4-5 リズリー編 彼女は最弱勇者の勘違いに気づいたようです

「……ワンド様……」



船の上で、私はワンド様とトーニャが楽しそうに談笑するのを見て、心が痛んだ。


何があったのかは分からないが、最近あの二人は本当に仲がよさそうだ。



だが、私にはその理由が分からない。

はっきりいって、トーニャのことは恋敵であることを抜きにしても嫌いだった。


その場の空気を読まずに思ったことをそのままいう。

料理も洗濯も下手なくせに、それをワンド様に頼んで悪いとも思わない。

いつもワンド様を攻撃するようなことを言って、自分に注目を集める。その癖、自分からは楽しい話題を振ることもなく、断定的な発言で会話を終わらせてくる。



正直、容姿も含めて私がすべてにおいてトーニャより上回っていると思っている。

私はワンド様と一緒に距離を縮めるために努力し、そしてワンド様も私に好意を持ってくれていた気がしていた。


……だが、ワンド様は私を選ばず、あの女と付き合いだした。



「どうしたの、リズリーさん?」

「あ、フォーチュラちゃん」


そうこう考えていると、フォーチュラちゃんが私に声をかけてきた。



「最近リズリーさん、元気ないよね? ワンド様とケンカしたの?」

「え? いえ、別にケンカはしてないですけど……」



それより気になるのは、最近のワンド様の態度だ。

砂漠の街でファイブスさんと会った時くらいから、ワンド様が私に対する態度はなんとも言えないよそよそしさを感じた。


……まるで私を避けているような印象だった。

何かワンド様に嫌われるようなことをしたのかな? そう思ったが、特に心当たりはなかった。



「ねえ、リズリーさん?」

「なあに?」

「もしもさ、シスクさんを見つけたらさ。そしたらどうするの?」

「うーん……。とりあえず、なぜ村で山賊なんてやっていたのかを聞きます。それで……」

「それで?」

「……その後は分からないですね……私が何をしたいのかも……」

「そっかあ……」



実際、兄様がなぜあんなことをしたのかは分からない。

……けど、兄様はいつも私のことを最優先で考えてくれていた。


そう考えると私の『魔王の魂』に関することだろうとはおぼろげながら想像はついていた。

いずれにせよ、問いたださなければならない。


「それでさ。そのことが全部片付いたら旅は終わりにして、村に戻るの?」

「うーん……どうするかはまだ決めてませんけど……」

「もしそうなら、寂しいな。リズリーさんと一緒にいるの、楽しかったから」

「私もフォーチュラちゃんと居るのは楽しいですよ?」

「そう? えへへ、それなら嬉しいな。……けどさ、正直リズリーさんって、ワンド様のこと好きでしょ?」



その発言に、私は思わずびくりと体を震わせた。



「あ、やっぱり! いっつもワンド様を見るときに、嬉しそうな顔してるからそうだと思ったんだ!」

「フォ、フォーチュラちゃん……あまりお姉さんをからかわないで?」

「別にからかってないけどさ。……ワンド様と一緒に居られないのは嫌じゃないのかなって思ったから。……いいの、リズリーさん?」



そう、本当なら私もワンド様と一緒に旅を続けたい。

ワンド様はどうしようもないくらい弱いけど、周りを勇気づけて引っ張っていく力や、何もかもを受け入れてくれる暖かさがある。

ただ強いだけが売りの英雄様などより、よほど魅力的だ。


そして、命を平気で誰かのために投げ出すような危なかっしさがある彼を放っておけないという気持ちもある。


そもそも『魔王の魂』の影響で私の寿命はもう5年もない。なら、残った時間は愛した人と一緒に居たいと思うのは当然だ。



「け、けど……。ワンド様はトーニャと付き合いましたから……もう私は……」

「うん。……けどさ、なんかあの二人、おかしいと思わない?」

「え?」

「ワンド様はなんか寂しそうだし、トーニャお姉ちゃんもどこか悲しそうだよね? まるで、何か隠しているみたい」



獣人の特性だろう、フォーチュラちゃんは勘が鋭い。

私もあの二人の関係に少し疑問を持っていた。



「ねえ、ワンド? 好き、大好き……お願い、もう少しこのままでいさせて……」

「ああ、トーニャ……」



ふと二人を見ると、トーニャはワンド様の胸にそっと体を預けていた。

だが、その様子ははっきり言って『明日戦場に向かう恋人と、別れを惜しむ場面』とでも呼べるほど、刹那的な何かを感じた。



……また、客観的な言動を顧みても、ここ最近のワンド様の発言には違和感があった。

あの魔族セプティナとの戦いの時に、自らの最期を覚悟されたワンド様は私に、


「今まで、ごめんな」


とつぶやいていた(『3-12 最弱勇者はラザニアをあの世で作るようです』より)。


