2-5 最弱勇者はリズリーと距離を縮めてしまったようです

(う……頭が痛いな……ガンガンする……)


翌日俺は目が覚めるなり、頭痛に見舞われた。

ここ数日の旅の中で疲れが出たのかもしれない。

だが、俺は昨日シスターから言われたことを思い出した。


(自分の理想の姿になりなさい、か……)


昨日のシスターの話は本当にためになった。

いつの間にか、俺は『トーニャと愛し合う日』を心のどこかで夢見ていたのかもしれない。


だが、それは俺の一方的な感情だと気づかせてくれたのだから。

更に、俺がトーニャを想うためには、今のままじゃだめだということも教えてくれた。


(ゼログなら……この程度の頭痛でへこたれたりしない……よな!)


俺はそう思いながらベッドから起き上がると、汚れた衣服を持って下に降りていった。




すでに1階では宿の店主が朝食の支度をしていた。

俺は店主から※灰汁を貰って庭先で洗濯板に衣服をこすりつけ始めた。


(※ワンドの世界では、いわゆる洗濯用の洗剤や石鹸は高級品です。そのため、灰汁を利用して衣服の汚れを落とすやり方が主流となっています)


「ワンド様、おはようございます!」


しばらく洗濯をしていたら、リズリーがやってきた。

俺は昨日までの俺とは違う。

そう思いながら、いつもよりもさらに笑顔を心がけて、答える。


「ああ、おはよう、リズリー!」

「あ、ええ……」


リズリーは少し顔を赤くしながら答える。

……やっぱり、少しわざとらしかったか? そう思ったが、特に悪い気はしていないようなので俺は少し安堵した。


(あと、身近な人に親切にしなさい、か……)


