4-6 最弱勇者は仲間に無理やりキスされたようです

それから2週間ほど経ち、俺たちは北の大陸に到着した。

このあたりは北国らしく、積もってはいないものの雪がちらほらと降っている。



「ふう、やっぱり船旅は疲れたな」

「うん。……けど、またキミと乗りたいな」


トーニャはそう言って、フフ、と笑いながら腕に抱き着いてきた。

俺とトーニャは普段とは違う格好に変装していたので、幸い船の上で『ワンド様!』『トーニャ様!』と騒がれることは無かった。


なんで俺達の方が変装しないといけないんだ、ゼログの奴。

次にあったら文句の一つも言ってやらないと。



「それにしても、寒いですね、このあたりは……」

「そう? じゃああたしがリズリーさんをあっためたげる!」


トーニャの真似をしたつもりなのか、フォーチュラはリズリーの腕を左手でぎゅっと抱きしめた。


「えへへ、どう、暖かい?」

「うん、とっても暖かいですよ? ありがとう、フォーチュラちゃん」

「でしょ? ほら、ワンド様も?」


余った方の手で、俺の左手に抱き着いてきた。

4人が横一列になって並ぶ姿で街を歩くのは流石に恥ずかしい。


「……あ、あのさ。恥ずかしいし、俺は良いよ」

「え? ……じゃあいいけど。早く宿に行こ!」



相変わらず、フォーチュラは寒いところでも元気だ。

俺達はそう思いながら近くの宿屋兼酒場に入った。




「なあ、聞いたか!? ワンド様の件!」

「ああ。あのヴァンパイア集団に乗っ取られた集落を滅ぼしたんだってな?」

「そうか……やっと俺達があの村に戻れるのか! ……あと、ゼログの件も知ってるか?」

「勿論。ワーウルフの族長を倒して帰順させたってな!」

「なんだって!? そいつ、とんでもない化け物だな……」

「だよな。因みにゼログってのは『勇者』じゃないらしい。何者なんだろうな」



そんな風に、街では「勇者ワンド」「謎の剣士ゼログ」の話題でもちきりだった。

もう俺たちは面倒になったので、変装したまま酒場で過ごすことにした。



「やっぱりゼログの奴、このあたりでも活躍しているみたいだな」

「そうだね。……交渉が通じない魔物はワンドの名で、通じる魔物はゼログの名前で戦っているのか……何の為なんだろう?」

「けど、兄様の名前は出てきませんね。……お二人はどこにいるのでしょう?」

「そんな風に悩んでもしょうがないよ! なんか食べよう!? もう保存食は飽きちゃったし」



フォーチュラは能天気に、暖かそうなブイヤベースを注文した。

正直俺ももう腹ペコだったこともあり、それを口にしながら自身の口座を調べてみた。



「……うわあ……俺の口座残高、やばいことになってるな……」

「本当だ……。これならお城も買えるんじゃない?」



予想はしていたが、とんでもない額がそこには振り込まれている。

俺の名前だけでなく『グローゼ』という名前で多額の入金が何度も行われていた。


「この入金、絶対ゼログだよね」

「ああ。この安直なネーミングはあいつだな。……やっと尻尾を掴んだか」

「ゼログさん、なんでワンド様にこんなにお金を渡すのでしょう……?」

「さあな。ただ、あいつのことだから何か考えがあるのかもしれないが……。ただ、あいつに甘えるわけにはいかないし、この金は使わないようにしよう」

「え~? もったいないなあ……」


フォーチュラは少し残念そうに口を尖らせた。


「この金に頼ったら、もう勇者じゃないだろ? 自分で冒険して人助けして、お駄賃貰うのが勇者だよ。……それともフォーチュラ、このお金で商売でもしてみるか?」

「え~? あたしはそういうのはパス! ワンド様と一緒に旅する方がいい!」

「けど、それならもう路銀も残り少ないですし……兄様を探す前に仕事を見つけないといけませんね……」



この世界はRPGのゲームじゃない。

だから宿代はバカにならないし、船賃や食費、歯磨き粉や生理用品と言った道具も買い込まないと旅が出来ない。


しかも砂漠ではまともな依頼を受けることが出来なかった上、療養費も相当な額になった。

その為、すでにヴァンパイアを倒した時の褒賞金は底を尽きかけていた。

俺は宿の店主に尋ねてみた。


「なあ、親父さん。何か依頼ないか?」

「え? ……そうだな。依頼と言ってもなあ……ほとんどワンド様とゼログって奴が依頼を片付けちまっているからなあ……あ、そうだ。一つあったな」


そう言って親父さんは一枚の羊皮紙を見せてきた。



「これは、この近くにある『転地の遺跡』に関する依頼なんだけどな。なんでも最近、怪しい影がここに出没するそうなんだ」

「怪しい影?」

「ああ。どうやら魔物使いみたいでな。何かを探しているのか、いつもそこでごそごそと魔物と探索をしている怪しい奴がいるそうだ。発見して、正体を突き止めてほしいと、依頼を受けている」

