4-8 最弱勇者はトーニャと別れることになりました
「なんだ? その……媚薬は……?」
「ええ、これはこの女が前から使っていたものです。ワンド様は気づかなかったのですか?」
「ああ……」
そういえば、トーニャから食事を受け取った後は妙に気分が高揚していた。
あれは俺が『トーニャのことが好きだから、気分が盛り上がっていた』ためだと思っていた。
そんな俺の思考を見抜いたかのように、リズリーは尋ねる。
「どうせワンド様、薬による興奮状態を恋愛感情だと勘違いしていたのでしょう? 今のワンド様の気分と、その時の気分、同じじゃないですか?」
「う……」
……確かに、あの時の感覚と今の感覚は似ている。
「本当なのか……トーニャ?」
これはリズリーの弄した詭弁だ、そう思いたくてトーニャに尋ねた。
だが、トーニャは涙目で答える。
「うん。……リズリーの言ってることは本当。ワンド。私はキミに振り向いてほしくて、ずっと薬を飲ませていたんだ」
「なんで……俺に薬を?」
「私は、体が大きいのに胸が小さいし、目つきも悪いし、料理も下手だし、性格も悪いから……だから、いつかリズリーみたいな子が来たら……私はお別れすると思ったから……」
「ふうん。……あなたの傍に一生居てくれるなら、ワンド様の気持ちはどうでも良いのですか?」
「そんなの知らないよ! けど、嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ! ワンドが私の傍から居なくなるなんて、そんなのダメ! 絶対! 認められない! 一生離れないでよ、一緒に居てよ、ワンド! お願いだから!」
トーニャはいつもの冷静な口調をまるで感じさせない、子どものような口調で感情的に泣きじゃくる。
こんなに感情を爆発させたトーニャを見たことは、一度もなかった。
……許せない。
その発言に、俺は激しい怒りが沸き上がってきた。
そんな俺に、リズリーは後ろから抱き着いた。
「ワンド様。……お気持ちお察しします。……それに……酷いことをして、ごめんなさい……こんな形であの女の秘密を暴露して、しかも先ほど、あれほどのことをしたのですから……きっとワンド様、私を嫌いになりましたよね?」
そういうと今度は俺の胸にそっと自分の顔をあて、俺の目をじっと見る。
……だめだ、まだ媚薬の効果が残っている。その可愛い瞳を見つめ返せない。
「ですので、これからの人生、ワンド様に償いをさせてください。……一生、ワンド様を大事にしますから……」
「……ありがとう、リズリー。……けど、ちょっとどいてくれ」
俺は怒りを必死で抑えながら、トーニャの前に立った。
「トーニャ……」
「…………」
俺はトーニャの前で手を伸ばす。
トーニャはビクリ、と俺の表情を見て顔をこわばらせた。
「……今まで本当に、ごめんな。……俺が悪かった」
そう言ってトーニャの頬を撫で、涙をふき取った。
「「え……」」
リズリーとトーニャは同時に驚愕の表情を見せた。
「辛かっただろ? 媚薬を盛ってたことも、俺への想いも、ずっと言えなくて……。それに、トーニャの気持ちに気づいてやれなかったのは……俺が馬鹿だったよ……」
「……ワンド? 怒ってないの?」
「怒ってるよ。……トーニャを苦しめた、俺自身に……」
女性が媚薬を盛ってまで、相手に自分を見てもらいたいなんて思うのは、相当なことだ。
ましてや、俺は最弱勇者であり、トーニャには俺に好かれるメリットがない。
それどころか、俺はトーニャの両親を守れなかった借りすらあり『死んだ方が寧ろありがたい』存在でもあったはずだ。
にも拘らず、トーニャは俺を愛してくれていた。
そして媚薬に手を出さないといけなくなるほど、俺はトーニャを追い詰めた。
……何が勇者だ。
勇者の命は軽い。
誰かのために戦って、誰かのために死ぬ身でなくてはならない。
それなのに、トーニャにこんなことをさせた俺はそんな自分が許せなかった。
……いや、リズリーにも酷いことをさせてしまった。
「リズリーも、ごめんな。……気持ちは伝わったよ。……俺を好きになってくれて、ありがとうな。……正直、凄い嬉しかった」
「ワンド様……」
「きっと、リズリーと結婚しても俺は幸せだと思う。……けど、ごめんな。俺はトーニャを選びたい」
その発言に、リズリーは顔を覆いながらも、ぽつりとつぶやいた。
「フフ……こうなる気はしましたわ? ワンド様はそう言う方でしたね。なんでもかんでも全部、自分で背負ってばかり。その荷物を渡す気もない方ですから……」
「そうかな……」
「初めて会った時からそうだったじゃないですか。……けど、私はワンド様のそういうところが、好きなんです……」
きっとリズリーは泣いているのだろう、その声は震えていた。
しばらく経って、リズリーはその顔を払った。
その顔はどこかすっきりした、晴れやかなものだった。
「けど、お二人には負けましたわ。……どうかお二人で幸せになってください」
そういってトーニャの拘束魔法を解いてくれた。
「ワンド。……私を許してくれるの? ……傍にいてくれるの?」
「ああ。……当たり前だろ? ずっと一緒にいような、トーニャ?」
「ワンド……ワンド!」
そう言ってトーニャは俺に抱き着こうとした。
……だが、何者かが後ろから俺の襟をぐい、と掴んで後ろに引き戻された。
「うお!」
そう思ったのもつかの間、俺の顔を引き寄せ、強引にキスをしたものがいた。
……リズリーだ。
「……な~んて、私があっさり諦めると思いましたか、トーニャ?」
「リズリー?」
