第2章 依頼:街で起きている行方不明事件を解決してください

2-1 ゼログ編4 吸血鬼の少女も最強勇者の前では雑魚同然です

人間の生き血を食糧にするヴァンパイアは、本作の世界でも恐るべき魔物として知られている。


常人を遥かに上回る魔力と膂力、そして特別な手段を用いないと倒すことの出来ない高い不死性は、人間にとって脅威となる。

加えて、魔法の霧を呼び出す力、そして魔界から眷属を呼び出す能力も併せ持つため、ヴァンパイア一体で、一つの街くらいなら難なく支配・征服することが出来る。


その最上種であるヴァンパイア・ロードなどは、そんなヴァンパイアすら自身の眷属として使役する。その勢力は一国を城下町ごと自身の支配下に置くことも容易となる。


通常の勇者(この世界ではフリーの討伐隊を指す)では、よほどのベテランが入念な装備をしない限り、通常のヴァンパイア一体すら討伐は困難なほどである。

……『通常の勇者』なら、だが。



「ぐ……なんなんだ、貴様は!」

「この数の吸血鬼を皆殺し……あなた、本当に人間なの?」

「あなた達には悪いが、1人も逃がすわけにはいかない! 勇者ワンドの名のもとに、ここで死んで……いや、消滅していただく!」


ゼログは偽勇者『ワンド』の名を借り、ヴァンパイアに占拠された城内を駆けまわっていた。

彼のその剣は、城内にいるヴァンパイアたちを次々に引き裂いていった。


「く……! 終焉を呼ぶ吹雪よ、我がもとに集まり魂をも凍てつく剣となれ!」


恐らく中隊長格なのだろう、身なりの良いヴァンパイアがそう詠唱すると、男の手から透明な塊が現れ、それをゼログに向けて打ち付ける。


「無駄だ!」


だがそれに動じず、ゼログは真正面から突っ込む。


「く……かすり傷一つ負わないだと……。おまけに『凍結状態』にもならんか……!」


氷による痛みなどものともせず、そのヴァンパイアのもとに行き、ゼログは首根っこを摑まえる。


「すまないが、命乞いは受け付けない……」

「なめるな! 人間ごときに命乞いなどするか!」


男は怒りと共に叫ぶのを見て、冷静にゼログは答える。


「……だろうな。なら、提案がある。あなたに、あなた自身の仇をとる機会をあげよう」

「……ぐ……」


その言葉の意味はすぐに理解できたのだろう、ヴァンパイアは表情を歪めた。


「この国を霧で覆い、魔物の巣に変えた頭目が居るはずだ。その場所を言ってくれ。……報酬は、私はそこに逃げずに向かうこと、だ」

「ふん……なめられたものだな……まあいい」


男はそう言うと、上の階に続く階段を指さした。


「我が主はこの上の玉座にいる。そこの階段を出たら右に曲がり、3つ目の角を左だ。扉に鍵がかかっているが、貴様なら壊せるだろう」

「分かった、ありがとう」


ゼログはそう言うと、剣を抜きヴァンパイアの首元に突きつける。


「せめてもの礼だ。最期に残す言葉があれば聞き届けるが」

「……貴様の名は?」

「私の名は……勇者ワンド。我が恋人トーニャとともに、世界を救うものだ」


それを聞き、そのヴァンパイアはにやりと覚悟を決めた笑みを見せる。

「……ふ……伝説の勇者様だったか……だが、我が主に勝てると思うな……。先で地獄で……待ってるぞ……」

「!」


そしてヴァンパイアは自らの懐から木の杭を取り出し、心臓に突き刺した。


「……行くか……」


ゼログはそうつぶやき、階段を上っていった。





「あなたが頭目だな……」


ゼログは玉座に進む扉を破壊すると、そこにはおびただしい量の血と王族と思しき者たちの遺体、そして、



「ええ……。頭目なんて失礼ね。私は高貴なるヴァンパイア・ロードよ」



その王族が被っていたと思しき王冠とドレスを身にまとった、美しい少女がくすくすと笑っていた。

背中に大きな翼を広げた気品のあるいで立ちをしており、その美しい口元からは牙がチラリ、と見えている。


だが、その愛らしい姿からは想像も出来ないほどの悪意を感じ取り、ゼログは不快な気分になった。


「この国を……魔都に変えたのはあなたか……」

「ええ。……にしても、まさか人間がここまで来るとはね。城内に居た我が眷属、そして城下町に居たゾンビやガーゴイルは……あなたが倒したの?」

「いかにも。この『勇者ワンド』が討ち取った」


その言葉を聴き、両脇に居た二人の側近が表情を変えた。

彼らもまたヴァンパイアなのは見ただけで理解できる。


「き、貴様があの……『伝説の勇者』……か……」


二人の男は、ゼログを恐怖交じりの目で見つめる一方で、ヴァンパイア・ロードの少女は不敵に笑みを浮かべながら、ゼログの剣を見る。


「あなたの剣……特別な力を感じるわ。……聖剣ね」


吸血鬼を倒すには心臓を木の杭で打ち抜く、聖剣を用いて絶命させる、日光に当てる、神聖魔法を直撃させるなどの手段が用いられている。

とはいえ、いずれの方法を取るにしても、まずそれが出来る状況まで追い込むことが必要であり、それが一番の山場であることは言うまでもない。


