4-11 魔王は誕生してしまったようです

それから数分後。

そこにはぼろ雑巾のようになった偽リズリーが転がっていた。


「はあ、はあ……」

「ま、待ってください、トーニャさん! 私は……」

「待つ? ……お楽しみはこれからだから!」


そう言いながら回復魔法を偽リズリーにかけた。

……まだ殴り足りないのか、トーニャは。

だがついに音をあげたのか、偽リズリーは半泣きで答える。



「あんた、私が偽物だってわかって、痛めつけてるでしょう! もういい加減にやめてください!」

「……フン、バレたか……」


とりあえず立ち上がれる程度に回復したのだろう。

偽リズリーは憤怒の表情でトーニャを睨みつける。……まあ当然だろうが。


「私は、ワンド様とあんたを遺跡の最深部に案内するために来ましたの! 別に危害を加えるつもりはないから!」

「あ、そうだったんだ……」

「そりゃリズリーさんのふりをしたのは悪かったですけど、いきなり無茶苦茶し過ぎです!」


プリプリとかわいらしい怒り顔を見せる偽リズリーを見て、俺はトーニャとの間に立った。


「もうやめよう、トーニャ。多分こいつの言ってることは本当だと思う」

「……うん……正直、それはそうだと思うよ」


見たところ、こいつがリズリーの偽物であることはほぼ間違いない。

また、ゼログとシスクが顔を合わせていることから考えると、シスクはすでに俺たちの実力を知っているはずだ。


……はっきり言って、真っ向から勝負を挑まれたら俺達はシスクには勝てない。

つまり、彼女がわざわざ罠にかけようとしている可能性は低いと判断できた。


俺は偽リズリーに頭を下げながらも、不満そうな表情を浮かべる。


「まあこっちも悪かったけどさ。そっちも偽物の姿で来ないでくれよ」

「確かに、その方が良かったようですね……」

「……それじゃあさ、悪いけど案内してくれないか?」

「ええ……まったく、あなたと言い妹と言い、無茶しすぎですよ……」


シスクの魔法は偽物が傷つくにつれて、本体の性格が出るようだ。

恐らく『妹』とはリズリーのことなのだろう。

俺はなんとなく何があったかを想像しながらも、偽リズリーの後について行った。




それから数十分ほど経って。

俺達は大きな扉の前に案内された。

そこには碑文と10個のスイッチがあるが、すでに謎は解かれており、扉の鍵は開いていた。



「ワンド様! それにトーニャと……後、そこに居るのは私……?」

「すごい! リズリーさんが二人いる! 偽リズリーさん、こんにちは!」


リズリーとフォーチュラがそこには居た。

……うん、おそらく今度は本当だろう。そう確信できる理由があった。



「リズリー。お前、いくらこいつが私の偽物だからって、この扱いはひどすぎない?」

「あら。大事な仲間のトーニャの顔を真似するなんて、私には許せなかったんです」

「口ではそう言ってたけどリズリーさん、すっごい楽しそうに魔法をぶっ放していたよね……」



……そう、リズリーたちを案内していた偽トーニャからは、なんと首から上が無くなっていた。

当然致命傷だが、心臓を突かれていないためか消滅はしていなかった。


「…………!」


その偽トーニャ……だったものは、必死でリズリーを指さした後、魔法を撃つような仕草をしている。


俺達に、彼女の行動を抗議しているのは見ただけで分かった。

……可愛そうに。この偽トーニャにとって、リズリーがどれほど恐ろしかったかがわかる。


そして少しは気が済んだのだろう、偽トーニャもおとなしくなった。


「…………」

「じゃあ、私たちはこれで。……扉の奥で、兄様は待っていますわ?」


そういうと、偽物たちは消滅した。



「……よし、行こう」


そして俺達は扉を開けた。





扉の奥には、懐かしい顔があった。

……ゼログだ。

聖剣を自分の右わきに立てかけながら立て膝をつく、その姿は昔と変わらなかった。


「来たか……ワンド」

「ゼログ……久しぶりだな……まあ、元気そうでよかったよ」



俺はどう答えたらいいか分からず、適当な挨拶をした。

するとゼログは、その端正な顔立ちにわずかに笑みを浮かべて答えた。


「ワンド、お前も元気そうで嬉しいよ」


ゼログは基本的に誰に対しても「あなた」呼びだが、俺に対してだけは「お前」呼びをしてくる。

実は俺は、それがちょっとした自慢だった。



だが、今までとゼログの様子がどこか違う。

どこか覚悟を秘めながらも、後ろめたそうな表情だったのが分かる。


そしてゼログはトーニャの方を見やる。

異性を見る目と言うよりは、大事な友を見るような目……いつものゼログの目をして。


「トーニャも元気そうだな……フフ……ワンドの隣にいる姿を見るのは久しぶりだ」

「私はワンドの傍を離れるわけがない。……一生傍にいる」

「それを聞けて安心した。……だが、すまないな……実はワンドたちには用はなかったんだ。たまたま、目的の近くにいたから一緒に来てもらっただけなんだ」

「え?」

「……とりあえず、おとなしくしてもらおう」

「な! どういうこと……だ……」


……俺はそう叫ぼうとした刹那、身体に大きな杭が体を貫くような感触があった。

拘束魔法だ。リズリーが昨日使っていた魔法と同種のものなのは見た目で分かる。



「ぐ……何するんだ、ゼログ……」

「……私の狙いは、あなただ、リズリー」

「わ、私……ですか……?」

「そうだ。……来てくれ、シスク!」

「ああ。ここに居る」



そう言うと、扉の上からトン、と黒い影が降りてきた。