「魔物使い……ひょっとして……」


それを聞いて、リズリーの表情が変わった。


「なあ、これは……」

「間違いないよ。多分これ、シスクのことだと思う」

「……だな。ちょうど一石二鳥ってわけか……」

「うん。……けど、少しおかしくない?」


トーニャは少し訝し気につぶやいた。



「シスクって長いこと正体を明かさずに山賊業をやっていたような男でしょ? そんなシスクが、こんな村人に姿を見せるほど抜けているとは思えない」


言われてみるとその通りだ。

この北にある『転地の遺跡』は地味な遺跡であるらしく、別に観光地と言うわけでもない。


たまに遺跡マニアや高齢者が足を運ぶ程度のものと聞いている。

人目を避けて探索行動を行うのは難しくない。



「……確かにな。なあ親父さん、この依頼っていつ頃来たんだ?」

「え? 昨日の夜だな。オタクら、ついてたよ。かなり報酬もでかいみたいだからな」

「依頼人はどんな人だ?」

「それは口止めされているから、言えないな。ただ、そいつを捕らえて宿に連れてきたら正体を明かすと言っている」


ますます怪しい。

そもそも、そんな遺跡に怪しい影が居るからといって、困るようなことは無いはずだ。

さらに、ご丁寧に俺達が来た日の前日に、この依頼が来ている。



……そこから考えられる可能性は2つ。


「これって多分……。たまたま、シスクと同じような人が変なことをしているか……」

「或いは、俺達をおびき出す罠、という可能性があるな……」



そもそも、俺達がこの街に来たこと自体『偽勇者ワンドが、シスクと共に転地の遺跡に向かったから』だ。


……なぜ、船の乗客は、彼らが転地の遺跡に向かったと知っている?

その答えは恐らく『ゼログたち自身が、彼らに告げたから』だ。


つまり俺達はすでに、ここに来たこと自体、ゼログの誘導だった可能性がある。

一応その可能性も考慮していたが、ここにきて確信に変わった。



「……けど、手掛かりはこれしかないよね。それに……」

「それに?」

「ゼログが本気で私たちに危害を加えるつもりなら、どのみち助かる道はない。なら素直に、この誘いには乗る方がマシだと思う」

「……アハハ、全くだな」



ゼログの強さはもはやこの世界の人間の範疇では語れない。

本気で俺達を殺すつもりなら、世界のどこに逃げても助かることは絶対に不可能だ。



……それに、俺はゼログを信じている。


あいつは、私利私欲のために世界を欲しいままにするような奴じゃない。

そもそもそんな奴なら『サキュバスに囲まれ、働かずに送る一夫多妻のハーレム生活』を与えられた時点(『ゼログ編1 最強勇者がハーレム生活を持ち掛けられています』より)で、旅など終えてしまうだろう。



「じゃあ、決まりだな。……親父さん、その依頼受けるよ」

「おお、頑張れよ! ただ今日は遅いから明日から向かったらどうだ?」

「ああ、そうするよ」



そう言って俺達は2階にある宿に泊まることにした。





その夜。


「ゼログ……あいつの目的は何だろうな……」


そう俺はぽつりとつぶやきながら、ゼログと旅をしていた日々を思い出した。

あいつとの旅は楽しかった。


何でも一人で片付けようとしてしまうゼログと、それを少しでもサポートしようとする俺達。

一緒に料理を作ったり、恋愛相談に乗ってもらったり、歌や踊りを披露したりした日々。

短い期間だったが、それは俺にとっては良い思い出だ。



気難しいトーニャも、ゼログののことは信頼していたし、ファイブスはゼログに好意を抱いているようだった。



「あいつが俺を恨んでないなら……それで、遺跡で会えたなら……また冒険に誘ってみるのも、いいかもな……」



そう思いながらまどろんでいると、突然ドアがこんこんとなった。


「誰だ?」


ドアを開けると、そこにはフォーチュラが居た。

いつもの明るい表情ではなく、どこか怯えたような、暗い表情を見せている。



「……ワンド様……あのね? リズリーさんが大事な話があるから、表に来て、だって……」

「リズリーが?」

「うん。……なんかすごい怖い顔だった。トーニャお姉ちゃんに凄い怒っていたんだ……」

「分かった、すぐ行くよ」



これは尋常ではない。

そう思った俺はすぐに宿を出て、言われた場所に向かった。




「リズリー?」

「来ましたねワンド様……」


そこにはリズリーの姿と、


「…………」


魔法で拘束されたトーニャの姿があった。

リズリーはいつもの優しそうな表情とは違う、どこか恐ろしいほどの怒りを秘めていることが分かった。



「いろいろ話は聞きました。……長い話になりますが、まず、これだけ知っておいて欲しいことがあります」


そういうとリズリーは俺の方につかつかと歩み寄り、


「この!」


杖を俺の顔に見舞った。


「ぐあ!」


突然リズリーがこんな乱暴な真似をすることは考えられなかった。

俺はその不意打ちに対応できず、体を揺るがす。


「でい!」


さらにリズリーは杖を俺の首筋にあて、思いっきり力を込めてきた。

俺はその力に負けて転倒した。


マウントポジションになったリズリーはそのまま杖を押し当ててくる。


「ぐは……はあ……はあ……」

まともに息が出来ずに苦しむ中、リズリーは目に涙を溜めながら、



「……ワンド様! 私はワンド様のことを愛しています! 嫌ってなんかいません!」



そういって俺の唇に、強引にキスをしてきた。

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