「そうだ。……悪いが、この剣であなた方の戦いを終わらせる……」

「ふうん……なら、やってみなさい!」


そう言うと、少女は手に持っていた美しい意匠のレイピアを振り上げる。

すると、ゼログの足元の血だまりが、手のような形となって聖剣をもぎ取ってきた。


「なんで私が、こんな悪趣味な部屋にいたか分からなかったのかしら?」

「く……剣が!」


血を自在に操るのが少女の得意とする魔法であることは、ゼログにも理解できた。

聖剣が部屋の隅にカラン、と飛ばされた。


「フフフ! 聖剣さえなければ、あなたに勝てるわけないわね?」


そう言うと、彼女はレイピアを持って飛び込む。


「はあ!」

「く……」


ドガアアアン……と派手な音が響いた。

神速、と言っていい速度、怪物と言うにふさわしい腕力を用いた飛び込み突き。

その一閃をゼログはかわすも、衝撃波でゼログの後ろの壁に大穴が空いた。


「い、今だ……逃げよう!」

「ああ!」


そう言うと側近の二人の男たちは翼を広げ、窓の向こうに飛び立とうとする。

……だが、


「逃がすか!」


ゼログはそう叫ぶと大きく手を振り、日輪のような光球を作り出し、投げつける。


「ぐああああ!」


それが直撃したヴァンパイアはそのまま黒い灰となり、消滅した。

更にゼログは最後の生き残りであるヴァンパイアにも狙いを定める。だが、


「私の前で隙を見せるなんて、余裕があるわね!」


二体目に魔法を放つ前に、少女は横なぎにレイピアを振るう。


「はあ!」


だがワンドはその一閃を振るわれる刹那、少女の前に一歩踏み込み、手元を掴むとそのまま外向きにひねりこむ。

『所詮は人間』と、ゼログの膂力を舐めていたのだろう。

そこで踏ん張ったのが、少女にとって仇になった。


「キャア、うそでしょ!?」


少女の腕はボキリ、と折られレイピアを取り落とす。

痛みを感じない吸血鬼だが、これには驚愕の表情を浮かべる。


「もう!」


ゼログに奪われるよりはまし、と考えたのだろう、少女は前蹴りを撃ち込んでゼログをひるませると、レイピアを拾う代わりに思いっきり蹴り飛ばし、城外に放った。


「ま、まさか……人間が私に腕力で上回るなんて……」

「……これで、おあいこだな……」


強力な再生能力を持つヴァンパイア・ロードはその折れた腕も瞬時に修復できる。

少女も例外ではなく、その折れた手はすでにつながったようだ。


「今の蹴りも、普通の勇者なら胴体を貫く一撃よ? ……傷一つないなんてね……」

「……私も驚いた。まさか格闘で私をひるませるほどの実力者は、はじめてだ……」


その発言に、カチンときたのだろう、少女は怒りと共に歯を向いた。


「けどねえ! ヴァンパイア・ロードの真の力は腕力じゃないわ!」


そう言うとともに少女は翼を広げ、ビュンビュンと部屋中を飛び回る。


「私の力はこの『速さ』! 魔界でも最速と言われたこの速さよ!」


そう飛び回りながら高速で魔法の光弾を連続で呼び出していく。

さらに血液を槍の形に変え、包囲する形でゼログを包み込む。

逃げ場のない一斉攻撃で葬り去る作戦だろう。


「さあワンド! これであなたは終わりね! ……人の命をつかさどる赤き水よ、その……」


だが、その魔法を詠唱することは出来なかった。

ゼログが発動前に彼女の首を押さえつけたからだ。


「……なにが速さだ……魔力の充填中に捕まっては意味がないだろう……」

「く……なぜ……私に追いつくなんて……」

「機敏な吸血鬼も、私にとっては蝸牛と大して変わらない……終わりだ……」


ゼログが空いている方の右手で魔力を込め始めるのを見て、少女は半ば観念したようにしながらも捨て台詞とばかりにつぶやく。


「なるほどね……。けど……分かったわ。あなたの正体……あなた、転移者ね」


周囲にもはや自分たち以外に生きているものはいない。それを感じ取ったワンドはゆっくりと頷いた。


「そうだ、私は転移者だ。……なぜわかった?」

「やっぱりね。……城内での戦い、魔法で見てたのよ。あの時から今まで、あなた、一度も剣技も格闘技を使わなかったじゃない」

「剣技? ……ああ、そうだ。私は『名のある剣技や格闘技』は持ち合わせていない」

「あなたほど強い勇者が剣技を使わないなんて変だもの。……あなたの正体は……」

「時間稼ぎには乗らない」


足元の血だまりが少女の魔力により、再び形を変え始めていたことに気が付いたのだろう。

ゼログの光弾が少女の顔面に直撃する。


「見事……ね……」


そうつぶやいた少女は、悲鳴一つ挙げることなくチリとなった。




「……これで……この国にも平和が訪れるな……」


足元には彼女が身にまとっていたドレスが残っていた。

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