俺はそうシスターに言われたことを思いだし、リズリーに尋ねる。


「リズリー。そっちも洗濯物はあるだろ? 全部洗うから出してくれるか?」

「いえ、そんな……。私も手伝いますよ。その、下着とかは恥ずかしいですし……」


ああ、そうだよな。

トーニャは遠慮なく下着も渡してくるから、ついそのノリで尋ねてしまった。

俺は少し反省すると、トーニャにも灰汁を半分渡した。




ぱちゃぱちゃと気持ちのいい音を立てながら、俺達は二人で並んで洗濯を始めた。

リズリーは慣れた手つきで洗濯をしながら俺に尋ねてきた。


「ワンド様って、洗濯上手ですね?」

「え? そうか?」


いや、ここは謙遜するよりもお礼を言うべきか。


「そう言われると嬉しいな。ありがとう」

「フフフ……。ひょっとして、私が来る前はいつもワンド様が?」

「ああ。洗濯だけはパーティで一番うまかったからな」


完全無欠のゼログも、力加減が苦手なのか洗濯に関してはいつも衣服に穴をあけてしまい、頭を下げていた。

トーニャは洗濯も基本的に苦手で、いつも俺に丸投げしていた。


「けど……これからはパーティで二番だな」

「え?」

「リズリーの方がずっと洗濯は上手だからな。一枚一枚洗い方を変えてるだろ?」

「ええ。衣服の素材や老朽化の状態によって、気を遣わないといけませんから……」

「俺はそういうの苦手だからな。リズリーは凄いよ」

「えっと、その……ありがとうございます」


リズリーは少し顔を赤くして答えた。

確かに、よく観察してみるとリズリーは本当に細かいところまで気を遣う優しさが見て取れた。……こんなことにも気づかなかったんだな、俺は。


「……なんか今日のワンド様、いつもと少し違いますね」

「そうか? どう違うかな……」

「なんていうか、その……優しい感じがします」

「……まあ、昨日教会のシスターに色々言われたからさ。少し反省したんだよ」

「反省?」

「ああ。……俺は自分のことばかり考えてたなって思ってな」

「そんなことないと思いますよ。……ワンド様は、いつも周りのことを考えすぎてるくらいだと思いますよ?」

「ハハハ、ありがとな、リズリー。そう言ってくれるのはリズリーだけだよ」

「……単にそれはトーニャが冷たいだけだと思いますけどね……」

「誰が冷たいって?」



俺達が談笑していると、トーニャが恐ろしく不機嫌そうな容貌で表れた。

見たところあまり寝ていないのだろう。

ああ、またやっちまった。なんでこう俺は、トーニャを怒らせてばかりなんだ……。


「あら、おはようトーニャ。ずいぶん遅かったのですね」

「……集合時間まではまだあるでしょ? それよりワンド、洗濯やってるの?」

「ああ。トーニャの分もやるから、持ってきてくれ」

「あ、ありがと。じゃあ頼むね」


そういうとトーニャは洗濯物を持ってきて、俺に手渡した。

その様子に、リズリーは不愉快そうな表情を見せる。


「トーニャ。それくらい自分でやったらどうですか?」

「ワンドがやってくれるって言ったから、良いでしょ? お前には関係ないじゃん」

「……しょうがないですね。ワンド様。二人でやりましょ?」

「え? それは……」


悪いからいいよ、と言おうとして、俺は考えを変えた。

相手の好意をむげに断るのは、却って相手に失礼だからだ。


「いいのか? 助かるよ、ありがとうな、リズリー」

「いえ……。ワンド様の力になれるなら私も嬉しいですから」


そう言ってリズリーはにっこりと笑ってくれた。

……少しは俺も、理想に近づけたのかな。

そう思ってるとトーニャも俺とリズリーの間にぐい、と割り込んできた。


「……やっぱり私が……」


だが、その瞬間教会の方から大きな叫び声が聞こえた。


「……今の声……」

「フォーチュラだね。……何かあったんだ。急ごう、ワンド」


そう言うとトーニャは俺の腕をぐい、と引っ張って走りだす。


「うお!」


だめだ、やっぱりトーニャの柔らかい手に触れられると嬉しくてドキリとする。

……けどそんな風に思うことが、トーニャを傷つけるんだよな。

それにトーニャは、俺を頼りなく思っているから、こんな風に手を握ってるだけだ。


そう思った俺は、落ち着いた口調でトーニャにいう。


「トーニャ。俺は教会までの道は覚えている。だから手は離してくれ」

「……やだよ、そんなの。ずっと、握ってて?」


やはり、まだ俺は一人前扱いされてないか。




教会には大きな人だかりができていた。

そして、


「ああああああ! 神父様! どうして! どうして!」


そんな声が教会の奥にまで聞こえてきた。


「ワンド様! 大変です!」

「とにかく、中に!」


俺達が勇者ワンドだとわかると、街の住民たちは教会の中にすぐに入れてくれた。




「これは……」


そして俺たちは、懺悔室に倒れている神父の死体を見て愕然とした。

フォーチュラは神父の死を受け入れられないかのように、泣きながら遺体に声をかける。


「あのさ、神父様。見てよ? このペンダント。綺麗でしょ? 神父様の誕生日プレゼント……だったんだよ……似合うでしょ……?」

「フォーチュラちゃん……」


その様子を見て、リズリーは涙を流しながらそっとフォーチュラの背中を撫でる。

それに対してトーニャは神父の遺体に近づくと、手で追い払うそぶりを見せた。


「フォーチュラ。ちょっとどいて?」

「え?」

「トーニャ、何考えてるのです!」


トーニャに対してリズリーがキッと睨みつける。

だがトーニャは気にする様子もなく、神父の遺体を触りながら状況を確認する。


「……死んでから一日くらいってところだね。腐敗が始まってるみたい。死因は恐らく魔物による噛み傷。けど、毛の類が一本も落ちてないから、召喚獣によるものだと思うよ、ワンド」

「そうか……ありがとう、トーニャ」


こういう時、誰よりも冷静に行動できるのはトーニャの凄いところだ。

気が動転して何もできなかった自分が情けない。やはりトーニャにはいつも世話になってばかりだと俺は感じた。


だが、トーニャはあまり人の気持ちを理解できないところがある。

トーニャはフォーチュラの方を向いた。……その瞬間、猛烈に嫌な予感がした。


「フォーチュラ。泣いても神父は生き返らない。犯人に心当たりは……」

「くそおおおおお!」


俺はわざと大声を出しながら、近くにあった机をガン! と叩いた。

トーニャはビクリ、と驚いた様子を見せ、質問を中断した。


「罪のない人を殺すなんて……! 絶対……許せねえ……!」


そして俺はフォーチュラの前にかがみ、肩に手を置いてまっすぐと見据え、つぶやいた。


「フォーチュラ。つらい……よな。神父様、凄い立派な人だったんだろ?」

「……うん……」

「……俺が……俺が……絶対に仇を討ってやるからな……!」

「……ワンド様……わああああああ……」


フォーチュラは俺に抱き着いて、大声で泣き出した。

トーニャの苦手なところは俺が少しでもカバーする。

それが俺にトーニャのために出来ることだ。

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