その姿は以前ミノタウロスとの戦いの時にも目にした姿だった。



「兄様……」

「リズリー……。久しぶりだな……」

「なんで兄様は山賊をしてまで、こんなところにまで来たのですか?」

「……それは……」


そう言うとシスクは、何やら仰々しいデザインの宝珠を見せてきた。



「……お前の『魔王の魂』を取り除くための宝珠を手に入れるためだ」

「私の?」

「そうだ。……人に憑りついて、悪事を働くタイプの悪魔が居ることはしっているか?」


それは俺も知っている。

最高位の悪魔は、肉体を失ってもその魂だけが残り、人に憑依して災いをもたらすと言われている。


遥か昔はそのような悪魔が多かったらしく、盛んに行われていたであろう「悪魔祓い」の伝承がいくつも残っている。



「ええ。……『憑依型』ですよね? もし憑りつかれたら、依り代を破壊するか、或いは……」

「憑りついた対象ごと殺すしかない、という厄介な連中だ。……だが、この宝珠はその憑依した魂だけを分離させることが出来る。……古代の技術のようだな」



「……それを手に入れるために、ここまで来たのですか?」

「そうだ。……お前もある意味では魔王に『憑依された』と捉えることが出来るからな。一か八か、試してみることにしたんだ。……はあ!」



そう言うと、シスクはその宝珠に魔力を込め始めた。



「……ぐ……! やはり、この手の宝珠は制御が難しい……」

「兄様!」

「リズリー……! これで……お前の呪いは……解ける……はずだ……!」


そしてシスクは、その宝珠をリズリーの身体にそっと当てた。

宝珠は光り輝くと同時に、リズリーの身体を包む。



「く……!」


俺はその光に目をくらませ、目をつぶる。


「あああああああ!」


リズリーの叫びが聞こえる。

苦痛に苦しんでいるようだが、俺にはその姿が見えない。

……だが、しばらくして叫び声はおさまり、光のほとばしりもなくなったことが分かった。




「はあ、はあ……やったぞ……!」


シスクは宝珠を握りしめながら、歓喜の声を上げる。

その透明だった宝珠は黒く染まっていた。以前リズリーが力を覚醒させた時の力と同じ色だ。



「リズリー? 平気か?」


シスクがリズリーに尋ねると、こくりと頷いた。

だいぶ消耗したようだが、意識はあるようだ。


「ええ……。体が……軽い……? ……ひょっとして……」

「ああ。……リズリー。お前の『魔王の魂』は取り除いたはずだ!」

「そう……みたいですね……ん!」


リズリーは目を閉じて軽く力むようなそぶりを見せた。

だが何も起こらない。……いや、起こらずに済んだ。



「やっぱり……覚醒も出来なくなったみたいです……私の身体には、素の魔力しか感じません……」

「よかった……これでお前の削られた寿命も……元に戻るはずだ……」


そういうと、シスクはがくりとへたり込んだ。



「兄様!?」

「だ、大丈夫だ……。ちょっと魔力を使いすぎたのと、気が抜けただけだ……」


そうつぶやくシスクの手から、ゼログは宝珠を奪う。


「……ごくろうだった、シスク」


宝珠を渡すこと自体は約束していたのだろう、シスクはそれ自体には驚く様子もなく、訊ねる。


「ゼログ……。それをどうするつもりだ……」

「決まっている。……こうするんだ!」



そう言うと、ゼログはその宝珠を握りつぶした。

赤黒い瘴気が急速に広がり、周囲を覆いつくす。

そこに手を広げ、魔力を込めるゼログ。


「魔王よ! 我が魂と融合し、わが命、転生させよ!」



その言葉と共にその瘴気がゼログの中に取り込まれ、ゼログの身体が染まっていく。



「これが、瘴気……凄まじい魔力が……体からあふれていく……!」


ゼログの身体から凄まじいまでの魔力がほとばしり、俺たちの目をくらませる。



……そして目が慣れた頃、そこには一人の『ゼログだったもの』の姿があった。

肌は青く染まり、そして頭からは魔族特有の大きな角、そして翼。

その瞳は淡い光を放ち、すべてのものを見通すような鋭さを感じた。



「お前は……何をしたんだ?」

「……私の魂に……魔王の魂を融合させた……私は……この力が欲しかったんだ……!」



……なぜだ?

俺はその疑問が頭から離れず、叫んだ。



「……なぜそんなことをするんだ! いや……なんで、そんなことをする前に、俺たちに話してくれなかったんだ! 教えてくれ、ゼログ!」


ゼログを追放したのは間違いだったのか?

ゼログを苦しめるようなことをしてしまったのか?

だとしたら、俺に出来ることはもうないのか?


そう思いながら、俺が拘束魔法に抗いながら必死で立ち上がろうとする姿を見て、ゼログは少し悲しそうな表情を見せた。


「……相変わらずだな。……お前は優しい男だ……そんなお前に、トーニャも恋をしたのだろう……」


だが、ゼログはフン、と鼻で笑って見せて答えた。


「……だが、私はもうゼログではない」



そして、そいつはつぶやく。




「私は……新たな魔王だ。……私はこの力が欲しかったのだよ」



そして、その手に魔力を溜めながら、ぽつりとつぶやく。


「お前たちはもう用済みだ……消えろ……」

「くそ……ゼログ! 撃つなら俺だけにしてくれ!」


その叫びも空しく、ゼログがその魔力を俺たち全員に放つ。

あまりの魔力に、抵抗も反応も出来なかった。


……俺の意識はそこで途絶えた。

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