに尋ねた。


「俺はさ。こうやってみんなと旅をしているのが、なによりも楽しいんだよ。お前だってそうじゃないか?」



そう言われて、ゼログも笑って頷く。


「……ハハハ、そうだな。ワンド、また冒険に誘ってくれてありがとう」

「こっちこそ。これからもよろしくな、ゼログ」



そうやって話をしていると、リズリーが少し離れたところで何やら支度をしていた。


(……ん? またか……)


それに気づいたゼログは、そう思うと彼女の元に歩いて行った。



「フフフ、折角買ったこのクッキー。ワンド様、喜んでくれるかな……」


リズリーは、依頼達成後に食べようと、わざわざ有名店のクッキーを用意していた。

それを一緒に食べようと荷物袋から取り出していたところだった。


その様子を見て、ゼログは、


「お、美味しそうなクッキーじゃないか!」


そう言うとともにリズリーの手元からひょい、と取ってそれを一人で食べてしまった。



「な……ぜ、ぜ、ゼログさん! なんてことするんですか!」

「おっと、すまないな。あまりに食欲をそそられたものでな」


悪びれもしない表情のゼログを見て、リズリーは顔を真っ赤にして怒鳴りつける。


「嘘ですよね! 私がワンド様にアプローチしようとするの、邪魔するためじゃないですか! ゼログさんは最低です!」

「ハハハ、なんとでも言ってくれ。トーニャとワンドの結婚式を見るためなら、私は甘んじて、その汚名を受けようじゃないか」



そう笑うゼログを見て、ムッとした表情をしながら、リズリーはゼログを指さす。


「もう! 凄い苦労して買ったのに、ひどいです! ……ゼログさん、お詫びを要求します!」

「お詫び?」

「はい! その店のケーキセット、明日のお昼に奢ってください!」

「ふむ……分かった、当然の償いだな。では明日街に行こう」

「お腹いっぱい食べちゃいますから! 財布が空になるの、覚悟してくださいね!」

「ハハハ、任せてくれ」



リズリーはその要求が通ったことで機嫌が直ったのか、ゼログの頭をこつん、と叩くだけで済ませた。



「ねえ、ワンド?」

「ああ、俺も同じとも思ったけど……」



「「あの二人、お似合いだよね……」」


ゼログは、リズリーがワンドにちょっかいをかけるたびにそれを妨害していた。

そんな光景が何度も繰り返されるうち、いつの間にか二人は『お詫び』と称していろいろな場所に行くようになっていた。


美男美女である二人の姿は、街ではいつも話題の的になっていた。

そんな二人が軽口を叩き合う様子を、特にトーニャはどこか安堵したような表情で見ていた。



「ゼログが仲間になってよかったよ。こうやって、キミと居られる時間が増えたからね」


そしてトーニャはワンドの膝の上に頭を乗せた。



「お、おい、トーニャ……」

「良いでしょ、ワンド? これは妹が兄に甘えるのと同じだから」

「……ハハ、そうだな……」



以前、リズリーがシスクに膝枕してもらっていたのを思い出したのだろう。

『恋人として接している』と言われてもなんとか言い訳できるだろうとワンドは思ったのか、トーニャの頭をそっと撫でる。



「ねえ、ワンド?」

「なんだ、トーニャ?」

「……後9か月……だね……」


この期に及んでもリズリーの『1年間交際禁止』を律儀に守るのがトーニャらしい。

ワンドもそれを聞いて、頷いた。


「そうだな……俺も楽しみだよ」

「私も。……けどさ、一番楽しみにしてるのは……」

「間違いないな……」


リズリーの相手をしながらも、こっそりワンドたちに親指を立てている最強勇者を見ながらつぶやいた。



「「ゼログだよね、絶対」」



そういうと、二人はお互いにくすくすと笑いあった。

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追放した異世界転移者が「偽勇者」となって、無能な俺に富と名声を押し付けてきて困ってます フーラー @fu-ra-

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