2-4 魔族編 最弱勇者は偽シスターに恋愛相談をしてしまうようです
教会の祭壇の前で、1人の妖艶な美女『セプティナ』は本を読みながら笑みを浮かべた。
「フフフ……。この旅の記録、とても面白いわね……ゼログさんってどんな方なのかしら……ねえ、神父様?」
そうセプティナは隣にいた神父に尋ねる。
……だが、神父はすでに息は無い。全身に彼女が呼び出したであろう魔物の噛み傷があり、それが致命傷となったことが見て取れた。
「まさか、ただの人間が私の正体に気づくなんてね……。まあ、余計なことを口にしなければ、もう少し生きられたのにねえ……」
この女『セプティナ』は、先日勇者ワンド(の名を騙ったゼログ)が始末したヴァンパイア・ロードの元部下だ。
先日ヴァンパイア・ロードが敗れた際、一体だけ逃げ出した側近が居たと、彼女の耳に届いた。
魔族にとって上下関係は絶対であり、特に側近クラスのものが主君を置いて逃げることはいかなる場合があろうと許されない。
その為、セプティナはその生き残りを始末しにこの街まで来ていた。
生き残りの足取りを掴むために人間に化けて神父に話を聴こうと思ったところ、正体がバレたため口封じをし、今に至る。
「結局、裏切り者の足取りはなし、ね……。どこかに記録か何かを隠していると思ったのに……あら、誰か来たのかしら?」
そうこう考えていると、教会の外に人の気配を感じた。
この街の軍隊の規模を考えると、無理に騒ぎを起こすわけにもいかない。
そう考えたセプティナは、近くの懺悔室に神父の死体を運び入れた。
「すみません。誰かいますか? ……懺悔室は開いてるのか……」
教会に入ってきた男は、勇者ワンドである。
そのことを知らないセプティナは、懺悔室の中で息を潜めていた。
(まずい、教会のカギはかけておくべきだったわね……この男は旅人かしら? もし街の住民なら、やっぱり殺す? ううん、あまり殺すと後が怖いわね……)
そう考えていると、ワンドの声が聞こえてきて、懺悔室のドアが開いた。
「ん、この扉は開いているみたいだな。……すみません」
「お、おやおや迷える子羊よ。どうしたのですか?」
これ以上居留守を使うと却って怪しまれる。
その為、セプティナはシスターになり切ってことを荒立てないようにと考えた。
「ええ、ちょっと俺の罪を聴いてもらいたくて……」
「罪?」
「はい。……俺は勇者をやっているのですが……」
その発言を聞いて、ひとまずセプティナは安堵した。
彼が旅人なら、私がこの教会の部外者であることは分からないはずだ。適当に話を聴いて立ち去ってもらおうと考えた。
「ええ。それでどうしました?」
「俺は昔、ある村を救えなくて……。その時に一人の少女を連れていくことになったんです……。ですが……その子のことを異性として好きになってしまって……」
「ええ……」
「ですが、俺は彼女に借りがありますし……それに弱い勇者だからいつも迷惑を掛けていて……」
しばらく話を聴く限りセプティナは、くだらない話だな、と感じた。
恐らく、その少女は男に対して好意を持つどころか憎しみを抱いている。恩着せがましい態度ばかり取り、ことあるごとに恨み言をつぶやき続けているという証言からも明らかだ。
……多分この男は、自分勝手な好意を持っているだけだ。
このままだとこいつは、勝手に暴走して、勝手に告白して、相手を傷つける。
最初は適当に聞き流そうと思ったが、この手の「勘違い男」にはガツンと言ってやりたい。
そう感じたセプティナは、思わず身を乗り出して答える。
「最悪ね。あなたの罪が許される訳ないでしょ」
「え?」
どうせ、この男は『好意を持つことを許してもらう』ことを狙っていたのだろう。
そんな卑しい魂胆が見え見えだと感じた。
「嫌いな相手から好意を受けることは、女性にとっては気持ち悪いものよ。あなた達男性とはそこが違うのよ」
「そうか……。だから、いつも俺に対して怒っていたのか……」
あれ、思ったより聞き分けの良い奴だな、とセプティナは思った。
これならこちらの話を聴いてくれると思い、彼女は続ける。
「はっきり言ってあなたは、その子にとって迷惑な存在。あなたが思う通り、好意を持つこと自体が罪よ。だからその想いは誰にも告げないで、1人で抱えていきなさい」
「はい……。そう、ですよね……俺は……」
そこまで言って、少し言い過ぎたかと感じた。
それにこの男は声を聴く限りまだ若い。やり直しのチャンスもあるだろうと考え、少しだけ優しい口調になるように心がけ、セプティナは答える。
「それでも、なおあなたがその相手を想うのであれば、やることは一つ。……あなたが、あなた自身の理想像に近づくのです」
