1-2 絶対勝てない相手の討伐依頼はどうする?
「どうすりゃいいんだろうな……」
俺は剣を見つめながら、そうつぶやいていた。
話を聴く限り、相手になる魔物とその使い手は相当な強敵だ。
俺の剣の腕では魔物を倒すことは不可能だろう。
「どうするのって、逃げようよ、ワンド?」
「うお!」
いきなり後ろからそうつぶやかれ、俺は驚いて振り返った。
後ろに居たのはトーニャだった。
「ト、トーニャ、お前いつから部屋にいたんだよ?」
「キミが部屋で剣を抜いて物思いにふけっていた時から」
こともなげにそうつぶやくトーニャ。彼女は愛用のネグリジェを身にまとい、俺の前でチョコン、と座り込んできた。
胸元が見えて、その目のやり場に困った俺は窓の外に目を向けた。
「あ、キミってもしかして私のこと、意識してるの?」
「そ、そんなわけないだろ?」
「ふーん。なら、こっち向いてよ」
「あ、ああ……」
トーニャとは彼女が14歳くらいの時からずっと共に旅をしている。
しかし、先日18歳になったトーニャは、以前にもまして大人びた体型になってきている。
その為、薄手のネグリジェを来たトーニャの可愛らしい姿に、俺は最近平静を保つのが難しいことを自覚している。
(……可愛い……長いまつげも、きれいな黒い髪も、そのぶっきらぼうな表情も……)
俺は心の中でそうつぶやいた。
……無論それを口に出せる立場ではないことは、分かっている。俺はトーニャに『罪を償う身』だからだ。
(……落ち着け、俺……)
なんとか気持ちが落ち着いた俺は、冷静トーニャの方を見据えた。
「……悪い、待たせたな」
「……あっそ」
その態度を見てトーニャは何故か、少し不快そうな表情を見せた。全く昔からトーニャは気難しい。
「それで、さっきの話だけどさ。早く逃げよう? あんな連中、助ける義理も価値もない」
「なんでそう言うんだ?」
「だって、気づかなかったの?」
そう言うとトーニャは不満そうな表情を見せながら、俺の部屋に置いていた水差しからコップに水を注ぎ、飲んだ。
「あの連中、一度だって『俺たちも手伝う』なんて言わなかったでしょ? 全部私たちにやってもらうつもりだった。それも、あんなはした金で」
「あ、ああ……」
「みんな、ワンドと私だけに危険を押し付けて、自分たちは安全な場所で待つだけって感じだった」
「けど、それは村人なら当然じゃ……」
俺の言葉を遮り、トーニャは不満そうに叫んだ。
「だって、自分の村なんだよ! 自分たちで守ろうとしないの?」
「…………」
村人たちの態度については、俺も気になっていた。
確かに、魔物の襲撃は大きな脅威となることは間違いなく、また『ヒートヘッド・ミノタウロス』は強敵だ。
しかし、この村の面々は若い男も多く、体格も悪くなかった。全員が力を合わせれば犠牲こそ出るかもしれないが、十分に勝機はあるだろうと感じた。
だが、村の様子を見るに魔物の襲撃に対して抵抗も反撃も企てているようには見られず、どう考えても『人任せ』な状態だと言わざるを得なかった。
「それにさ。……もう、私たちのパーティにゼログはいないんだよ?」
「ゼログ……そうだな……」
「それも全部、弱いキミと……私のせいでね」
トーニャはそう、恨みがましい表情で俺の方を見てくる。
それを言われて俺は少し胸が痛んだ。
先日まで仲間に居たゼログは本当にすごい奴だった。
あいつが居たおかげで、どんなに危険な冒険であっても何の問題もなくこなすことが出来たほどに。
だが、最後の依頼では、俺の未熟さのせいであいつに大けがを負わせてしまった。
その依頼の後、俺とトーニャは『これ以上ゼログの足を引っ張ったら、彼を死なせてしまう』と結論を出し、ゼログを追放した。
「あの時の怪我……もう治ったかな?」
「どうだろうね。……ただ、命に別状はないから、治ってると思うよ」
「そうだな……。今頃、村の女の子に囲まれて楽しく暮らしてるよな……」
そのことを思いふけっていると、トーニャが俺の隣に座り、耳打ちするようにつぶやいてきた。
「だからさ、ワンド。二人でこの村を出よう?」
だが、俺はその提案に首を振った。
「ダメだよ、トーニャ。村人たちが困ってるのに、無責任に逃げだすことは『勇者』としてできないよ」
「……今度こそ死ぬよ? 分かってるの?」
「……かもな。だから、今回は俺だけで行くよ。トーニャは早く村から……」
そこで、ドアがトントンと叩かれた。
「ん、こんな時間に誰だろ?」
開くとそこには、一人の少女が居た。
……確か昼間に一度であった村の少女『リズリー』だ。おどおどした様子のリズリーだったが、部屋の中にいたトーニャの姿を見て、ますます困惑したような表情を見せる。
「こ、こんにちは……。あ、トーニャさん? ……どうしよう……」
「何か用? 今ワンドと話してんの。部外者は出てってよ」
「そ、そうはいかないんです! ……入れてください!」
目をつぶってそう言う少女を見て、俺はなにかただならない決心をしていることを感じて、彼女を部屋に入れた。
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