4-10 トーニャは最弱勇者と二人っきりになると寒がりになるようです

そしてようやく、俺達は転地の遺跡に到着した。

……もうここに来るだけで、体力も精神力も使い果たしてしまったような気がする。



強い魔物が出ないことを祈ろう。



「ここが転地の遺跡、か……」

「うん。見た目はそんなに大きくないけど、多分中はだいぶ入り組んでいると思う」


トーニャはちらりと遺跡を見て、つぶやいた。


「それに、入り口に結界が……ん? 壊れているみたい」

「多分ゼログが壊したんだろうな。けど、付近に魔物の姿はなし、か……」

「魔物たちは、ゼログさんが全部倒してしまったのかもしれませんね」

「かもしれないな。……けど、結界が貼られているということは、相当強力な魔物が居たってことだ。慎重に行こう」



そういって俺達は遺跡の中に足を踏み入れた。




そして遺跡に入ってしばらくした後。


「うーん……」


俺は少し釈然としないものを感じた。



「どうしたのですか、ワンド様?」

「いや、いくらなんでもさ。……あからさますぎるよな、と思って」


なるほど、トーニャの言う通り中の遺跡は迷路になっていた。

……だが、ありとあらゆる分かれ道に矢印が書いており、俺達は迷うことなくすいすいと攻略することが出来た。



「敵も出てこないし、それに……」

「それに?」


「仕掛けのありそうな扉が、全部開いてるんだよ。ゼログの奴がやったんだろうけどな」

「……そうですね。ただ、楽で良いかもしれませんが……」

「けどさ、正直つまんないよね。強い魔物が出ないのはありがたいけど」


そう言ってフォーチュラも同意してくれた。

……誰かが先に解いてしまったダンジョンを攻略することが、こんなに退屈だとは思わなかった。



「まあ良いんじゃない? 早く二人に会いに行こうよ」

「そ、そうだな、トーニャ……ん?」



だが、俺はそこでフォーチュラの足元でカチリ、と音がするのが聞こえた。

すると、大きな音が立つのを聞こえた。



「く……! フォーチュラ、前に思いっきり飛べ!」

「え? う、うん!」

「リズリー、すまない!」


そう叫ぶとともに、俺はリズリーを思いっきり突飛ばした。

体格的に、同じことはトーニャには出来ないためだ。


「きゃあ!」


リズリーは大きく前によろめきながら、部屋の出口にある廊下の前で手をついた。



「床が……ワンド様、トーニャお姉ちゃん!」


俺の予想は正しかった。

床がガラガラと崩落を始めたのだ。


「トーニャ、捕まれ!」

「わ、ワンド……?」


俺は床が崩れる中で、トーニャを思いっきり抱きしめた。

こいつを傷つける訳にはいかない。そう思ったからだ。



「わああああ……」


そして俺とトーニャは、床下に転落した。






「いてててて……」


結構な距離を落下しただろうか。

体を強くぶつけた俺は、クラクラしながらもなんとか意識を保っていた。

幸い、大きなけがはしなかったようだ。


「ワンド? よかった、怪我はない?」


俺の胸の上にはトーニャが心配そうな表情でしがみつきながら回復魔法をかけてくれていた。

……よかった、トーニャは無傷なようだ。



「トーニャの方こそ、大丈夫か?」

「うん、キミが守ってくれたから……ありがとう……」

「じゃあさ……どいてくれないか?」

「やだ。せめてもうちょっとだけ」


そういってトーニャは、俺の上からどこうとしない。

その長く美しい髪が俺の顔に触れてきて少しくすぐったい。

……本音を言うと、俺ももう少しだけ、こうしていたい。




だが、



「ワンド様~!? ご無事ですか~?」

「トーニャお姉ちゃん、平気~!?」


上から二人の声が聞こえてきたので、俺は声を張り上げる。



「ああ、大丈夫だ! ……ロープはあるか~?」

「ええ、持ってきましたけど~!」

「よかった、それじゃあ……!」

「ダメ、無理!」


ロープを投げようとしたリズリーに、トーニャは叫ぶ。



「ワンドの腕力じゃ、この高さはロープじゃ登れない!」

「え? 確かにそうですね……。じゃあどうしますか?」


俺が登れないことに異論はないのか。

……まあ、実際そうなんだけど、ちょっと悔しい気にもなった。



「どこかで合流できるはず! 別れて探索しよう!」

「嫌です! トーニャとワンド様を二人っきりにするのは!」


まあ、そう言うだろうな、と思った。

だがあくまでも『言ってみただけ』なのだろう。リズリーはすぐに訂正した。



「……ですけど、しょうがないですし、奥で合流しましょう! トーニャ、約束は守ってくださいね!」

「ああ、お前に言われなくても!」


そう言うとリズリーたちの声が小さくなっていった。



「それじゃあ、私たちも行こうか?」

そういうとトーニャは立ち上がった。




「……暗いな」

「うん。灯りの魔法を付けたけど、それでも暗いね」


どうやらこのあたりは光が差さないようで、苔むした壁やかび臭い匂いが鼻を突く。

トーニャは杖の先を灯しながらそっと手を伸ばす。


「……ワンド。私が前を歩くから。転ばないように、手をつなごう?」


その提案に俺はとくん、と胸が高鳴った。

以前のように激しい動悸はしないが、それでも心拍数が少し上がるのを感じる。



