4-9 ゼログ編 最強勇者は、地上最難関の遺跡も楽々突破します
ワンド一行が船で北上している最中、ゼログとシスクは周辺の魔物や山賊の討伐を行っていた。
時にはワンドの名を騙り、時にはゼログ自身の名を出して。
そしてあらかた討伐が片付いた後、二人は『転地の遺跡』に足を踏み入れていた。
「なあ、ゼログ?」
「なんだ、シスク?」
「お前、本当に人間なのか?」
「……転移者だが、種族は人間だ」
転地の遺跡の魔物たちは、強豪ぞろいであった。
具体的にはヴァンパイアやカース・デーモンなどが雑魚として登場している。
「こいつら、単騎でもそうとうヤバい奴らだぞ? 俺でもギリギリ1対1で互角だと思う」
「確かに、他の地方の魔物に比べると手ごわい気がするが……正直、私にはあまり差が分からないな」
「へえ……。というか、前方にヤバい敵がいるんだが……」
シスクは門の前に居たアンデッドを見て顔色を変えた。
だがゼログは眉一つ動かさず、一瞬でそのアンデッドに距離を詰め、剣を突き立てた。
「悪いが、アンデッドに交渉の余地はない。土に返ってもらう」
「ぐは……この私が……一撃だと……?」
そのアンデッドの種族はリッチーだ。
胸に大穴が空いたそのアンデッドは、そのまま断末魔の叫びと共に闇の中に溶けていった。
「おい、リッチーを一撃だと? ……凄すぎてもう、わけわかんないな」
「凄いのは聖剣の力だ。私じゃない」
リッチーのその恐ろしさは、不死性もさることながら魔導の力を用いた恐るべき素早さにある。
見たところ、リッチーはこちらの存在に気づいていた。にも関わらず、反応の間も与えずに一撃を加えること自体が人間業ではない。
だが、これ以上話してもゼログは謙遜するだけだと分かっていたので、シスクはもう何も言わなかった。
代わりに、ぽつりとつぶやく。
「正直、これほど恐ろしい遺跡とは思わなかったよ……。あんたが一緒で助かった。私一人じゃ、到達は出来なかったからな」
「そう言ってくれると嬉しいが……。危ない、シスク!」
そう言ってワンドは急に振り向くと、魔法をシスクの後ろに潜んでいた魔物に打ち込んだ。
「うそでしょ? ……私の不意打ちが見破られるなんて……」
そこに居たのは、カース・デーモン。以前ワンドたちが死闘を繰り広げたセプティナと同じタイプの個体だ。
……いわゆる『かつての中ボスが雑魚として登場する』という定番の展開だったのだが、彼女と面識がないゼログにとってはただの雑魚に過ぎなかった。
「ま、こんな奴らが居るから、この辺の連中もあまり来ないんだろうな」
「そういえば、遺跡の入り口に厳重な封印が施されていたな」
この遺跡に人が集まらない理由は、辺鄙な場所にあるからだけでなく、敵が強すぎることが伝承で知られていたからでもある。
無論住民たちもバカではないので、この遺跡の入り口には厳重な封印を施していた。……無論、ゼログ達はそれを簡単にすり抜けたわけだが。
「多分、この遺跡の魔物はこの地上じゃ一番強い連中が揃っているな」
「それほどのところか、ここは?」
「ああ。ここの遺跡よりも強い奴は魔界の魔王城くらいしかないと思う」
「なるほど。……では、念入りに敵を殲滅しておこう。幸いと言うべきか、ここの魔物は話が通じないタイプしか生息していないようだ」
そうゼログは言うと、遺跡の中を進んでいった。
しばらく歩くと、なにやら10個のスイッチと扉、そして難しい碑文に何か描かれていた。
いわゆる暗号を解かないと先に進めないタイプのトラップだろう。
ゼログは一瞬碑文に目をやった後、スイッチの方に向かった。
一方のシスクは碑文を読みながらうんうんとうなっている。
「なんだ、これ……うーん……暗号か。……ゼログ、この碑文って……」
「よし、開いたぞ」
だがゼログは、こともなげに開錠した。
「お、おい! どうして解けたんだよ!?」
「どうしてと言われても……。そこの碑文の通りにやっただけだ。別におかしなことはしていないが……」
シスクは呆れながらつぶやく。
「あんた、頭も良いんだな。……まったく、あんたと居ると色々どうでもよくなるよ」
「ハハハ、ワンドにもたまに言われたよ。……お、見てくれ、シスク」
そして扉の奥をゼログは見せた。
「あ……」
そこには、何やら仰々しい装飾が施された部屋があり、その中央には神々しい光を放つ宝珠が宙に浮いていた。
「これだ……この宝珠を探していたんだ! ありがとう、ゼログ!」
シスクは感激のあまり、ゼログの手をががしっと握りこたえる。
この宝珠は一種の魔道具であり、本来は『人間の体内に住み着くタイプ』の妖魔を引きずり出すためのものだ。
「これが本当にあったから、あんな強い敵が道中に出てきたんだな……」
当然、人間の身体を乗っ取ることで悪事を働くタイプの妖魔にとって、これは脅威だ。
だからこそ、あれほど上位の魔物たちがこの遺跡を守っていたのだと、シスクは合点がいったように頷く。
無論リズリーは人格こそ乗っ取られていないが、これを用いることで『魔王の魂』を分離できるはずだ。
そう思って、今日までシスクはこの宝珠を探していたのである。
だがゼログは冷静に、その宝珠を取るとシスクに手渡した。
「シスク。……まだ、礼を言うのは早いだろう? 私にこの宝珠は使えない。……あなたがリズリーを助けてからだ」
「ああ。……なあ、ゼログ。一応聞いておいて欲しいんだけどさ」
そういうと、シスクは宝珠を手にして訊ねる。
「あんたがこの宝珠で何をしようとしてるのかは分からない。正直、あんたにその宝珠が必要とも思えないからな」
「……そうか……」
「だけどさ。リズリーから『魔王の魂』を奪った後……あいつの、命だけは助けてやってくれ。代わりに私の命でもなんでもやるから」
そう言われ、ゼログは少し首を傾げた後、分かったと頷いた。
「私が約束を守る保証はないが、それでもいいのか?」
「気休めにはなるだろ? それにあんたは、口約束を絶対に破らないタイプだ」
「……まあそう言うことにしておこう。だが、その条件を守る代わりにやってほしいことがある」
「やってほしいこと?」
「ああ。……噂によると、あと数日でワンドたちが上陸するそうなんだ」
「ワンドが……ってことは、リズリーもだな」
「そうだ。……どうやらこの宝珠はこの部屋でしか使えないようだからな。……うまくあいつらを誘導して、ここまで連れて来てくれ」
そういうと、シスクは少し呆れたような笑みを浮かべた。
「そんなの言われるまでもなく、準備は全部終わってるよ。……俺の幻影魔法、久しぶりに使うことになるな」
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