2-6 トーニャとリズリーは犬猿の仲のようです

……それからしばらくして。

フォーチュラは少しだけ気持ちが落ち着いたようだ。


「フォーチュラ。……大丈夫か?」

「うん……まだ悲しいけど……先に犯人を捕まえないとね」

「ああ。……犯人に心当たりはあるか?」

「……うん……」



そう言うとフォーチュラは、祭壇に置いてあった女神像を動かす。

すると、その下に隠されていた、一冊の本を取り出した。


「それは?」

「神父様……ここ最近の行方不明事件について調べてたんだ」

「フォーチュラが泣いてる間に部屋を調べたよ。かなり書物が荒らされていたから、目的はそれだろうね」


トーニャは冷静にそう答えるのを見て、リズリーは眉をひそめた。

フォーチュラに家探しの許可を取るべきだと感じたためだろう。



「ワンド様。ちょっとこれ読んでもらっていい?」

「ああ」


俺はフォーチュラに言われ、本を開いてみた。

かなり難しい内容ではあるが、何となく内容は分かる。

どうやら神父様は、元々ヴァンパイア・ハンターとしての仕事を生業にしていたようだ。


その経験から考えて、犯人の正体はヴァンパイアであると山を張って調査をしていたようだ。


「なるほどな……ヴァンパイアは長命な種族故か、文化面は保守的。その為近代的な都市よりも伝統的な建築物を好む、か……。かなり細かいことが書かれているな」


見るとヴァンパイアの生態や嗜好、弱点まで事細かに書籍に記されている。

尊大な性格なものが多いが、それゆえに卑怯な謀略を練ることが苦手である。また、日光に当たると命を落とす関係上、霧の出ない地域での活動は控えめであり、上位種を除くと昼間に寝込みを襲うのが効果的、ともある。


……これなら俺達でもいけるか。


「多分だけど、これは神父が何かあった時のためのものだと思うよ。他にこの教会に事件について調べてた人はいる?」




「え? ううん、いないよ。だってこの教会に居るのは神父様とあたしだけだから」




それを聞いて俺は表情が凍った。……リズリーも同様だ。


「……まさか、と思うけどさ。この教会にシスターって……」

「いないよ。ずいぶん前に辞めちゃったから」

「……まじ……かよ……」



俺が真っ青になるのを見て、トーニャが心配そうに声をかけてきた。



「どうしたの、ワンド?」

「リズリー。昨日懺悔室に行ったか?」

「ええ……」

「……その時の相手、女性じゃなかったか?」


リズリーは黙って頷いた。


「なんだって? それじゃあ昨日ワンドたちがあったのは……」

「……多分、いや間違いなく犯人だ」


俺は犯人に悩みを懺悔していたのか。

そう思うと急に恐ろしいものを感じた。

不幸中の幸いは、パーティに致命的な悪影響を及ぼすこと……例えば『勇者ワンドは実は最弱の勇者である』といったことは口にしていなかったことだ。

だが、リズリーの顔色は俺以上に悪い。


「リズリー。どうしたんだ?」

「え? う、ううん、何でもないです……。それより、これで大体わかりましたね」

「ああ。……犯人は昨日教会にいた、偽シスター。そいつはヴァンパイアでこの誘拐事件の犯人と同一人物……ってことだな」


だが、トーニャは少しだけ訝し気な表情をする。


「そう? なにか引っかかるな……」

「なにかって?」

「今回の遺体、どう見ても血を吸われた感じじゃないでしょ? それに、わざわざ教会に出向いてまで殺しに来る?」


確かにそれは一理ある。

吸血鬼は十字架を嫌う傾向があり、ましてや相手はヴァンパイア・ハンター。


こそこそ隠れて血を吸うような個体だったら、さっさと街を出る方がいい。

だがリズリーはそれを聞いて、不快そうな表情で答える。


「仮にそうでも、手掛かりはそれしかありませんよ。その吸血鬼の足取りはどこだって書いてありますの?」

「ああ。……本によると、ここから北に古い古城があるそうだ。ひょっとしたら、そこにいるかもしれないって書いてあるな」


但しこれは、明確な証拠ではなく、単に吸血鬼の生態と事件の範囲から考えた仮説であり、信ぴょう性はないことも俺は付け加えた。


「……じゃあ、まずはそこを調査するべきだね」

「調査? 領主様に頼んで軍隊を派遣する方が良くないですか?」


だが、トーニャは心配そうに首を振った。


「万一だけど、今までの事件がヴァンパイアの仕業じゃなかったら……これは罠かもしれないでしょ?」

「罠?」

「うん。……ヴァンパイアの情報を流して軍隊を派遣、その隙に街を襲って住民を一網打尽……って可能性もある。まずは調査するべきだよ。だよね、ワンド?」

「そ、そう……だな……」


俺は朝から続いていた頭痛がさらにひどくなるのを感じながら答えた。

フォーチュラも心配そうな表情をしている。


「ワンド様?」

「ああ。……万一吸血鬼がいると危ない。だから、昼間のうちに……調査を……」

「ワンド!」


そこまで言って俺の意識は途切れた。





それからしばらくして。

俺は教会の一室のベッドに倒れているのが分かった。

外を見ると、すでに夕方になっている。


「……倒れてたのか、俺は……」


最後に覚えていたのは教会で激しい頭痛と共に俺が倒れた時だ。

朝から頭痛はひどかったが、まさか倒れるとは思わなかった。


(……ん?)