なぜあの時口にしたのが「ありがとう」ではなく「ごめんなさい」だったのか。

あの状況を作ったのは私で、重傷を負ったのも私のせいだ。

なんでもかんでも自分で背負い込んでしまうワンド様でも、あの場での謝罪は不自然だった。


その後ラザニアの料理の話題が出た時(『3-13 最弱勇者は魔王と旅をしていたようなものです』より)もそうだ。

あの時ワンド様は、


「だって仲間だろ、リズリーとフォーチュラはさ?」


と言っており「俺とリズリーは仲間」とは言わなかった。

……そこから導き出せる答えは一つ。



「ワンド様は、私に嫌われていると思い込んでいる」



ということだ。

だが、私がそんな態度を取った覚えは一度もない。

そう考えていると、フォーチュラちゃんは、ワンド様たちの方を見ながらつぶやく。



「けどさあ。やっぱりワンド様って、トーニャお姉ちゃんのこと好きだよね? ご飯食べた後とか、凄いドキドキしてるの分かるもの?」

「ご飯?」

「うん! 私たち獣人は耳が良いからさ。だから分かるんだ。こないだトーニャお姉ちゃんから果物貰ってた時なんか、凄かったよ! もうドッキドキ!」



果物を貰った時とは、確かリザードマンの巣くう闘技場に向かった時だ(『3-9 最弱勇者はリザードマンと接敵しました』より)。

確かあの時はわざわざワンド様の持っていた果物を自分のものと取り換えていた。


本人は「果物が傷んでいた」と言ってそれを捨てていたが、今にして思うとあの果物は傷んでなんかいなかった。



(トーニャは薬を調合できる。まさか……)


私はそもそも疑問を持っていた。

なぜワンド様は、トーニャを好きになったのか。……いや、トーニャ『なんか』と一緒に旅が出来ているのか。



私はあの女のことが嫌いだ。

もしワンド様が居なかったら、一緒に旅をするなんて考えたくもない。



……私はそのことを考えた瞬間、恐ろしい仮説が思い浮かんだ。



ワンド様は、トーニャに何か洗脳まがいのことをされている、ということだ。

単に言葉の暴力による支配だけじゃない。


何らかの外的なもの……たとえば薬を盛るとか……或いは、何らかの嘘をついて、私を遠ざけていた可能性も考えられる。



よくよく考えたら、かつての仲間だと言っていたファイブスさんも妙にトーニャのことを嫌っていた(『3-3 最弱勇者は最強勇者の影を踏んだようです』より)。


トーニャの方もファイブスさんを避けており、砂漠の街を出る際にも『急いだほうが良いから』と、彼女に挨拶に行くことを避けていた。


それも、トーニャがワンド様に何か犯罪的なアプローチをしていたから、と考えると矛盾がない。


「もし、そうなら……許せない……」



私はそう思うと、猛烈な怒りの感情が湧いてきた。



ワンド様は優しい方だ。

ただでさえ、トーニャの両親を守れなかった借りがあり、トーニャに逆らうことは難しい立場だ。


その状態で、嘘をついて私を陥れ、さらに薬を盛ることで自分に関心を集めていたとしたら、トーニャのことを『好き』だと錯覚するに決まっている。


そんな汚い真似をしているのなら、断じて許すわけにはいかない。



「ど、どうしたの、リズリーさん? なんか顔、怖いよ……」

「え? あ、ごめんね、フォーチュラちゃん。ちょっと気になったことがあって……」

「気になったこと?」

「ええ。……船から降りたら、ちょっとワンド様とトーニャに聴きたいことが出来ましたから。その時は協力してくれますか?」

「え? うん。……よくわからないけど……いいよ?」



後は、その証拠を集めるだけだ。

幸い最近のトーニャはワンド様と交際できるようになったためか、普段の狡猾なまでの慎重さが見られていない。


……とはいえ、船上でトラブルを起こすと問題が起きることは分かる。

今は証拠集めだけをして、船から降りたらトーニャに問いただそう。



そうすればワンド様はトーニャに幻滅するはずだ。



……それにトーニャの言動から分かったが『罪悪感を与えて支配する』方法は、責任感の強すぎるワンド様にはよく効くようだ。

『ワンド様は私の寿命を奪った』とでも言って、ワンド様に私との結婚を申し入れることも不可能ではない。



(……何考えてるの、私は……)



だが、私は一瞬頭に浮かんだその考えをすぐに打ち消した。

それをやったら、トーニャと同じだ。……私はあの女とは違う。


これはワンド様をあの女から解放するための正義の行為だ。

あの女の悪行を暴いたうえで正々堂々とワンド様に交際を迫ればいい。



そう考えながら私は、トーニャの荷物袋を漁った。

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