リズリーは俺の首に手を回して笑みを浮かべる。
先ほどのしおらしい泣き顔ではなく、どこか狡猾な、それでいて愛情を感じさせるような不思議な表情だった。
「ワンド様? いくらなんでも、トーニャがここまでやってお咎めなしだと、流石に不公平です!」
「不公平?」
「ええ。『正々堂々』と恋愛の場で戦いたい私の意見も聞いてください。……具体的には、3つ条件を飲んで欲しいんです」
「条件?」
「ええ、第一に……」
そうリズリーは話し始めた。
その翌日。
「おはよう、フォーチュラちゃん!」
「おはよ、リズリーさん! ……あれ、もしかして今日の朝食……」
「ああ、前約束していた、カレー味のラザニアを作ったんだよ」
俺とリズリーは二人で協力して、特大のラザニアを作り上げた。
昨日の件からすぐに取り掛かったので、正直ほとんど寝ていない。
「わあ、ありがとう! ……それにリズリーさん、元気いいね!」
「フフフ。……ワンド様と仲直りできたので」
「良かったあ! ワンド様、剣返すね!」
リズリーから与えられた条件は3つ。
1つは、もうトーニャは媚薬を盛らないこと。
……これは当然だろう。もちろんリズリーも自分から媚薬を使わないことは約束してくれた。
「フォーチュラ。席はこっちだから、おとなしく待って居よう?」
「うん。……あれ、ワンド様とトーニャお姉ちゃん、席は隣じゃないの?」
「ああ。……色々あってな。一度、ただの仲間同士に戻ることにしたんだ」
「そうなんだ……。ちょっと寂しいなあ……」
2つ目に……俺とトーニャは、別れること。
リズリーは1年間、俺とトーニャは交際すること……具体的には『恋人同士が行う性的な接触』を禁止するように俺たちに言ってきた。
それだけの期間、媚薬なしでお互いをありのままに見て、それでも交際するなら二人の愛を認め、リズリーは諦めるという条件だった。
トーニャも今までの負い目があったのだろう、それは渋々ながら了承してくれた。
「言っとくけど、座る席はローテーションだからね、リズリー……」
「はいはい。けど、今日のワンド様の隣は、私です。ね、ワンド様?」
「……ああ、そうだな……」
リズリーは俺の分の料理を取り分けて、そう嬉しそうに答える。
そして俺の腕をつかみながら、胸をぐいぐいと押し付けてくる。……幸い瘴気の効果は切れたので、流石に動揺はしないが。
「リ、リズリーさん、ちょっとベタベタしすぎじゃない?」
「ええ。だって私、ワンド様のことを愛していますから!」
「それは知ってるけど……そんなに積極的だったっけ?」
「考えを変えたんですよ。……私が魅力的だってこと、もっとワンド様に伝えていかなきゃって思って!」
……この提案をしたのは簡単だ。
客観的に見れば、家事能力から性格、対人関係に至るまで、リズリーのスペックはトーニャを上回っている。
だから1年間、肉体関係さえ持たせなければ、トーニャから自分に乗り換えさせることが出来るという判断なのだろう。
……つまり逆に言えば、俺が心変わりをしないよう、これからはトーニャの良いところをもっと見つけていかないということになる。
頑張らないとな。
「それじゃあ、これはトーニャの分ね」
「あ、ありがと」
「あれ、トーニャお姉ちゃん、リズリーさんと仲よくなったね?」
「うん。喧嘩ばっかりしてたからさ。少し改めようと思って」
「へ~? ならあたし、嬉しいな!」
そして3つ目は、自分たちの関係によってフォーチュラに迷惑をかけない、ということだ。
ただでさえ、トーニャとリズリーの仲は悪かった。
それに加え、ここ最近のリズリーの言動について、実はフォーチュラも相当気にしていた。
だからこそ、これ以上フォーチュラに迷惑はかけないよう今まで通りに接するように心がけるようにした。
……ある意味フォーチュラが居なかったら、俺たちはこんな解決策はなかったのかもしれない。
リズリーも、彼女が居なかったらトーニャを殺していたかもしれないと言っていた。
リズリーもトーニャも、もちろん俺もフォーチュラのことを愛している。
だからこそ、この落としどころで済んだ。
そう俺は思った。
長い一夜だったが、そもそも俺達がここに来た理由を忘れてはいけない。
俺はぽつりとつぶやく。
「いよいよこれから、ゼログに会えるのかもな……」
「あの、ワンド様? ゼログさんの話って本当によく聞きますけど……どれだけ強いんですか?」
「そうだなあ……」
リズリーはゼログに会ったことが無いから、いまいちピンとこないのだろう。
そこで俺は、彼女が変身したときのことを思い出した。
「リズリーが『魔王の魂』の力を覚醒させた時さ、俺もトーニャも驚いたのは覚えてるよな?」
「ええ、当然ですけど……」
「けど俺達はさ、一度も『怖い』って言わなかったろ?」
それを聞いて、リズリーは「あ」と声を漏らす。
「……そういえば、そうでしたね。トーニャもワンド様も……今思うと、変ですよね……」
「あれはさ、あの状態のリズリーが束になっても勝てない仲間がいたからなんだよ。それが……」
「ゼログさん、なんですね……」
そうリズリーはつぶやいた。
「だけどさ、あいつのことだからきっと考えがあるんだと思う。……任せてくれなんて言えないけどさ。……手を貸してくれ、みんな」
「任せてよ、ワンド」
「ええ!」
「もっちろん!」
全く俺は、みんなに頼ってばかりだな。
今回の冒険くらいはみんなのためになれると良いのだが。
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