「理想像?」
「あなたには理想とする方はいますか?」
「……はい。ゼログって……俺の元仲間なんですけど……」
そこまで聴いてセプティナはドキリとした。
ゼログの残した『旅の記録』を読む限り、その男は人外魔境の猛者だからだ。
同一人物ではないと願いつつ、セプティナは平静を保つよう努めた。
「え、ええ。その人に近づけるように努力を。……そして身近な人に慕われる人にならないといけません」
「身近な人……そうだ、最近俺には新しく入った仲間が出来たんだ……。そいつに優しくしていたかな、俺……」
「どうせあなたのことだから、自分のことばかり考えていたのではなくって?」
「そう、かもしれません……」
やっぱりこいつは、自分にしか関心のない勘違い野郎なんだな、と、セプティナは少し心の中で見下した。
「なら、その方に優しくしなさい。ただし、見返りは求めてはいけません。『想い人に好かれたいから、誰かに親切にする』なんてことは、もってのほかですよ?」
「はい……そうですよね……」
「分かればよろしい。そうすればあなたは……」
「俺は?」
「その想い人を愛する資格すら、得られるでしょう」
「愛する資格……か……」
そう感慨深げに男はつぶやいていた。
だが、この男を『勘違い男』として暴走させないため、これだけははっきりさせておきたいと思い、付け加えた。
「そうです。『その方に愛してもらう資格』ではありません。話を聴く限り、あなたはその女性に愛される資格はないのですよ? そこは勘違いしないように」
「……ハハハ、そうですね。……すみません、俺は間違ってました」
話を分かってくれたことに、少しだけ彼女はこの男に好意を持った。
「あなたはきっと報われない思いに苦しむでしょう。ですが、その方が幸せなら良いじゃないですか」
「ええ、そうですね。俺は、トーニャが幸せなら、それで十分です」
「では行きなさい。あなたに祝福を」
「迷いが晴れました。ありがとうございます。あなたにも神の祝福を」
そう言って男が去っていった。
「ふう……。なんか、まじめにシスターしちゃったわね。さあ、早いところずらかって……って、またお客さん? ったく……」
セプティナはそうつぶやくと、また懺悔室にこもった。
……今度の相手はリズリーだった。ちょうどワンドと入れ違いだったのだろう。
「ようこそ、悩める子羊。今日はどんな用?」
2回目になるとだいぶぞんざいな態度になっている。
そう自覚しながらも、セプティナは尋ねた。
「ええ、実は私は……仲間たちに隠し事をしていまして……」
「隠し事? それくらい、誰でもあることでしょ。そんなやばいことなの?」
リズリーは少し悩んだ様子を見せながらも、おずおずと答える。
「ええ。……その、私の中に封印された『力』についてなんですが……」
「え?」
その話に急に興味を持ったセプティナは、怪しまれないように気を付けつつ、リズリーは自身の持つ秘密について話を聴いた。
(まさか……。この子が……話に聴いた『魂の器』ってこと……?)
そしてセプティナは確信した。
この少女は確実に仕留めないといけないターゲットだと。
(けど……私一人じゃ手に負えないわね……。協力が必要、か……)
そう思いながら、セプティナは答える。
「なるほど、あなたもずっとつらい思いをしてきたのですね。……あなたのその苦しみは、まだその方々には告げない方が良いでしょう」
「ええ……分かっています」
「では、あなたの苦しみを支える力を授けましょう」
そう言うとセプティナは壁の隙間からペンダントを差し出した。
「これは?」
「あなたがその秘密に耐えられなくなったら……その思いをこのペンダントに吐き出すのです。そうすれば楽になりますよ?」
「……あ、ありがとうございます……」
「これは持つものを魔から守る力もあります。常に身に着けておきなさい」
無論、このペンダントには仕掛けがある。
セプティナ自身の魔力をたっぷり込めており、一種の発信機の役割を持っている。
また、一応持ち主の魔法防御力をわずかだが上昇させる効果があるため、嘘もついてない。
そうとは知らず、セプティナはそのペンダントを大事そうに身に着けた。
「それではお行きなさい。あなたに祝福を」
「ええ、あなたに神の祝福を」
そういうと、リズリーは去っていった。
「フフフ、裏切り者の始末に来たけど、とんだ収穫だわ。応援をしっかり呼んで、準備しなきゃ!」
そういうと、今度こそセプティナは教会を後にした。
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