「いいのか?」

「いつでも」



そう言ってくれたトーニャの手を俺はそっと握る。



幸い、このあたりには魔物の気配がしない。

だが、最近激しく交戦したと思われる跡が見られており。ゼログが魔物を倒して回ったことが、容易に想像がついた。


俺たち以外に物音を立てる存在が存在しない。

そんな静寂の中、トーニャがぽつり、とつぶやいた。



「……なんかさ、初めてキミと潜ったダンジョン、思い出すよね?」

「え? ……ああ、あのときか……」



トーニャと初めて引き受けたのは、洞窟の中の魔物を退治する依頼だった。

懐かしむような口調でトーニャが答える。


「そうそう、キミはあの時さ、こうもりの群れに襲われて、それで逃げて転んで大変だったよね」

「ああ……それでトーニャに傷を治してもらったんだっけ」

「うん。……誰かのために回復魔法を使ったのは、あれが初めてだったよ」

「あの時はトーニャに嫌われていたよな、俺。凄いあの時怒られたのを思い出したよ」


結局その時『私がいないとキミは生きていけないんだね』と言いながらもトーニャは俺の前を今のように歩いてくれていた。


……あの時からトーニャには世話になりっぱなしだな。

そう思っていると、トーニャはぽつり、とつぶやく。



「……ううん。正直言うとね。……あの時もう、キミのこと好きだった」

「……え?」

「私、この性格だから友達いなかったんだ。けど、キミは私の性格も気に入ってくれたでしょ?」

「ああ。なんでも思ったことを言ってくれるのって、良いことじゃんか」

「けど私は『優しくない奴』って、よく言われてた。……思いやりがない奴と一緒に居たくないって、よく言われてて……そう言ってくれたの、実はすごい嬉しかった」



それを聞いて俺は少し疑問に感じた。

『優しい人』であることをまるで人間の条件であるかのように考えている人がたまにいるからだ。だが、そんな価値観の人間を俺は好きになれない。


「トーニャ、別に優しくないんなら、それはそれでいいんじゃないか? 代わりにトーニャは、俺が言えないことを言ってくれるし、俺の考えていることを理解してくれてる。……それで充分だろ?」

「……ワンド……」



そうトーニャはつぶやく。

トーニャは俺の手を握る手の力をきゅっと強めてきた。


「ねえ、ワンド。……もうちょっとだけ、ゆっくり歩きたい」

「え? ……ああ」


トーニャが傍にいてくれると、それだけで俺は嬉しくなる。

俺はトーニャの脚に合わせてゆっくり歩く。



……その足取りは徐々に遅くなり、ついには止まる。

そして俺は、トーニャの手を強く握り返した。



「……うん……実は私も……寒くてさ……」



トーニャの脚が止まり、そう頷いた。

……そう、トーニャは俺の考えていることを理解してくれている。


俺はその握った手を持ち替えると、恋人つなぎになるよう絡ませ、そっとトーニャのことを後ろから抱きしめた。

トーニャのぬくもりが、俺の身体に伝わってくる。



「ワンド……早く、また付き合いたいよ……」

「ああ……俺も……やっぱり、トーニャのこと好きみたいだから……」



だが、リズリーとの約束を破るわけにはいかない。

これは互いに暖を取っているだけだ。

……10秒だ、10秒だけ抱きしめたら、また歩き始めよう。




そう思いながら、2分ほど経過した。

……俺達は互いに離れることが出来ずにいると、迷路の奥から大きな声が聞こえてきた。



「あれ、ワンド様とトーニャさんじゃないですか?」


リズリーの声だ。

手にカンテラを持って、彼女はそう声を上げてやってきた。

俺はそいつに尋ねる。


「フォーチュラは?」

「ああ、すみません。はぐれちゃいました……けど、お二人に会えてよかったです」

「ああ……」


俺がそう答えると、そいつはクスクスと笑い出した。



「あら、ワンド様? 愛おしそうに恋人を抱きしめて。とてもお似合いですわ?」



その発言を聞くや、俺はトーニャと目を合わせ、互いに頷く。

……間違いない、こいつはリズリーじゃない。シスクが作った偽物だ。


もしこいつが本物なら、フォーチュラとはぐれて、こんなに余裕でいられるわけがない。

それに先ほどあった時にトーニャを「さん」づけで呼んでいた。

……そして極めつけに、俺達が抱き合っているのを見て、こんなニコニコ笑うわけがない。



俺は剣を抜こうとしたが、トーニャは制した。


「待って、ワンド。……こんなチャンス中々ないから、私にやらせて」

「……ああ、任せた……チャンス?」


だが俺の疑問に答える間もなくトーニャは偽リズリーの元に突進し、


「うおおおおおお!」


普段出さないような大声を出して、顔面にストレートパンチをためらいなく叩きこんだ。

思いっきり腰の入った本気の一撃だ。



「ぎゃあああああああ!」


偽リズリーの悲鳴が終わる間もなく、今度は、強力な後ろ回し蹴りを腹に叩きこむ。


「ぐふ……!」

「大事な仲間、リズリーに化けるなんて! ぜったい! 許さない!」


その発言の内容とは裏腹に、心底楽しそうに偽リズリーをボコボコにするトーニャ。

……こいつ、本当にリズリーのことが嫌いだったんだな……。

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