外ではどうやらリズリーとワンドがもめていた。


「トーニャ。何やってるのです?」

「薬を調合してるんだ。邪魔だからあっちいってて」

「薬?」

「昨日フォーチュラから貰った花を乾燥させる。あれ、血栓を防ぐ効果があるんだよ。今日中に作らないとダメになっちゃうからね」

「それってワンド様の病気に関係があるんですか?」

「ううん、全然? 頭痛なのに血栓が関係するわけないでしょ。そもそも、あれは病気じゃない。私に出来ることは無いよ」


そう言うと薬を調合する音が聞こえてきた。

相変わらず、考えを伝えるのが下手なんだな、トーニャは。


「そんな……ワンド様が心配ないの?」

「心配してもしょうがないでしょ。それならワンドに料理でも作ってげて。……私が作ったら、とどめ刺しちゃうから」


「……分かりました。……トーニャ……あなたは最高の『永遠の伴侶』ね。あなたがなんでそう冷たいのか、私には分かりません」




「……料理が出来てさ。洗濯も出来て、見た目も可愛くて、優しくて、みんなに愛されて……それで今、どんどんワンドと距離を近づけてる。そんなお前なんかに……お前なんかに、私のことなんか、分かられてたまるものか!」



トーニャとリズリーが激しい言い争いをしていたようだが、まだ体が思うように動かない俺には、彼女たちに声をかけることが出来なかった。


それから少しの時が立ち、ドアが開いた。

……リズリーだ。快癒のためだろう、おかゆを持ってやってきてくれた。


「ワンド様……お体は大丈夫ですか?」

「ああ、悪い……いったい何が原因だったんだろう……」

「トーニャの話によると……。魔族に至近距離で接近したことで、瘴気にあてられたことによる頭痛だそうです……」


高位の魔族は、常に瘴気を発しているため、俺のような弱い人間は近づいただけで体調を崩してしまうことが多い。

リズリーのように、ある程度魔法が得意なものであれば影響はないようだが。


「そうか……ごめんな、迷惑かけて……」

「そんな……それより、トーニャはひどすぎます! 周りのことを気にしないで、自分のことばかりやって!」


やっぱり、リズリーとトーニャは喧嘩ばかりしているな。

俺はそう思いながらも、首を振る。


「違うんだ、リズリー……。あいつは、自分の『今やるべきこと』を第一に考えているだけなんだよ。みんなが嫌がることをやる、最高の仲間なんだ……あいつの冷静さに何度も俺は命を救われているんだ……」

「ワンド様……」


とはいえ、こういうとリズリーを責めているようにも聞こえるだろうな。

そう思った俺は、もう一言付け加えた。



「……ごめんな。……リズリーはトーニャのそう言うところが嫌いなの、分かるんだ。……けど……リズリーの優しさも、トーニャの冷静さも……俺はどっちも好きなんだ。だから、トーニャ責めないでくれないか?」

「……分かりました……ワンド様は、トーニャ様がそれだけ大事なんですね?」


そういうと、リズリーは少し残念そうにしながらも納得してくれたようだった。




「……にしても、このおかゆは上手いな……」

「そ、そうですか? ワンド様って薄味が好きだから、少し味に工夫したんですよ!」

「そうか。……ありがとな、リズリー?」


そう二人で笑いあうと、外から声が聞こえてきた。


「大変だ!」

声の主はどうやら宿屋の店主のようだった。


「どうしたのですか?」

「さっきから教会の近くが静かだと思ったら……フォーチュラちゃんが、いないんだ!」

「なんですって?」


それを聞いたトーニャは驚いたような表情を見せた。


「ひょっとして……一人で北にある古城に向かったんじゃ……」

「それは……まずい……う!」


俺はまだ頭が痛む中、何とか立ち上がった。

驚いた様子でトーニャは叫ぶ。


「ワンド! まだ寝てなよ! フォーチュラは私たちが連れ戻すから!」

「ダメだよ。俺は、約束したんだ……俺が仇を取るって……だからさ……」


そこで俺は、前もミノタウロスと戦った時の言葉を口にした。



「みんな……手を貸してくれ」

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